職人の道具
と、張り切ってはみたものの、討伐隊の出発もまだなのに俺に仕事があるわけもない。おやっさんに言って、昼過ぎまで寝てたほうが良かったかも知れん。
今から二度寝……と言うのもなんだか具合が悪いし、何かを手伝うと言っても出発直前のこの時間に手伝えることなどほぼない。
で、あれば、出張所の隅に目立たないよう転がっている槍の穂先を仕上げて、準備運動とするのが良かろう。俺はそう判断して、昨日の作業で残った炭に着火を始めた。
火が
十分に温度が上がったので取り出して鎚で叩き、形を整えていく。これは誰かに渡すつもりもないので、特注モデルの作り方でやっているが、工房本店のある黒の森よりも、こちらのほうが魔力が薄いのは確実だな。能力の底上げはされるが、向こうで作るほどの性能にはならなさそうだ。
同じようにナイフを作ったとして、本店だと台の丸太ごと切れるが、出張所では半分から1/3食い込んで終わり、と言った感じである。それでも十分な性能ではあるんだが。
そうやって作業をしていると、兵士が4人ほどで炭の樽2つを持ってきてくれた。存外に早かったが、フレデリカ嬢も今はまだそんなに忙しくはないはずだ。討伐からみんなが戻ってきたら、その時は地獄の釜の蓋が開くことになるが。
「ああ、すみません。そこの樽の横に置いておいてもらえたら大丈夫です。」
「分かりました。」
兵士達は樽を置くと去っていった。もう部隊は洞窟に向かっただろうから、彼らはきっと護衛として残された人達だ。もしかしたら休憩時間を削ってしまった可能性はあるな。そう考えるとほんのちょっと罪悪感があるが、
そこへ、バカでかい声が発信元と共にやって来た。
「エイゾウ!俺のナイフを見てもらいに来たぞ!」
サンドロのおやっさんだ。そういや、昨日そうするって俺が自分で言ったんだったな。年をとると忘れっぽくなっていけない。
「あいよ。」
俺はすっかり忘れていたことをおくびにも出さずに返事をする。2本の包丁が渡された。大小2本の牛刀っぽい形のものである。若い衆のも形はほとんど同じだったが、小さい方2本と大きいの1本だったので、大きい方はしょっちゅう使うものでもないのだろう。
「そうだな、小半時もあれば終わると思う。」
2本の包丁を確認しながら俺は言った。さすがはおやっさんだ。手入れがほぼ完璧である。いい職人は道具そのものも一級だが、その手入れも一級品だ。自分の腕や手や指先も同然だからな。
こと包丁の手入れだけに関して言えば、リケよりもおやっさんの方が上回る部分があるかも知れない。
「そんくらいなら見てってもいいか?」
おやっさんが珍しくあまり大きくない声で(つまりはそれでもでかい声だということだが)尋ねてくる。おずおずと言った感じがないのは
「別にいいけど、つまんないかも知れないぞ?」
「いやぁ、俺が手入れする時の参考になればと思ってな。」
なるほど。別に断る理由は元々なかったが、そう言うことならますます断る理由がなくなる。俺はおやっさんの要請を快諾した。
「ちょいと調整するのに叩くけど、びっくりすんなよ。」
「おう。」
一応おやっさんに断っておく。いきなり叩いて気分を害されてもつまらんしな。
包丁を金床に乗せてチートで確認すると、腕のいい職人の手によるものなのだろう、なかなかのものである。
うっかり魔力でも籠めようものなら、えらい切れ味になってしまうので魔力は籠めず、しかし、わずかな歪みや組織のバラつきを直すように、しかし形は変わってしまわないように気を使って叩く。こう言う事ができるのもチートさまさまではあるな。
この作業では加熱はしない。見たところ焼きが入っているので、これで加熱してしまうと小一時間どころの仕事ではなくなるからな。
2本ともそうやって歪みや組織のバラつきをとった。うちの工房で言うところの高級モデルでも出来の良いやつくらいになる。
「は~。」
そこまでの作業が終わると、おやっさんが感嘆の声を上げた。
「何してるかさっぱりわかんねぇな。」
「そりゃあ、この作業はそうだよ。普通の手入れでやる範囲じゃないし。俺だって、おやっさんたちが料理の仕込みで何してるかなんてさっぱりだからな。」
「そりゃそうか。」
実際には職業が違うこと以上の隔たりがあり、並の鍛冶屋でも俺が何していたのかは恐らくわからないだろうと思うのだが、俺はそう言っておく。おやっさんは素直に信用してくれた。
「こっからは分かると思うぞ。」
「おっ。」
研ぐ行程はおやっさんも手入れで散々しているだろうし、細かいところは分からないかも知れないが、概ね何をしているかは分かるだろう。
俺はいつもよりゆっくりめに研いでいく。もちろんチートを使って、より切れ味が良くなるようにだ。基本的には角度の問題だが、さっき調整した分、普通に研いでも切れ味は上がっていると思う。
これも元々の手入れが良かったので、さして時間はかからなかった。おやっさんの腕前なら使う分には自分で手入れで十分問題ないだろう。
「ほい、これで
仕上がった包丁2本をおやっさんに渡す。
「おお、すまねぇな。」
「これで美味いメシ作ってくれよ。」
「そっちのほうは任せとけ!」
いつにも増してでかい声で、おやっさんはそう請け合ってくれたのだった。
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