2日目のはじまり
おやっさんの夕食を食い終わって、食器を戻したらあとはさっさと寝てしまおう。明日が本格的な討伐なら、忙しいのは間違いない。早めに寝て英気を養っておかないと、30歳の身体では体力が心許ないことになってしまう。
自分たちの天幕に戻って毛布をひっかぶり横になると、思いの外疲れが溜まっていたのか、睡魔は早く訪れてくれた。
翌朝、日が昇ってすぐくらいの時間に起きて軽く体操をしたあと、身支度を整えて調理場へ向かう。おやっさん達はもう既に朝メシの準備を終えて、俺達が食べに来るのを待ち構えていた。
「おはよう、おやっさん。」
「おう、おはよう!」
「おやっさんは朝から元気だなぁ。」
「おおよ!元気を分ける側がしみったれた顔してちゃあ締まんねぇからな!」
「プロだね、おやっさん。」
「あたぼうよ!」
確かにこのおやっさんの元気さは見習うべきところがあるな。俺は朝飯のスープとパンを受け取って、簡易テーブルへ向かった。
スープには具材がゴロゴロ入っていて、朝からしっかりした内容の飯だ。兵士とかはこれくらい食わないとやってられないだろうしなぁ。パンもこっちに来てから焼いたのか移動中に出ていたものと比較して柔らかい。昼ごろまでに忙しくなる可能性もあるから、俺もしっかり食っておかないといけないな。
急ぎ気味に食べている兵士の人達を横目に、俺はゆっくりしっかりと食事を摂る。少々心苦しいところはあるが、年齢とやる仕事が違うから、その辺りは納得して貰うことにしよう。
そうやって食べていると、フレデリカ嬢が朝食を持ってこちらへやって来た。
「エイゾウさん、おはようございますです。」
「フレデリカさん、おはようございます。」
フレデリカ嬢は俺の向かいに飯を置くが、随分と眠そうである。
「眠そうですが、昨晩は遅くまで?」
「はいです。伯爵様が遅くまで作戦を練っておられたので、それに合わせて補給品の計算をしてましたです。」
言い終わると、ふわぁと可愛らしいあくびをするフレデリカ嬢。
「それはご苦労様でした。ですが、あまり夜更かしはいけませんよ。若い女性の美容の大敵と聞きますからね。」
「ありがとうございますです。ですが、私が美容を気にしても仕方ないです。」
フレデリカ嬢はそう言うが、マリウスのとこのパーティーで見た貴族のお嬢様と比べても普通に可愛らしいのだし、今みたいな野暮ったい服じゃなかったらほっとかない男は多いと思うけどな。
「フレデリカさんは、もっと自信を持っていいと思いますけどね。貴族のお嬢様と比べても」
俺はスープを口に運びながら言う。
「いえそんなです……」
フレデリカ嬢は口ごもる。照れているのかどうかは判別できない。朝から気まずいのもなんなので、話題を変えよう。
「そう言えば、今日は修理が多くなりそうなんですか?」
「うーん……」
フレデリカ嬢がスープを掬った木製の匙を口に咥えたまま考え込む。視線は正面だが、焦点は俺を見ていない。
これは彼女についてこの数日で分かったことの1つで、考え事をする時はどこか遠くを見たようになるのが特徴なのだ。
「おそらくは増えると思いますです。ある程度の”損耗”は覚悟する、と伯爵様は仰ってましたです。」
「なるほど。」
と言うことは数が多いか、強敵がいたかのどちらかか。昨日はそれがある程度まで分かったところで戻ってきたのだろうな。
フレデリカ嬢が考え込んでいたのは、どこまで鍛冶屋に話していいか考えたのだと思うが、補給計画の一環として教えてくれている、あたりだろうか。
「でしたら、炭をもう2樽ほど持ってきていただいた方が良さそうですね。火床もあれでなかなか炭を使いますので。その状況だと手助けを頼める状況でない可能性もあります。」
「わかりましたです。手配しておきますです。」
フレデリカ嬢は虚空を見上げて、「炭を2樽エイゾウさんのところにです」と3度呟いた。これが彼女の癖の2つめで、紙に書いたりせずに大事なことを覚える時は、こうやって3回口に出して覚える。
「お手数ですみませんが、よろしくおねがいしますね。」
「もちろんです。」
フレデリカ嬢は今日も小動物のような微笑みで俺に応えた。
その後は取り留めもないような話を2~3して飯を終わる。結局、彼女がなぜ今回補給品回りの文官に抜擢されたのかは聞いてないな。実戦経験がないと言う話だったので、やはり実戦経験を積ませるのが目的だろうかね。
朝飯を済ませて出張所へ向かう途中、フル武装の兵士達が集合しているのを見かけた。出発はまだ先なのだろう、整列はしていない。と、その中に昨日は見かけなかった姿がある。細身で耳の長い男たち――エルフである。
「やっぱりか。」
エルフの姿がある事に俺は驚かなかった。昨日試したとおり、ここらあたりは魔力が結構ある。
であれば、定期的に魔力を吸収する必要があり、そういった場所でしか暮らせないエルフたちがこの辺りに居を構えていても全く不思議はない。自分の住むところに魔物の不安があれば、取り除くのを手伝おうという思考は当たり前だからな。
魔力の供給が必要で、しかし近くに洞窟などの魔力が澱む空間があれば魔物のリスクがあるってのはなかなかに難儀な話だ。
俺はほんの少しの同情をしながら、今日の自分の仕事に集中すべく、再び出張所を目指した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます