遠征の途上
討伐隊の乗った馬車は都のメインストリートを通って都の外に出る。アピールの意味もなくはないが、単純にデカい馬車が通れるのがこの道くらいと言うだけだ。ちらりと馬車の外を見ると、いつもどおりの様々な種族が称賛とも侮蔑ともつかない目で、沿道から隊列を見送っている。帰ってきたときには拍手と称賛の中、帰って来られるといいのだが。
街へ行くのとは違う方角の街道を馬車は進んでいく。乗り心地はすこぶる悪い。まだ若いマティスやマーティン、ボリスはマシなようだが、俺とサンドロのオッさん組は腰とケツにきてボヤいているし、フレデリカも尻が痛いとボヤいている。あんまり触れるのは、この世界でそんな概念があるかはともかく、セクハラになるので俺は触れないでおいた。後でクッションかなにか用意してやるか。
太陽が中天を過ぎる前、1度休憩が入った。俺たちはいそいそと馬車から降りて体を伸ばす。腰のあたりからゴキっと言う音がした。なかなかに辛い。近くに川があるので、水はめいめいで汲んでくる。川には兵士達も大勢水を汲みにきている。下流の方では顔を洗うものもいた。
上流の方にはマリウス達の姿も見える。馬車旅が辛いのは鎖で客室を吊った懸架式の馬車である彼らも変わりないようだ。しきりに腰のあたりをさすっている。板バネだとマシだったりするんだろうか。前の世界と、この世界を比較すると先の技術だから普及させるのは本意ではないんだよな。
馬車に戻って荷物から干し肉を切り出して齧る。俺は今日も体を動かすこともないし、こう言うのをゆっくり噛んで空腹を紛らせれば、夕食までは十分もつだろう。馬車の外では他のメンツも同じようにしていた。が、今馬車にいるフレデリカ嬢は何も口にしていない。パラパラと今回の補給品の目録だろうか、それを見返している。
「何も食べないのですか?馬車酔いする可能性はありますが、なにか口にしておいたほうがいいですよ。腹が減りすぎると頭が回らなくなりますし。」
「持って来るのを忘れましたです。」
俺が尋ねてみると、事も無げに言うフレデリカ嬢。
「こう言う仕事は初めて?」
「はいです。普段は税の徴収量の計算とかをしてますです。」
普段はデスクワークか。まだ若いようだし、そこまで気が回らなかったのだろう。
俺は干し肉をもう1切れ切り取って、フレデリカ嬢に差し出した。
「若い人はちゃんと食べないとダメですよ。」
「いえ、そんな、エイゾウさんの消費予定が狂うです。」
「もう切り出しちゃいましたし、余分に持ってきているので大丈夫ですよ。どうぞ、遠慮なく。」
フレデリカ嬢はそれでも渋っていたが、再び強く薦めると「じゃあ」と口にした。ゆっくりと噛んでいる様子がリスのようである。しばらくはモゴモゴとたべていたが、やがて目を見開いた。
「干し肉なのにおいしいです!」
「我がエイゾウ工房の特製ですので。」
感嘆の声をあげるフレデリカ嬢にニッコリと笑って返す。実際、今回持ってきた干し肉は塩の他に胡椒もきかせてあるし、肉は黒の森産樹鹿肉の特製だ。売ったら結構な値段になるだろうが、うちは鍛冶屋なので自家消費のみで販売する予定は全く無い。嬉しそうに干し肉を齧るフレデリカ嬢を眺めながら、俺も自分の分を食った。
1時間弱の休憩を終えたら、再び馬車に乗り込んで移動だ。気が重いが夕刻までの辛抱である。半日も過ぎて、お互い最初の緊張が無くなってきたのか、会話も増える。今はお互いの仕事の話で盛り上がっている。サンドロのおやっさん達は都で結構大きな食堂をやっているらしい。そっちに行けばもっといいものを食わせてやると笑っていた。1週間も店を休んで平気なのか聞いてみたが、しばらくは他の店から手伝いが来てくれるそうだ。おやっさんの人望が伺える。
マティスはエイムール家の何人かいる厩番の1人らしい。普段は今日マリウスが乗っている馬の面倒も見ているそうだ。今回の遠征での専属はマティスの上司にあたる爺さんがやっているらしい。マティスが来る前からいたから、そっちがやるのは当然だろうと、いつもの間延びした口調で言っていた。
フレデリカ嬢はさっきも自分で言っていたように、税関連の仕事だ。徴税吏ではなく、集まった税のあれこれの仕事だそうだ。完全にデスクワークだな。ここには討伐隊編成の話の時に上から指示されて来たらしい。指揮系統はマリウスの下だが、管理は国が行う。討伐隊の資材は国から支給されている。国家の資材の出納を行うから、指揮官が直接管理するのは不都合があるのだろう。
俺は辺鄙なところに住んでいる鍛冶屋とだけ言った。カミロの店に品を卸してて、その伝手でここに来た、とも言ってある。流石にマリウスから直接招聘されたと言う話をしたら、ただの鍛冶屋ではなくなるからな。
日が沈むよりかなり前に野営に適したところが見つかったので、今日はそこで野営を行うことになった。天幕やかまどを積んだ馬車から兵士たちが荷物を下ろしていく。かまどの設置にはサンドロのおやっさん達も関わるし、食材の消費の管理はフレデリカ嬢が、1日馬車を引いてお疲れの馬たちにマティスが飼い葉や水をやっていて、それぞれ忙しそうである。
手持ち無沙汰なのは俺だけだった。なにか手伝おうかと思ったが、下手に手を出せば邪魔になりそうなので、飼い葉を食べて水を飲み終わった馬と共に
「暇だな……」
「ブルル……」
一緒にその光景を眺めていた。
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