任務開始

 昨晩は移動後だったので、あくまでここには野営の準備だけしたが、今日からはここが討伐隊の前線基地となる。なので、それに合わせて追加の設営が必要だ。

 居住空間としての天幕は野営の時のままで十分だが、指揮所として使う大きめの天幕が兵士達によって新たに設営されていき。別の場所には杭が打たれて、簡易の馬房のようなものが出来ている。


 そして、ここでの我が仕事場となる簡易の鍛冶場も作る。穴を掘って柱を2本立て、屋根代わりの布を貼った。三角形の斜辺が布、底辺が地面で、他が開口部と考えると分かりやすいかも知れない。レンガで火床を一番広い開口部の方に作る。フイゴの風がちゃんと送られるように、レンガを組まないといけないのが一苦労だな。助かったのは、鍛冶場の設営にも鍛冶屋のチートが有効なようで、どの辺りにどれを置けば効率よく仕事ができるかが"分かる"。あの家をなにかで放棄しないといけなくなった時に再建するためだろうか。

 天幕の設営を見てても、効率の良い設営とかは分からなかったので、あれは生産でも鍛冶屋でもないらしい。……当たり前か。

 今回は炉は置かない。あくまで火床で熱して直せるものまでで、それ以上の作業はしない予定だ。2週間とかそれ以上かかる場合には炉と鉄石を持ってきたほうがいいんだろうけどな。


 デルモットさんにも手伝ってもらって、金床を火床の近くに置く。後は炭の入った樽と水の入った樽を持ってくる。それに、ここまでの行軍で空になった小さめの樽3つを底を上にして、1つは金床の近くに椅子代わりに、もう1つはその椅子の側に道具置きとして、最後の1つは砥石台として置いておくと、だいぶ鍛冶場らしくなった。

 後は自分たちの天幕にある荷物から鎚とタガネ(特製になったやつだ)に、女神像を取ってきて、女神像を柱に棚を作って設置する。地面に置くのは流石に憚られる。


 道具置きに炭を火床に放り込むためのスコップ、ヤットコを立てかけ、上に家から持ってきた鎚とタガネを置いて、砥石を砥石台に設置すれば、エイゾウ工房出張所の完成だ。修理くらいなら幾らでも引き受けられそうである。


 出張所の様子を眺めていると、フレデリカ嬢がパタパタとやってきて、同じく出張所の様子を見て感嘆の声をあげる。

「わ、凄いです。どう見ても鍛冶屋さんです。」

「そりゃ私は鍛冶屋ですからねぇ。」

「ナイフとかハサミとか売ってもらえそうなのです。」

 フレデリカ嬢はニコニコと笑いつつ、書類に何かを書き付けながら冗談を言う。

「戦地価格なのでお高くなっております。」

「エイゾウさんはなかなかガメついのです。」

「へぇ、あっしはケチな鍛冶屋なもんで。」

 俺とフレデリカ嬢は笑いながら軽口をたたきあう。

「炭と水はなくなりそうになったら私に言ってくださいです。エイゾウさんが作業できる時間帯は指揮所にいますです。あと、来る前に言ったように、修理依頼は私が持ってくるです。それだけ修理して欲しいです。私を通さないものは報酬に入りませんので、注意して欲しいです。」

 じゃあ報酬度外視でいいなら、フレデリカ嬢を通す必要ないってことか。そう思ったが、おくびにも出さずに

「わかりました。」

 俺はニッコリとそう言った。


 出張所を開店したはいいが、当然まだ仕事はない。手持ち無沙汰なので、おやっさん達の調理ナイフでも研いでやるかと、陣地内を調理場に向かって歩いていると、革鎧を着たリザードマンとマリートの兵士が戻ってくるところだった。洞窟があるとか言っていた方角からだから、おそらくは偵察だろう。そのまま指揮所の方へ歩いていく。

 他の兵士達は伐ってきた木で柵を作ったりしている。流石にエルフや巨人族の姿はないが、リザードマンやドワーフの兵士達はこの討伐隊にもいる。柵を作る場所をドワーフの兵士が指示し、それを聞いて人間の兵士達が、木を組み合わせて柵を設置したりしている光景が目に写った。


 それを横目に調理場へ向かう。サンドロのおやっさんが包丁の手入れをしていて、2人の若い衆は見当たらない。――おやっさんと言ってはいるが俺の精神と歳はそんなに変わらなかったりする。ただ肉体の方は若返ってるから、それに合わせて呼ばないとな。

「やあ、おやっさん。」

「おう、エイゾウか。どうした?」

「いや、仕事場を作ったのはいいんだけど、当面は仕事がなさそうなもんで、そのナイフでも研いでやろうかと。」

「ああ、そりゃそうか。今日にも1回は出るつっても、まだ先だろうしな。戻ってくるまではおぇのできる仕事なんかぇやな。」

「そうなんだよ。暇を持て余すのもなんだからさ。料理人の命だろうから、無理にとは言わないけど。」

「いや、そう言うことならお願いするぜ。俺のはもうほとんど終わっちまってるが、あいつらのがまだあるんだ。」

「そういや、あの2人は?」

「兵士さん達と水汲みに行ってるよ。」

「なるほど。」

 みんな忙しいんだなぁ。俺もそのうち忙しくなるんだろうか。俺が忙しくなるってことは、それだけ武具が損傷してるってことだから、良いことではないんだよな。それを考えると忙しくなるのも考えものだ。


「これとこれと、あとこれかい?」

 俺は3本の包丁を手にとって、おやっさんに確認する。

「ああ、よろしく頼むぜ。」

「ほいよ。小一時間で戻すよ。」

「おう。」

 包丁を手にブラブラと出張所に戻る。これ街中だったら完全に絵面がヤバいな。今でもそこそこヤバいが。

 その時、兵士達が集合しているのが見えた。踏み台でもあるのか、高い位置にマリウスの顔が見える。出発前に檄を飛ばしているんだろう。だとすると、ちょっと急がないと包丁研いでる最中に戻ってくることもあり得るな。

 俺はブラブラと散歩でもしているような歩みを止めて、そそくさと自分の作業場に戻るのだった。

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