護衛

「リディさん……?」

 驚きのあまり、俺はリディさんの名前を呼んでしまっていた。初対面にしておいたほうが好都合なことが多いのだが、もう遅い。

「エイゾウさん!?」

 リディさんも割と大きめの声で俺の名を呼ぶ。切れ長の目が滞在期間中には見たことがないほどまんまるに見開かれていて、その驚きの大きさを示していた。


「2人は知り合いなのか?」

 マリウスが興味を隠しもせずに聞いてくる。この聞き方はマリウスの手引きでこうなったわけじゃないな。ニヤニヤしてないし。

「え、ええ、以前に頼まれて仕事いたしまして。」

 隠す必要もないので、俺は正直に答えた。リディさんはもういつものクールな顔に戻り、黙って頷いている。でもこれ多分ちょっと照れてるな。

「なるほど。朴念仁の顔をして、なかなか隅に置けないと見える。」

「そんな、お戯れを。」

 マリウスが少しニヤニヤしながら言ってくる。明らかに新しいおもちゃを見つけた時の目である。俺は今の立場を崩さないように必死に抑えて返事をするのがやっとだ。


「では、紹介する必要もないと思うが、彼女が護衛対象だ。任務は彼女を洞窟最奥部まで無事に連れて行くことにある。」

「承知しました。身命を賭してお守りします。」

 マリウスと俺はかしこまったやりとりをする。実際は知った仲なので、少々気恥ずかしい。

「エイゾウさんが護衛してくれるなら、心強いです。よろしくお願いしますね。」

「ええ、お任せあれ。」

 気恥ずかしい俺の気持ちを知ってか知らずか、リディさんは花の咲くような笑顔で言うのだった。


 護衛とは言え周囲に兵士もいるし、そもそもそんなに凶暴な獣も滅多にはいないらしいので、洞窟に着くまでは割と気楽なものである。それでもいつでも槍を突き出せるよう、最低限の警戒は怠らない。

 やがて森が途切れ、草原が広がる。向こうにはさほど高くはなさそうな山が見えているが、おそらくはあの麓に洞窟があるのだろう。少し前を行っていた兵士が、本隊の通過した跡を見つけ、俺達はそこを辿っていく。

 人が通ったあとだから、ほとんどの獣は他所に去った後だろう。俺たちのほうが人数は少ないが、それでも襲いかかってこようと思う獣はそうはいない。

 程なくして、ぽっかりと口を開けた洞窟が見え、その前に10人ほどの兵士が集結して洞窟の入口を警戒していた。他の人達は既に内部に突入しているようだ。


「では我々も内部へ。」

 残っていた10人のうち、隊長らしい男が俺たちに向けてそう言う。俺たちは頷いて同意を示した。マリウスとその近衛はここで留守番と言うか、流石に中に入って指揮を執るようなことはない。いざというときには入るんだとは思うが。

 1人が入口のそばで焚いていた焚き火から松明に火を移して、明かりにする。先遣隊が片付けてくれたのか、小半時ほど進んでもなにかに出くわすようなことはない。


「それにしても深いな。」

 俺は思わずそうつぶやいた。

「うむ、かなりある。昨日一度は最奥部まで行ったのだが、障害なく進んだとして、1時間ほどはかかっただろう。」

 とすると4キロメートル弱ってところか。たしかに深い。枝分かれがほとんどなく、正しい道筋の方に先遣隊が松明を設置してくれているので、迷うことはないのが救いだな。

 こう言うところで明かりを使って心配なのは酸素だが、長いこと燃えているようだから、空気が出入りするところはあるのだろう。風は感じないので心配は残る。

「長いほうが澱んだ魔力がより溜まりやすくなります。澱んだ魔力が一定を超えると魔物が湧くと言われていますが、詳しいことは分かっていません。」

 リディさんが解説をしてくれた。逆に言えばこれくらいのところでないと、自然に魔物が出現することはほとんどないのか。

 黒の森は魔力は多いが、魔物が湧くことは滅多にない理由がよく分かる。だが、言わないということはないものだと思っていたが、サーミャに洞窟の有無は聞いておいたほうがいいかも知れない。ある日突然そこから湧いてこられても困る。


 さらに少し進むと、くぐもった感じで金属音が聞こえてきた。この状況で聞こえてくるということは戦闘音だろう。反響してるだろうから、遠いのか近いのかは判然としない。

「そう言えば、最奥部まで行ったのに、昨日は片付かなかったのかい?」

 急ぎ気味に歩きながら、隊長に聞いてみる。走らないのは走ってたどり着いたところで、万全の状態とは言いがたいからだ。

「ああ。ちょっと強いのがいてな。念の為撤退することにしたのさ。」

「なるほど。今日俺たちが行くのは?」

「そいつを倒さないと魔物が湧くのが止まらないんだが、新兵たちじゃどうしてもな。ここの里の人達が倒し方を知ってるって言うんで、連れてくってのが今だ。」

 リディさんをモノ扱いしたくはないが、敵の基地を爆破するために必要な爆薬を敵基地奥深くまで運び込む、みたいなものか。そうと決まれば安全に奥まで連れて行くだけだ。

 俺たちは大きくなりつつある戦闘の音に向かって、ズンズンと足を進めていった。

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