勝利
リディさんの声を聞いて、俺は素早く伏せる。伏せると言うよりも、もはや倒れると言ったほうが早いくらいに。
俺の体の上を青白い光が駆け抜けていった。ホブゴブリンはそれを見て飛び
バシッという音がして、ホブゴブリンが仰向けに倒れる。これで消えてくれれば倒したことになるが、どうだろう。
俺は素早く体を起こして、槍を構え直す。様子を伺っていると、ホブゴブリンは消えずに立ち上がり、吼えた。
「グォォォォォォォッ!!」
ビリビリと空気が揺れる。流石に効果があったらしい。獣と同じかどうかは分からないが、手負いのほうが厄介かも知れない。第2ラウンドの開始だ。
「ダメでしたか……」
俺の後ろでリディさんがつぶやく。あれに耐えたのは予想外だったらしい。
「あれをもう1回ってできます?」
なんとなく出来なさそうだなとは思いつつ聞いてみると、その予想に違わずリディさんは首を横に振る。
「あとはこれを使うしか……」
リディさんが腰に下げた剣を見せる。あれは俺が直したミスリルの剣か。魔力電池として使えるらしいが、それをするには手順がいるんだったな。
「そう言えば、それを使うのに必要なことって何なんですか?」
ここに来て逡巡があるということは、なにか
「命ですね。」
「えっ。」
普段と変わらない口調でとんでもないことを言われ、一瞬理解が追いつかない。
「命と引き換えにすれば魔力を引き出して、もう1度先ほどの魔法が使えます。」
「じゃ、それは無しで。」
リディさんに詳しく説明されて、素早く却下した。何となくリディさんがうちにあの剣を持ち込んだ経緯が見えてきた気がするが、今はそんなことよりもホブゴブリンを仕留めることに集中しよう。
「……はい。」
リディさんは少しためらった後、頷いた。
リディさんの魔法が使えなくなったと言うことは、俺のチートでなんとか仕留めるしかないと言うことか。
観察していると、流石にさっきの魔法が効いたらしくて、動きが鈍ってはいる。これなら俺が仕留めることも無理ではないかも知れない。明日にはどうなっているか分からないし、このタイミングを逃すのはうまくなさそうだ。
「俺が仕留めます。」
俺はそうリディさんに宣告する。さて、これで後戻りはできないぞ。
ホブゴブリンは再びリディさんを狙う。あの魔法を警戒してのことだろうが、それをするとスキができる。
俺がそれを見逃してやる義理もないので、槍を突き出す。ホブゴブリンも予想はしていたのか、あっさりとリディさんへの攻撃を放棄して避けた。
そこに追いすがって何度か槍で突いていくが、ホブゴブリンはかわしていく。だが、少し前に同じことがあったときよりも、俺の攻撃が当たっているし、傷の治りも遅い。
普通の生物相手なら、このまま持久戦に持ち込んで勝てると思うのだが、いかんせん普通の生物ではない。持久戦に持ち込むと澱んだ魔力を吸収されてしまう分、こっちが不利だ。
俺はホブゴブリンの攻撃を受け流しつつ、こちらからも攻撃を繰り出して機会を待った。槍の柄の後ろ半分を片手で持ち、もう片方の手は石突(今回はつけてないが要は端だ)を持つ変則的な構えをする。
どちらの攻撃も致命傷にはなっていない。だが、俺にも少しずつだがホブゴブリンの攻撃が当たりはじめた。あちこちに打ち身や切り傷が増えていく。あの爪に毒がなくて幸いだ。
そして、待っていたチャンスが訪れた。俺が攻撃する素振りを見せると、ホブゴブリンはかわそうとする。俺は全力を込めて槍を突き出し、ホブゴブリンは真後ろへ跳ぶ。この瞬間を待っていた。
俺は突ききる直前で片手を槍の柄から手を離し、石突の方の手で槍を押し出す。強化されている筋力で十分な速度がのった槍は、ちゃんとした槍投げの構えで投げるときと比べれば遥かに弱々しくはあるが、ほんの僅か空中を
「ギャッ!?」
狙いが定まるようなものではないので、狙っていた胸の中心には当たらなかったが、ホブゴブリンの腹部あたりに槍が突き刺さる。流石に跳んだのと同じ方向に槍が飛んできては避けようがない。
ホブゴブリンがたたらを踏む。俺はその時には既にショートソードを抜いてホブゴブリンの懐に飛び込んでいた。
ホブゴブリンは何とか体勢を立て直そうとするが、俺は腹部から生えている槍の柄を押し込んでそれをさせない。再びスキができる。俺がショートソードを胸に突き入れると、
「グギャッ!」
と苦鳴をあげて横に倒れた。これで勝負あったな。
俺はすかさずショートソードを今度は倒れたホブゴブリンの首に振り下ろし、首は胴体と離れ離れになって、やがてどちらも消滅した。
それを見届けて、俺は糸が切れた操り人形のようにくずおれる。流石に体力の限界だ。視界の端に涙目で駆け寄ってくるリディさんが見える。
「大丈夫ですか!?」
俺のそばで顔を覗き込むようにかがみ込んでリディさんが聞いてくる。相変わらずきれいな目してるな。
「だ、大丈夫です。怪我はなくはないですが、致命的なものは1つもありません。ああ、疲れた……」
俺が息も絶え絶えにそう言うと、リディさんは軽くポカリと俺の頭を小突いた。
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