出張所、操業開始

 包丁3本を抱え、慌てて出張所に戻ってきた俺は、砥石を水で濡らしてそのうちの一本を研ぎはじめた。手入れが行き届いていて状態は悪くないが、チート込みとは言え、プロとしての腕の見せどころだな。


 チートを使って、適切な角度で刃を研いでいく。最初は全体を軽く打ち直してやろうかと思ったが、時間が差し迫っている可能性もあるので、砥ぎだけに集中することにした。

 流石にチートでも刃の研ぎ直しだけで性能を向上させられる範囲には限度がある。まぁ、まな板を切ってしまうほどに仕上げてしまうと若い衆が困るので、そこまで性能を向上させる必要はそもそもないんだが。


 刃を研いだだけだし、元々手入れはされていたので、3本を処理するのにも思ったほどの時間はかからなかった。最後に水で流した後、布で拭き取って調理場へ戻る。

 途中で討伐隊が集合していたところを見たが、そこにはもう誰もいない。いよいよ討伐に向かったらしい。今日はどんな魔物がどれくらいいるのかを調べるための威力偵察だろうから、被害がほとんど出ないうちに戻っては来るだろう。あんまり油を売っている時間は無さそうだ。


 調理場に着くと、マーティンとボリスも戻ってきていて、水の入った樽を調理場に並べていた。サンドロのおやっさんは夕飯の材料を用意している。

「おやっさん、仕上がったぜ。」

「おう、ありがとよ。」

 俺は包丁をおやっさんに渡す。おやっさんは渡された包丁をじっと見ていたが、夕食の材料を手に取り、汚れをさっと落とすと鍋の上で切り始めた。見事な手付きで切られた材料は、ほとんど同じ大きさになって鍋の中に収まっていく。

「お見事。」

「それを言うなら俺の方だ。エイゾウ、お前良い腕してんなぁ。あいつらに使わせるのがもったいないぜ。」

「元々の手入れが良かったし、それに……」

「それに?」

「それが仕事だからな。」

「なるほどな!」

 おやっさんはガハハハと豪快に笑った。

「明日で良ければ見るよ。」

「おお、じゃあ頼まぁ!」

「あいよ。」

 俺はヒラリと手を振って調理場を後にする。後ろからおやっさんの「お前ぇらこいつを粗末に扱ったら承知しねぇぞ!」と言う怒鳴り声が追いかけてきていた。


 途中自分たちの天幕に寄ってから出張所に戻ってきた俺は、すぐに火床に炭を敷いて火を熾しはじめた。討伐隊が戻ってきて、依頼を受けてから始めても良いんだが、なるべく早く片付けてやりたいし、それに今日は今のうちに確認しておきたいこともある。


 炭に火が回り、十分に温度が上がってきたので、俺は天幕に立ち寄った時に持ってきた板金を1つヤットコで掴んで火床に入れる。何かあった時のために、少しだけ持ち込んでいたものだ。

 おやっさん達の包丁だと、作業を途中でほっぽって修理にかかるわけにも行かないが、これなら好きな時に作業を止められるからな。炭を余分に使うとは思うが、フレデリカ嬢に怒られたらその分は天引きしてもらおう。


 フイゴを操作したり、炭を追加したりと言った作業をしながら、板金を加工可能な温度まで熱していく。この辺、いつもの作業場でないことに加え、魔法が使えない不便さもあって、いつもどおりの時間とはいかず、時間がややかかってしまった。

 討伐隊が戻ってきていないかを気にしつつ、金床に熱した板金を置いて愛用の鎚で叩く。この辺りの作業はいつも通り行う。

 そう、いつも通りを作る時のようにだ。叩いて作るのはナイフではなく、槍の穂先である。これならそんなに板金の量も要らないし、柄の部分は現地調達すればここでも使える。柄はここで外してしまい、穂先だけの小さい状態で持って帰って鋳潰せば再利用も出来る。

 何度か叩いて材質的な均整が取れたので、俺はチートを更にフル活用して、今度は魔力の粒子を纏わせるようにしていった。


 すると、いつもよりもかなり薄くではあるが、性能の底上げには十分な魔力が槍の穂先に籠もっていく。

「なるほどね。」

 リディさんに聞いた魔力が澱むと魔物が生まれるという話と、近くの洞窟に魔物がいると言う話を合わせて考えれば、すぐに分かる話ではあったが、こうやって実際に作業すると実感できる。

「ここには魔力が満ちてるんだな。」

 俺はそうひとりごちる。更に言えば――と、ここまで思ったところで、人が来る気配を感じて、俺はヤットコで掴んだままの穂先を作業場の隅に目立たないように置いておく。


 やって来たのはフレデリカ嬢だった。後ろに2人がかりで樽を持った兵士がついてきている。

「エイゾウさん、この樽の中の武具の修理をお願いしますです。こちらが一覧になりますです。」

 フレデリカ嬢がピラッと書類を差し出し、俺は受け取って目を通した。ロングソードが数本欠けと曲がりが出ているのと、丸盾が2つほどだ。少しちょっかいをかけてすぐ戻ってきたって感じだな。これならさほど時間はかかるまい。

「承りました。」

 確認したので俺は返事を返す。

「では、よろしくお願いしますです。終わったら指揮所までお願いしますです。」

 フレデリカ嬢はペコリ、とやはり小動物を思わせる動きの礼をすると、兵士達と去っていった。弓とか使ってたら、矢の補充の計算とかいるから大変だよな。

 俺はフレデリカ嬢の苦労を思いながら、自分の作業に取り掛かるべく、樽の剣を抜き取って火床に突っ込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る