エルフの里と彼女の依頼

 マリウスは話を続ける。

「ある程度話を聞いているかも知れないが、俺たち討伐隊が派遣されてここに来るよりも前に、大量発生は起きていて、すでに被害は出ていた。もちろん、エルフの里だ。」

 俺は怪我の手当を受けながらチラッとリディさんの方を伺うが、特に表情に変化はない。

「その時にはなんとか食い止める事ができたようなんだが、被害があまりに大きくてな……」

 その時にあの剣を使ったんだな。命がいるという事だったから、犠牲になった人がいるのだ。


「里の人数が激減してしまって、このままでは立て直しも無理だ。そこで、このエルフの里は放棄され、里の人達は他の里などに移動することになった。」

「そこの洞窟は?」

「国が管理することになる。里も朽ちるに任せると野盗なんかが住み着きかねないから、そっちに軍を駐屯させて、洞窟と今俺たちが駐屯している広場は主に新兵用の演習場として使われる。」

「……ああ、無限に実戦の相手が生まれてくる演習場、ってことか。」

「その通り。」

 どれくらいの頻度で湧いてくるのかは知らないが、エルフ達だとどうしても普段の生活もあるだろうから、そんなには洞窟に行くことも出来ない。であれば、気がついたらわんさか湧いてた、と言うこともあっただろう。

 その点、軍の訓練ということなら2日に1回ほど潜ったり出来るだろうし、そうして中を掃討すれば、滅多なことでは強力な魔物が湧いてくることはなさそうだ。

 今までそうしてこなかった理由は気になるが、里に気を使っていたとかなんだろう。


「それで、俺にリディさんから頼みたいことってのはなんだ。」

「率直に言えば、リディ殿をお前の家に住まわせて欲しいんだよ。」

「は?」

 俺は間抜けな声を上げる。いや、エルフ達は他の里に移るんじゃなかったのか?

「この里の人達は他に移ってしまう。そうすると、エルフの人々の知識を借りたい時にはより時間がかかることになる。」

「ここが一番、都に近い里だったのか。」

「そうだ。なので、1人は近いところに残しておきたい。それなら都に住んでもらうのが一番だが、エルフの人達はそうはいかないらしいじゃないか?」

「はい。」

 リディさんが頷く。エルフは魔力の補充がいるからな。都みたいに魔力が希薄なところだと、数日の滞在はともかく住み続けるのは厳しいだろう。厳密には数日に一回、黒の森まで来て補充すればいいのかも知れないが、効率は良くないな。

 マリウスは話を続ける。

「それが出来るならそもそも都に住んでるだろうしな……で、聞いてみれば都から一番近い場所だと黒の森、つまり、お前の家が一番都合が良いって聞いてな。彼女からの依頼ってのはそれだ。」

 再びリディさんがコクリと頷く。条件に合致するところとなると確かにうちがベストではある。

「リディさんは良いんですか?」

「エイゾウさんのご迷惑でなければ。」

「迷惑ということはないです。ただ、里の人達と離れることになりますよ。」

「ええ。分かっています。」

 家族とかもいるだろうに、そのあたりはいいのかな。でもそのあたりで複雑な事情があったらと思うと、聞くのもはばかられる。エルフなので年齢はわからないが、子供ではないのだろうし、本人がいいと言うならよしとするか。


「分かった。引き受けよう。」

「ありがとうございます。」

「俺からも礼を言う。」

 リディさんとマリウスが礼を言ってくる。

「それには及ばないよ。」

 俺は手を振って応えた。リディさんが来てくれることは、うちにもメリットがある。多分「借りたいエルフの知識」ってのは魔法周りだし、それは今のうちにはないものだからな。それで魔法まわりの現象については全く無知のままで過ごしてきたのだし。

 リケも魔力を応用した鍛冶ができるし、Win-Winと言うやつだ。


 こうして、「追加の依頼」の話は終わった。マリウスは準備金をなにがしかの名目で用立てると言ってくれたのだが、それは断った。

 うちに住んでもらう以上は家族でありたい。準備金が用意される家族なんて、俺は1つの事例しか知らないからな。俺にそのつもりはないのだから、受け取るわけにはいかない。

「鍛冶の仕事した分はちゃんと貰うからな」とはちゃんと言っておいたが。


 マリウスたちと話し終えて天幕をみんなで出ると、討伐隊の他の面々も洞窟の外に出てきていた。

「うちに帰るまでが遠征」かどうかはともかく、今回のメインミッションについてはこれで完了である。


 俺たちが天幕から出てきたのを見て、

「集合!」

 とルロイが号令をかけた。怪我をした兵士と、その手当をしているもの以外がずらりと並ぶ。俺とリディさんはそそくさと列から遠ざかった。


「諸君、今回は大変にご苦労だった。諸君らの働きのおかげで無事にこの地に巣食う魔物共を一掃することができた。」

 居並ぶ兵士たちにマリウスが演説し、それをフレデリカ嬢が書き留めている。国からのお目付け役でもあるのだろう。

 彼女にその認識があるかは甚だ怪しいところだが。

「出発前に話した通り、諸君らに思いのままの報奨を与えることはできないが、今回の経験で得たものは多いと私は信じている。」

 前の世界だと「やりがい搾取」と言われかねないが、今回のこれはお互いそれで納得せざるを得ないだろうな。実際に、実戦を経たことがあるかどうか、と言うのは大きいと思うし。

「今回は幸いにも命を落とすものはいなかった。だが、己の身を捧げて重症を負ったものはいる。彼らの献身と勇気を拍手で讃えてくれ!」

 ワッと拍手が巻き起こる。俺とリディさんも拍手をした。

「さあ、それでは帰還しよう。凱旋だ!」

 再び拍手と歓声が巻き起こり、それはいつまでも続くかのように思われたのだった。

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