大忙し

 おやっさんの包丁の手入れを終えたので、穂先の仕上げに取り掛かる。

 包丁の手入れの間に下がってしまった火床の温度を、フイゴを操作して再び上げていく。炭の火持ちが良かったので再着火の必要がないのが助かる。

 ヤットコで穂先を掴んで火床に入れて、炭を追加し風を送る。落ち着いたように見えた炎が再び息を吹き返し、穂先の温度を上げていく。

 やがて、焼入れに適した温度に上がったことをチートで察知した。火床から素早く取り出し、水に入れて急冷する。

 ヤットコから手に鋼が硬くなっていく感触が伝わってきた。その感触から頃合いを再びチートが教えてくれて、水から取り出す。じわっと呼吸を始めたかのように、穂先から湯気が立ち上る。


 あとは細かい凹凸を砥石で磨いてならし、研いで刃をつけた。これで槍の穂先としては完成である。まだ洞窟に行った部隊は戻ってこないようだし、柄を探しに行くか。

 出張所を出て、エイムール家の資材を積んだ馬車に行く。あの馬車に積んであるものならフレデリカ嬢に断る必要もないし、何かあっても最悪後で俺がマリウスに直接弁償すれば済む……と思う……ので、便利遣いさせてもらうことにする。


 洞窟に行った部隊がいつ戻ってくるかは分からないので、素早く探さないとな。ゴソゴソと馬車の中を探っていると、いろんな長さの棒をまとめたものが出てきた。これは多分、突撃防止のじゃなくて、ここを囲む柵に使ったやつの余りだな。

 であれば、おそらくはもう使うまい。陣地転換もないだろうから、柵を追加することもないだろうしな。

 その中で丁度ぴったりよりも少しだけ長さのある棒を取り出して、出張所に戻った。


 出張所に戻ってきた俺は、持ってきた棒をちょっと切り落として、ぴったりの長さにした。切り落とした方もこれはこれで使うのだ。

 穂先の柄を差し込むために広げてあった部分に、棒の先を突っ込んでカシメる。これで槍のほうが完成した。石突は作らない。多分実戦で使うこともないだろうしな。

 切り落とした短い方の棒――というか切れっ端をナイフでくり抜いて小さなカップをつくる。そこに水筒の水を入れて、女神像を置いてある棚に一緒に置いておく。槍は女神像を置いている柱の下に奉納代わりに置いておいた。

 そんな事態が来ないほうが良いのは当たり前として、万が一この槍を使うよう事態が来たら、この女神様のご加護を得られるといいのだが。なんの女神様なのかは俺もわかってないのがネックだな。


 やることが無くなってきたなと思ったら、今度はマティスがやって来た。

「蹄鉄を直して欲しいのだが、いいか?」

「ん?ああ、いいぞ。」

 金にはならんのだが、別に断ることもないなと思い、引き受けることにする。もっと暇を持て余すかと思ったが、なんだかんだで忙しいな。

 俺が了承すると、マティスは馬蹄をいくつか渡してきた。チートで確認してみると、確かに歪みが出ているな。加熱するほどでもないので、直接金床で叩いて直していく。

「いい蹄鉄だな。」

 チートで分かったが、使っている鉄が割といいものだ。こう言うと語弊があるが、馬蹄にはもったいないくらい気もするな。

「わかるか。」

 マティスはいつもの間延びした、だがしかし少し喜色を含んだ口調で聞いてくる。

「ああ。そりゃ本職だからな。作りもそうだが、材がなかなか良いな。」

「そうか。」

 更に喜色を増した声音でマティスが言う。表情があんまり変わらないので分かりにくいが、こいつ以外と素直なのかも知れない。


 そこそこ時間がかかったものの、全部の蹄鉄を叩いて直し終えた。全てチートを使い、かつ、武器じゃないので強化しても問題ないと判断して魔力もそこそこ籠めたので、おそらくは並の蹄鉄より遥かに長持ちするだろう。

「ほい、終わったぞ。」

「すまないな、感謝する。」

「気にするな。これも経験だ。」

 俺は手をひらひらと振って応える。

「エイゾウは蹄鉄は作らないのか?」

「うーん、頼まれれば作るだろうけど、今は武器がメインだな。」

「そうか。」

 マティスはそう言ったが、やはり表情が余り変わらないので悲しいのか納得しているのかは分かりにくい。そのうち蹄鉄の発注が来ることも考えたほうがいいのかな。

 マティスは蹄鉄を受け取ると、再び間延びした話し方で礼を言って簡易馬房の方へ向かっていった。


 これで一息つけるかと思った途端、更に次の仕事が舞い込んできた。洞窟に向かった討伐隊が戻ってきたらしく、フレデリカ嬢が修理依頼書と兵士が持った樽に満載の武具と共に出張所に襲いかかってきた。

「エイゾウさん、すみませんです!これ全部直してほしいです!」

 フレデリカ嬢がいつになく焦った感じで言ってくる。修理して欲しいと言う武具の量を見ると、負傷者なんかもそれなりの数が出ていそうだし、指揮所はてんやわんやなんだろう。

「承知した。とりあえず置いてってくれ。」

「お願いしますです!」

 フレデリカ嬢は再び慌ただしく去っていく。これから他の資材の管理もあるだろうし、本当にお疲れ様である。


「どれどれ……」

 俺はフレデリカ嬢を見送ると、渡された依頼書の目録をチェックし始める。

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