打診

「それで、今度はこっちからの話なんだがな。」

 カミロはそう言って少し声を潜めた。俺達は身を乗り出す。

「ある程度予測しているとは思うが、これだけ大量の剣が必要ということは、つまりそれだけの兵隊が動くということだ。」

「まぁ、それはな。」

 そりゃそうだ。カミロは手広くやっているとは言え、唐突に40本ものロングソードが必要になる状況といえば、国軍か私兵かはともかく、どこかでそれなりの兵隊が動く以外にはないだろう。

「それで、お前の納めてくれた剣に問題がそうそう起きるとも思ってないが、ロングソードの納入先からできれば従軍して欲しいと打診が来ている。」

「ふむ。」

「従軍とはいっても、後方の補給部隊に随伴してだから危険は殆どない。」

「じゃあ、移動先の補給陣地で修理するのが主な仕事ってことか?」

「よく分かってるな。その通りだ。」

「期間は?」

「長くても9日間かそこらだな。3日で行って3日行動して3日で帰ってくる。もし1日で済めば1週間で終わって帰ってこられるよ。」

「ふむ……」

 それくらいなら、3人に家を任せて留守にしていても大丈夫かな。飯の問題はまぁなんとかしてくれるだろう。3人共連れて行くわけにもいかないだろうし、誰か1人だけ連れて行くのもなぁ。1人だけを家に置いていくのもしたくないので、2人連れて行くという選択肢もない。となれば俺が1人で行ってくるのが良さそうだ。

「俺が1人で行く、と言うのは大丈夫か?例えば従者が必要とかは?」

「いや、補給部隊は一纏めだからな。飯のなんかは専門の連中がやるし、天幕の設営もそうだ。エイゾウは露天になるが火床や金床なんかの設置とさっき言った修理だけが仕事だな。」

「なるほど。それじゃあ、やること自体は本当に着いていって直すだけなんだな。」

「ああ。」

「最後に確認だが、軍はどこのもので、何をしに行くんだ?」

「先に何をしに行くかを答えよう。魔物の討伐だよ。」

「戦ではないのか。」

「時々小競り合いはあるが、40人超を引き抜いて派兵しないといけない戦場は今のところこの国にはないよ。次にどこのものか、だが。」

 カミロはそこで一旦言葉を区切った。

「エイムール伯爵家だよ。国王から兵士を預かって、討伐隊を編成して赴くことになった。」


 ディアナが少し息を呑んだのがわかった。なるほど、マリウスか……。自惚うぬぼれがないとは言わないが、俺の腕前を知っている彼なら連れて行きたがるだろう。万が一の場合には係累を知っている人間がそばに居てくれたほうが安心もできるというのは分からない話ではない。

「エイムール伯爵家は元々、魔物討伐で名を馳せて爵位と家名を貰った家柄でもあるし、相続についてはひと悶着あった後だからな。侯爵が一度は問題なしとしてはいるので、表立ってなにか問題が起きるということはないが、ここらで実績をあげておいたほうが後々面倒も起きにくいのさ。」

「なるほどねぇ。」

 こう言う話は一介の鍛冶屋で、世間と隔絶して暮らしている俺のところには入ってこないし、実際には貴族の家の出でもなんでもないから、解説してくれるとありがたい。にしてもマリウスはまた七面倒な話になってるんだなぁ。

「そう言うことなら、喜んで参加させてもらうよ。」

 今度はディアナが少しホッとした表情を見せた。彼女は俺がかなりの剣の腕前を持っていることを知っている数少ない人間の1人だからな。何かあったら俺がいる、てのが安心できるポイントなのだろう。


「そう言えばいつからなんだ?」

「来週の納品の後にそのまま都に行けばいいと聞いている。うちから馬車を出してやるよ。」

「そうなのか。もっと急ぐのかと。」

 下手したら今日からと言われる可能性もあるとは思っていた。

「まぁ編成とか最低限の訓練とかあるだろうからな。」

「ああ、そりゃそうか。」

 マリウスも小隊レベルとは言え、指揮なんて経験は殆ど無いだろう。少し前から準備を進めていたとしても、よほど危急でない限りはそれなりの準備をしてから行くのがいいに決まっている。

 そして危急でない魔物討伐なら、おそらくは寄越された兵士もほとんど新兵同然だろう。これで上手くいけば指揮経験のある貴族と実戦経験のある兵士が手に入るし、万が一があっても国としては立て直しのきく範囲だからな。その場合はエイムール家としては中々の痛手ではあるだろうが。


「まぁ、話はわかった。準備はしておくよ。」

 俺の基本的なミッションは勿論従軍しての修理だが、裏のミッションはマリウスを何が何でも生きて連れ帰ることだ。どうしようもない場合もあるだろうとは思うが、その場合でもなるべく生きて連れて帰ってくることを最優先目標としたい。そのためには、兵士たちに万全の装備でいてもらうことだ。それもなるべく一般モデルの範疇で。高級モデルは若干の魔力要素が絡むし、流石に俺でも時間はかかるからな。


 従軍の話がまとまった辺りで、番頭さんが袋を持って戻ってきた。

「今日買いこむのはいつもと同じでいいんだよな?」

「ああ。来週は2週間分用意して欲しいところだが。」

「じゃあ、今日の払いはこれだ。」

 カミロは番頭さんがもってきた袋をそのまま俺に渡す。持った時に重かったので確認してみると、ロングソード55本分から今日買った品物の分を差し引いたにしてはやたらに多い。

「やたらと多いみたいだが?」

「急がせた分の料金と、彼から"あの時"の迷惑料込みだよ。その分は彼から貰える事になってるから気にすんな。」

 特急料金と、家宝を打った時に少なかった分か。これ戻すとまたややこしいことになるんだろうな。

「わかった、じゃあありがたく。」

 俺は袋を受け取ると、カミロの店を後にするのだった。

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