大量納品
その後も順調に製作を続け、この日は9本が作成できた。50本オーバーはほぼ間違いなく達成できそうな感じだな。逆に言えば60本を超えることはなさそうだ。明日からの型の作製数上限がこれで分かった。限界までとは言うが、55本を目標にすればよいだろう。
この日の夕食の時は歌の話になり、ディアナも歌声を少し披露していた。なんでも教養の一環として、貴族は男女問わずある程度の歌なら歌えるし、踊りも同様に貴族なら誰でもある程度は出来るらしい。
と、なると家名持ちたる俺も、本当はこの世界の歌をなにか歌えてしかるべきなのだろうが、チートには含まれていないし、インストールされた知識の中にも歌の情報はない。
かと言って前の世界の歌を歌うわけにもいかない。歌詞が日本語かせいぜい英語だし。”第九”だけはドイツ語で歌えるけど、こっちの世界の言葉でも曲でもないことには変わりないしな。
なので、リケとディアナには大変申し訳無いのだが、今は一介の鍛冶屋で歌えないということにしてしまった。不義理なのは分かっているので、機会があったらこっちの世界の歌を覚えて披露するか……。
翌日、最終目標を55本であることと、目標到達にはあと36本であること、それを達成するには1日9本の制作が必要であることを3人に伝える。ディアナには36本分の型が出来たら、後はサーミャと一緒に鋳型に流し込む作業をして欲しいことを合わせて伝えた。もしかすると6日目には時間の余裕が出来ている可能性もあるが、その場合は休みにすればいいだろう。出来ても半日もないだろうし。
とりあえずは集中して作っていけば間に合うことがほぼ確定なのだし、今日の作業に集中せねば。作業場に火と風の音が静かに響き、やがて鎚の音が響いていく。昨日歌ったら吹っ切れたのか、時折リケの歌声が交じるようになった。レパートリーもいくつかある。元々仕事歌とはそう言うものだと言われればそれまでだが、鎚のリズムに合わせて歌うと言うよりは、歌のリズムで鎚を振るうように俺もリケもなっていた。特に邪魔でもなんでもないし、黙々と作業するときよりも集中できている気さえする。前の世界でも静かな方が集中できる人と、BGMがあったほうがいい人がいたが、俺は後者なようだ。この日は10本が作製できた。これで残り26本である。
翌日にも10本ができ、残り16本となったところで、型の作成も完了となった。粘土がリサイクル出来るから何とかなったが、ある程度の在庫はそろそろないといけなさそうだな。この付近で粘土が取れればそこで採取してくればいいのだが、分からないので、カミロにでも適当にきめの細かい粘土を調達してきて貰う必要がある。今の納品のときにでも頼んでみるか。
更に翌日、翌々日と作業は進み、無事に55本を仕上げることが出来た。
ちょっと考えれば分かることではあったが、ディアナを鋳込みに回したとして、仕上げる俺とリケは最大速度で仕事を回せていたのだから、日に10本を上回ることなどそうそうあるはずもなく、結局6日目に7本を生産し、ほんの僅かに休暇が取れたくらいで終わった。大変ではあったが、目的がはっきりしているとそれはそれでやった後の達成感が大きいな。今後は普通の製作でも週いくつと決めておくのも良いかも知れない。勿論時間が余ればその分は休みにしてしまえばいいだろうし。カミロのその方が都合がいい可能性はある。いずれ話をしてみるか。
55本を仕上げた翌日、今日は納品の日だ。かつてない量のロングソードを10本ごとの簀巻きにして荷車に積む。その後の行程はいつも通りだが、重さが半端ではない。荷車に積んでいても中々の重さを感じる。幸いにも車輪が土に沈み込むようなことはないのだが、この様子だとロングソード55本分以上の重さを運搬する時はよくよく考えないといけないな。あるいはいよいよ馬を導入するか、だ。
いつもよりも歩みは遅いが、それでも何とかいつもより少し遅いくらいで済むような時間にカミロの店に到着できた。
カミロの店についても手続自体は変わらない。いつもと違うのは発注書をもってきたことくらいなものだ。商談室に入ってきたカミロと番頭さんに、発注書を渡す。
「ロングソード全部で55本。ちゃんと作ってもってきたぞ。」
ちゃんと、と言っても別に数を確約していたわけではなかったけどな。
「いやはや、エイゾウはいつも俺の期待を超えるな。」
カミロはちょっと芝居がかった口調で言った。なのでどこまで本気で言っているのかは分からない。
「どれくらいだと思ったんだ?」
「腕前を侮っていたわけじゃないが、単純な話でもないし、40本かそれくらいかと。」
なるほど、俺が6倍とは言ったものの、単純に時間を費やせばそれだけ生産力が上がるものではない、というのを見越してそれくらいと見積もっていたのか。そう考えてくれるのはありがたいと言えばありがたい。
例えば、これで「じゃあ来週までに100本な」てなことになった場合、今8時間作業していたとして、16時間作業したら110本出来るから余裕だ、と言う話かというと、そうではないからな。その辺がわかっている発注者はありがたい……ような気がする。
カミロがちらりと目配せをすると、番頭さんが頷いて出ていった。数を確認しにいったのだろう。信頼があってもきっちり確認してくれる方がありがたい。
「今日は別にいるものはあるか?」
番頭さんが出ていったあと、カミロが切り出した。これもいつもどおりの流れだ。
「粘土がいるんだ。今日でなくてもいい。柔らかくてきめが細かいのがありがたい。」
「粘土か。うちで扱ってる陶器の工房をあたってみるよ。」
「すまんな、助かる。あと、馬が欲しい。あの荷車を人力で引くのもそろそろ限界に来てそうだ。正直、ここまで来るだけで一苦労でな。帰りはほぼいつもどおりだからいいが、かさばるものとか、重いものを買った時に困りそうだから、今のうちに手を打っておきたい。」
「なるほどな……。分かった。そっちも伝手をあたってみよう。」
「すまないが、頼んだぞ。」
「なぁに、弟子1人の小さな工房に55本も打たせた罪滅ぼしさ。」
カミロはそう言ってウィンクするのだった。似合ってないぞ、カミロ。
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