勝利の後で

 ホブゴブリンは澱んだ魔力の塊で、周囲のゴブリン達にも影響を与えていた。それが無くなったらどうなるかと言うと、俺たちを護衛してくれていた部隊の人達があっさりとゴブリンたちを始末しはじめた状況からも明らかだ。

 俺も手伝ったほうがいいのかも知れないが、言われた任務ではないし、さっきまでの戦闘で打ち身、擦り傷、切り傷等々に加え、体力ゲージも空っぽだ。辛うじて体を起こせるくらいで、俺は持ってきていた水筒から水を飲んで体を休める方を優先させる。もしヤバそうな人がいたら助太刀に入ろう。


 念の為、リディさんにはそばにいてもらっているが、ここが制圧されるのも時間の問題だな。魔物たちは発生源かつ強化される元が消えたのだから、補給の一切が失われた軍隊と変わらない。そんな軍隊がどうなるかは火を見るより明らかと言うものだ。

 状況を見つつ、聞くかどうか迷ったが、俺はリディさんに尋ねていた。

「直した剣、あれは誰かが命を張ってここの魔物を倒すのに使ったんですね。」

「ええ。先程倒した魔物よりも更に強いのが発生してしまっていて、それを倒すにはそうするしか無かったんです。」

「あれよりも強いとなると、そうでしょうね……」

 ホブゴブリンよりも強いとなるとゴブリンロードとかオーガとかそんな感じのなんだろうな。他に被害が出る前に片付けたから、カミロのとこまでは情報が来なかったに違いない。

「普通は1体倒せば次まではかなり間が空くのですが、今回は想像以上に早くて……」

 ボソリとリディさんが言葉を続ける。

 それで討伐隊にお出まし願うことになったのか。その間、なんとか食い止めて討伐隊の到着を待っていた、と考えるとなかなか壮絶な戦いであったことが容易に想像できる。

「これでしばらくは大丈夫、ってことですかね。」

「ええ。ほぼ間違いなく。さすがに3回も連続して発生するほど、この森の魔力は濃くはないですから。そもそも2回連続することが異常ですし。」

 なるほど。それなら一安心ではあるのか。気がつけば周囲からは戦闘の音がほぼ消えている。隊長たちがゴブリンを殲滅したのだ。

「それじゃ向こうと合流しましょうか。」

「はい。」

 リディさんのいつもの冷静な声が、少し憂いを帯びていることに俺は気が付かないまま、隊長達の元へ2人で向かっていった。


「アンタ大したもんだな!さすがエルフの嬢ちゃんの護衛を任されるだけあるぜ!」

 隊長が俺の肩をバンバン叩きながら言う。怪我の有無を抜きにしても痛いって。姿はズタボロだが、勝利した興奮からかやたらに元気だ。

「俺はただの鍛冶屋なんだけどねぇ。」

「そこらの鍛冶屋があんなに上手く槍を扱えるもんかい。」

 そりゃそうだ。俺は苦笑する。

「まぁ、色々あってな。あんまり吹聴はしないでくれよ。」

「わかってるよ!それじゃ戻るか!」

「ああ。」

 隊長を先頭に、最奥部から出ていく。リディさんは俺のすぐ後ろだ。どこかに1匹残ってて襲いかかられたりしたら目も当てられないからな。

 最奥部から出ていくと、広間でも丁度最後のゴブリンが倒されつつあった。さっき見かけなかったルロイの姿もある。脇道にでもいたのかな。

 ルロイはこっちをチラッと見ると、そっと頷く。俺も軽く頷いてささやかに互いの健闘を称え合う。手が空いた兵士達数人が、無事俺たちが出てきたのを見て歓声をあげると、それは広間中に広がった。


 俺たちは歓声の中、そのまま広間を突っ切り、来た道を戻って洞窟の外に出る。先に1人報告に走らせたのだろう、そこにはマリウスが満面の笑みで俺たちの帰りを待っていた。

 そばにはフレデリカ嬢もいて、俺が出てきたのを見てホッとした顔になった後、リディさんを見てむくれたような顔をする。

 隊長達はマリウスの前に整列してひざまずく。俺とリディさんもそれに従って隊長達の後ろで跪いた。

「エイゾウ殿、リディ殿の助力もあり、魔物の親玉を無事討ち取ってまいりました。残りは今ルロイ様が掃討しております。ですがもはや時間の問題かと。」

 隊長が正式に報告を述べる。フレデリカ嬢はそれを書き留めているようだった。

「うむ。よくやってくれた。」

 マリウスは鷹揚に頷くと、全員に起立を促す。

「とりあえず、皆が戻ってくるまで、体を休めていてくれ。」

「はっ。かしこまりました。」

 隊長達は敬礼をして、洞窟の前の広場の方に向かっていく。俺とリディさんもそちらに向かおうとすると、マリウスに呼び止められた。

「ああ、諸君らはこちらへ。」

 と、前線指揮所なのだろう、駐屯地にあるよりはかなり小さいが、それでもそこそこ立派な天幕へ案内される。俺とリディさんは顔を見合わせると、マリウスの後をついていった。


「ついてきてもらったのは他でもない、褒賞の話だ。」

 天幕に入って他の目がなくなると、マリウスはそう切り出した。マリウスの近衛――つまり使用人の人は何人かいるが、ここにはフレデリカ嬢もいない。

「”エイゾウ”には鍛冶以外の仕事もさせてしまったからな。」

 マリウスはそう続ける。俺を「エイゾウ殿」ではなく、「エイゾウ」と呼んだということは、俺もそうしていいということか。

「なに、そもそも呼ばれた時点である程度は槍働きも覚悟してたよ。親玉を倒したのは俺じゃなくて、他の誰かになるってことも。」

 それならばと、俺もいつもの口調で話す。リディさんがびっくりしてるな。口調にか話した内容にかは分からないが。どっちもか。

 さっき隊長は俺が仕留めたとは言わずに、俺とリディさんの助力もあって仕留められたと言った。記録的には俺とリディさんは協力までで、仕留めたのは他の誰かと言う話でも別におかしくはない。


「察しが良くて助かるよ。」

 マリウスは少し困ったような、悲しいような顔をして言う。本当は俺が倒したことに出来たらいいのだが、そう出来ないことをすまないとは思っているのだろう。

「気にするな。俺にはその気持ちだけで十分だよ。」

 俺は本心からそう言った。

「ありがとう。まぁ、そんなわけでこの件に関する褒賞の話を、あのお嬢さんのいる前でするわけにいかなくてね。」

「そんなこったろうと思った。」

 フレデリカ嬢の前で話をすると、それが記録として残りかねないからな。彼女はあくまで国から派遣されたお役人であって、エイムール家の家臣ではない。エイムール家の不利になるかどうかは、彼女からすればどっちでもいいのだ。


「で、リディさんまでついてこさせた理由はなんだ?」

 単に俺に対する扱いの話なら俺にだけ話をすればすむわけで、わざわざこんな裏側を見せる必要はないはずだ。

「そこはちょっと彼女から依頼された、もう1つの依頼に関わってくるんでね。それと怪我の手当をさせよう。」

 マリウスはウィンクしながら言う。カミロや俺みたいなオッさんと違って、イケメンがやると似合うもんだなぁ。俺はマリウスの近衛の人に手当を受けながら、そんな益体もないことを考えるのだった。

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