到着

 やがてあちこちに天幕が並び、かまどからは煙が立ち上る。篝火台に薪が積まれるが、まだ日が落ちていないので着火は先だ。天幕を張り終えた兵士達はメシが出来るまで一時の休憩だ。

 ここは水場が近くにないので、メシに使う分と補給する水は樽に積んでいる分で賄うことになる。明日の昼休憩はまた水場の近くで行うらしいので、減った分はまたそこで補給だ。どれくらいの水を使ったのか、フレデリカ嬢が記録している。野営地に着いてからは、フレデリカ嬢はあちこち走り回ってかなり忙しそうだな。


 総勢50人ほどの兵士達と、12日間分の食料、薪と3日分の水、かまどを含む調理器具、それに鍛冶仕事ができるセット、それらを運搬する馬たちの飼い葉を馬車で運ぶと考えると、かなりの馬車が動員されている事になる。

 戦争であれば、移動する兵士の数の桁が違うから、わざわざ馬車で兵士を運ばずに歩かせるし、ある程度は徴発などもするから割合で言えば馬車の数は減るのだと思うが、いずれにせよ兵站は大変だ。


 メシが出来ると長蛇の列ができる。こればっかりは解消のしようもない。俺たち補給隊は列がなくなってから向かう。サンドロのおやっさん達と一緒にメシを食うためだ。夕飯は干し肉を煮込んで戻したものを、硬めの皿状に焼いたパンに乗せたものである。パンは硬くはあるがガチガチというわけでもないので、そのまま食える。皿代わりと言うわけだ。ここには水場がないし、食器洗う水がもったいないからな。


 補給隊は護衛のデルモットさん達も一緒に和気あいあいとメシを食う。こう言うところで一緒の釜の飯を食って仲良くなっておくと、いざという時にお互い助け合おうって気になれるし、何よりメシは楽しく食うのが一番だ。なんだかんだと話をしながらメシを食い終わった。


 メシが終わったら日が沈むまでは自由時間である。俺はフレデリカ嬢に余っている布切れと針と糸がないか聞いてみた。すると、パタパタと荷馬車に歩いていく。歩き方もなんかリスみたいだな。全般的に小動物感溢れるお嬢さんである。俺も何となく和みながら後をついていった。

「こちらの荷馬車のものなら大丈夫です。エイムール家の資材で、自由に使っていいと言われてるのです。」

「なるほど。ありがとうございます。」

 俺が礼を言うと、フレデリカ嬢はペコリとお辞儀をし、パタパタと去っていった。


 少し探す手間はあったが、毛布と布切れ、針と糸も見つかった。予備や着ている服が破れた時に繕うためのものだろう。全て他にも予備があるし、戻せるようにしておけば問題なかろう。

 天幕に戻ると、布切れで袋を作る。戻せるように裁ったりはせずに、半分に折って両端を縫い合わせる。綿を詰めるわけではないので、縫い目は荒くてもいい。縫い合わせたら、裏返して毛布を詰めて、開いている口を縫い閉じたら、簡易クッションの完成だ。明日フレデリカ嬢にプレゼントしよう。女性は別の天幕だからな。迂闊にオッさんが近寄って、あらぬ誤解を受けてもつまらんし。


 日が沈んで篝火が焚かれた。今日はもう寝るだけだ。不寝番の兵士以外はみんな天幕に戻る。俺たちも例外ではない。さっさと毛布にくるまって横になると、思いの外疲れていたのか、すぐに睡魔が眠りの世界へ連れて行ってくれた。


 翌朝、日が昇る少し前に目が覚めた。コック組はとっくに起きているようだ。よく働くな。俺ものそのそと起き出して、自分の荷物から水筒を取り出すと、一口飲んで天幕の外に出て、体を動かす。今日も一日馬車の中だから、積極的に体を動かさないとな。

 日が昇ると同時にメシが始まる。朝メシも補給部隊は全員でとる。今日の予定行程の話なんかをしながらワイワイととる。それが終われば全てを馬車に積み込んで出発する。俺たちも馬車に乗り込んだ。


「フレデリカさん。」

「はいです。」

「これをどうぞ。」

 俺は昨日作った簡易クッションをフレデリカ嬢に渡す。

「これは?」

「あー、尻の下に敷いてください。多分だいぶマシなはずです。」

「ああ、なるほどです。ありがとうございますです。」

 フレデリカ嬢はニコニコと受け取ると、いそいそと尻の下に敷いた。アレはむしろ俺に必要だったのではと思えてくるな。まぁ、いいか。

 クッションの上で機嫌よくしているフレデリカ嬢はますますもって小動物のようだ。その光景は馬車の中の面々を随分と和ませている。これだけでも作った甲斐はある。


 この日の昼休憩も前日と同じく水場の近くだ。馬車を降りる時にフレデリカ嬢に

「お尻の痛みがだいぶマシになりましたです。ありがとうございますです。」

 とお礼を言われた。可愛らしい子だし、素直に嬉しいな。作ったもので喜ばれると嬉しいのは、鍛冶仕事でもこう言うのでも変わらない。思わず頭を撫でそうになるが、なんとかこらえることが出来た。


 その後は目的地まで昨日と同じことの繰り返しだった。多くの武装した人間が行軍しているところを襲う野盗や獣はそうそういないだろうし、天候も特に崩れることもなかったからな。

 こうして3日目の夕刻、俺達は目的の洞窟そばの広場に野営を開始した。明日の朝からは陣地設営がはじまる。

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