遠征開始
天幕は大きかったが、中に人はいなかった。物も殆どないが、明日出発なので外の馬車に積み込んであるんだろう。荷物を下ろして、一旦ゴロリと横になる。長いこと馬車に揺られていたので、腰とケツに来ている。明日から3日間はほぼ馬車だという話だし、体は若返っているとは言えども、これは覚悟していたほうが良さそうだ。
暇を持て余しそうだったので、持ってきたナイフで落ちていた木を削って像を作って暇つぶしをする。一応ギリギリ生産のチートが働くのか、1時間ほどして、なかなかいい感じの女神像が出来た。俺の荷物の上に鎮座させて、遠征の無事を祈っておいた。
そんなことをしている間に、ちょうどいい感じに夕食の時間である。補給隊天幕近くにワイワイと兵士が集まって、食器を片手に列を作っている。俺もボリスから木のお椀を受け取ると列に並んだ。
列を進んでいくと、サンドロとマーティンが鍋からスープを椀によそい、パンを渡している。スムーズに列は進んでいき、俺の番になった。
「おう、アンタか!しっかり食ってくれよ!」
サンドロがデカい声で挨拶しながらたっぷりと椀にスープを盛ってくれる。
「ありがとう!」
俺は笑顔でスープとパンを受け取った。明日の朝食からしばらくは硬いパンだが、今日はまだそんなには硬くない。これから1週間は硬めのパンが続くようなので、一時の食い納めではある。
兵士たちが集まって座っている辺りに俺も向かい、適当に腰を下ろして食べ始める。めちゃくちゃ美味い、と言うわけではないが、特にマズいということもない。俺が家で作っているスープに味も近いが、うちの方が材料とか調味料が高級な分、少し美味いようである。それでも限られてるであろう材料でここまで美味い料理が食えるなら、討伐隊に参加できてよかったと思う兵士も多いことだろう。
明日から移動先までは1日2食だと言うし(休憩はある)、移動中はスープの類ではなく、タレのようなもので煮込んで戻した干し肉を、パンに乗っけたものが主食になる。移動中はかまどの用意と撤去が大変だし、食器洗うのも手間になるからだろうな。
飯を食い終わったら食器を戻す。ボリスが回収を担当していた。
「ご苦労さん、大変だな。」
「なに、これが仕事でさぁ。2年前の戦についてった時はもっと大変でしたぜ。」
食器を返しがてら俺が声を掛けると、ボリスは笑いながらそう答えた。背は低いが、体つきがやたらガッチリしていて、街道で出会ったら確実に警戒するであろう風貌だ。「また天幕でな」と言い残して俺は天幕に帰った。
日が落ちたら、駐屯地では見張り担当以外はさっさと寝てしまう。補給隊は見張りを言われることはないから、全員さっさと寝ることになる。仕事が特殊だしな。俺もあやかることにして、仕事を終えて天幕に戻ってきたサンドロやマティス達と一緒に寝た。どこでも寝られる人間でよかったと思う。
翌朝、簡単に身支度を整えたら、なるべく早く朝食を済ませる。朝食は昨夜と同じスープに、硬いパンである。これはスープに浸して柔らかくして食べるが、浸さないと食べられないほど硬いわけでもない。焼いてそんなに経ってないからだろうか。ほとんど流し込むように食べ終えた。この辺りは前の世界で仕事が忙しかった時の経験が活きたな。あんまり活かしたくない経験ではあるが。
朝食の時間が終わると、バタバタと天幕やかまどが片付けられ、どんどん荷馬車に積み込まれていく。何十人もの兵士が協力して動いて、小一時間ほどで全ての積み込みが終わった。その合間にマティスが馬車に馬をつないでいく。御者は兵士たちがそれぞれ担当するようだ。俺やサンドロたちも補給隊に割り当てられた馬車に乗り込む。
そこへ、小柄な女性が慌てた様子で飛び乗ってきた。
「ぎ、ギリギリで間に合いましたです……」
息も絶え絶えになっているが、間に合ったなら良かった。俺がそう思っていると、隣りに座ったマティスがボソッと
「アレがそうだ。」
と言った。あまり多くは話していないが、マティスはぶっきらぼうかつ端的な物言いをする。この場合は「昨日話した文官は彼女だ」と言う意味なのだが、圧倒的に言葉が足りてない。分かるからいいか……。
俺は息も絶え絶えな女性に近づくと、声をかけた。
「大丈夫ですか?水を飲みます?」
「あ、はい。ありがとうございますです。」
女性は俺が差し出した水筒を受け取って2口ほど飲む。一息ついた頃合いを見計らって、俺は再び声をかけた。
「私は補給隊に鍛冶屋として招聘されました、エイゾウと申します。どうぞお見知りおきを。」
「あ、ご丁寧にどうもです。私は補給隊付き文官のフレデリカ・シュルターと申しますです。鍛冶屋と言うことは、修理をなさるです?」
「ええ。そのように伺っています。」
「修理が必要な武具は一旦私に申告が来ますです。来たものについて、エイゾウさんに修理を依頼しますので、それの修理に集中していただけたら助かりますです。」
「わかりました。」
修理は申告制なのか。まぁ、しょうもない修理をしてしまうとその分俺は儲かるが、出費はかさむしな。しょうもない修理にかかずらうのもストレスが溜まるものではあるので、予めシャットアウトしてもらえるなら俺も助かるしな。
こうして主な補給隊メンツを乗せた馬車はゆっくりと走り出し、いよいよ遠征が始まったのだった。
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