出陣

 まずは自分の天幕に戻って、自前のショートソードを取る。急いで作業場に戻り、余分な炭は外に掻き出して、火のついてるものは中央にまとめておき、手前にレンガを置いて火の着いた炭が飛んでいかないようにしておいた。飾ってある女神像をお守り代わりに懐に入れ、槍を取る。全長120センチくらいだし、洞窟が相当狭くなければ有効だろう。護衛と言うからには、それなりに遠間で攻撃できる武器があったほうが良いだろうからな。

 いざ放棄しないといけない時は、穂先だけでも持って帰るようにしないとな。


 2つの武器を持って、再び指揮所に戻る。俺用だろうか、上半身用の革鎧が用意してあった。

「こちらが私のでよろしいですか?」

 天幕の中にはフレデリカ嬢も含めて他の人もいたので、俺はマリウスに丁寧な口調で話す。

「ああ。それを使ってくれ。おい。」

「はっ。」

 マリウスは俺の言葉に応えると、近くの女性兵士を呼びつけた。その人が鎧を持って俺に着せ付けてくれる。俺も着慣れてないからな……。

 しかし、それにしても手慣れているな、と思ってよく見ると、前に貴族服の着替えをしてくれたエイムール邸の使用人の人だ。向こうもこちらが気がついたのが分かったらしく、クスリと笑った。


 鎧を装着すると、さながら軽装歩兵のようではある。ファランクスに入るには盾が足りないが。使用人の人が離れる時にかろうじて俺に聞こえるくらいの小声で「よくお似合いですよ」と言ってくれたがなんだか気恥ずかしい。

 俺が照れていると、じっとこちらを見ているフレデリカ嬢に気がついた。

「エイゾウさんは軍隊の経験があるのです?」

 目が合ったフレデリカ嬢はそんなことを聞いてくる。

「いや、全く。だから着せて頂いてたんですよ。」

「なるほどです。でも、似合ってますです。」

「ありがとうございます。」

 俺は微笑んで会釈した。さて出発しないとな。チラッと見ると、マリウスと使用人の人がほのぼのした表情になっていた。まさか、フレデリカ嬢が指揮所にいるのは癒やしのためじゃないだろうな。


 指揮所を出たら、広場にいる兵士達の後ろに並んだ。俺は後で直接マリウスの指揮下に入るらしい。

 俺が並んでそんなに経たないうちに、マリウスが指揮所から出てきた。兵士達が号令で整列し、敬礼する。いわゆる挙手の礼ではなく、胸に拳を当てるような形だ。

 マリウスが手を上げると、全員が手を下ろした。


「諸君、今日こそあの汚らわしい者共に鉄槌を下し、我々が完全に勝利を収める日である!」

 マリウスはみんなを見回しながら大きな声で言う。

「残念ながら、今回程度の功績では諸君らに褒美を望むだけ与えようとは言えない。我がエイムール家の宝物庫も空き部屋になってしまう。空いたそこに住みたいと言う者がいれば、滞在費が得られるのでそれもありかも知れないが。」

 兵士達がどっと笑った。いい傾向だ。ジョークとしての出来はともかく、笑えなくなったときがいよいよ追いつめられたときだからな。

「今日はいつか望み通りの褒美を得るための第一歩を、諸君らが踏み出すのだと思って奮闘して欲しい。諸君らの最初の1勝として、諸君らの歴史に残ることを私は期待している!」

 ワーッと言う歓声。これで士気が上がって今日の討伐が成功するといいんだが。


 洞窟へはルロイが先導して大多数の兵士たちが先に出ていった。整然と並んで意気軒昂である。足並みも何となく揃っていて、突然出くわしたら相当な威圧感があるに違いない。

 護衛対象との合流は、別働隊として俺とマリウス、そして少数の兵士で向かうらしい。特殊作戦、と言うわけではなくて、単に大勢の兵隊をわざわざ遠回りさせたくないだけだそうだ。

 1万人の兵隊を単に公園から出し入れするだけでも相当な苦労があると言うし、それよりはるかに規模が小さくても少しでも指揮する回数は減らしたいに違いない。


「予定地点はこちらです。」

 兵士の1人が先導する。この人もエイムール邸で見かけた記憶があるから、使用人の中で武術の心得がある人を近衛として連れてきているんだろう。

 彼(彼女)らを今から護衛する人の護衛に回せば良かったのでは、と一瞬考えたが、マリウスの近衛がいなくなるからダメだな。


 森と言うには樹の数が少ないが、林と言うには少し多いくらいの森の中を進んでいく。材木林としても管理されているのだろうか、ところどころ下の方の枝が剪定されているのが印象的である。

 時間にすると四半時よりはもう少しかかるくらいの頃、樹の数が少し増えたな、と思ったところにエルフの女性が俺達から見て向こうを向いて立っていた。そこには彼女をここまで護衛してきたのだろう、何人かのエルフの男性が控えていて、会話を交わしている。


「あの女性の方です。」

 先導してきた兵士がマリウスと俺に向かって言った。それを聞きつけたのか、エルフの女性が振り返る。

 切れ長の目に肩あたりで切りそろえられた白銀色の細い髪、そして長い耳。エルフとしてなら別にどうと言うことのない特徴。だが、俺は相当に驚いた。

 ――護衛対象のエルフの女性、それはリディさんだったのだ。

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