量産
この体制は、一度波に乗ったら結構な数ができそうだ。朝に割り当てたとおり、ディアナが型を作り、そこにサーミャが鉄を流し、あとは俺とリケが仕上げる。鋳型は1本ごとに作り直しが必要になるから、いちばん大事なのはディアナが型を作成する速度かも知れない。俺たちが1本仕上げるより早く1つ出来ているので、今の所は型が無くなりそうな気配はない。最悪の場合は型が補給されるまで鍛造に切り替える手もなくはないが、どうしても品質に差が出るからなぁ。
うちの工房をフル回転させると、常に高温の物体、それも融けた鉄や赤熱した鉄が複数作業場のどこかには存在すると言う状況になる。つまり物凄く暑い。カミロのところに品物を卸した翌日なんかは板金を作るので似たような状況にはなるし、量産してない時でもこれに近い状態ではあるが、これは思っていた以上に暑いな。
俺は3人に作業の合間合間に必ず水分補給することを伝える。3人からは了解の言葉が返ってきた。この辺りの気候はそんなには厳しくない、とインストールされた知識にはあった。そうなると実家で同じような状況を体験しているであろうリケはともかく、他の2人は熱中症なんかの知識は乏しい可能性が結構高いからなぁ。直接的な怪我は勿論、こう言った事故も防いでいきたいものだ。
この日は前日の準備も手伝ってか、10本も製作することが出来た。1日の生産量としては上々もいいところではないだろうか。数打ちで品質をかなり妥協した結果ではあるが、ちゃんと武器としての最低限の性能は確保されている。何本か出来が悪いのをピックアップして試し斬りをしたが、特に不具合のあるものはなかった。
仮に戦に使うのだとしても、1回や2回の戦闘でダメになることはあるまい。明日からもこの調子で作っていけば、カミロが恐らく想定している量は上回ることが出来るだろう。
ディアナの作ってくれた型もまだまだ残っている。粘土のほうが先に尽きないかの心配が必要になってくるレベルだ。総計で50か60かそれくらいの数が出来たら、ディアナにも鋳造の方に回ってもらうのも手だろう。明後日くらいの進捗でそこらを考えよう。
翌日も同じように準備をして「数打ち」のロングソードをガンガン作成していく。リズミカルな鎚の音が作業場を占拠する。ああ、そう言えば。
「ドワーフの工房では、こう言うとき歌ったりしないのか?」
俺はリケに聞いてみた。ドワーフにも仕事歌のようなものがあるのかどうか、ちょっと知りたかったからだ。
「え?」
リケはキョトンとしている。もしかしたら無いのかな。
「いや、鍛冶で剣やなんかを打っている時に歌う歌があったりするのかなぁと思ってな。俺はこの仕事は長くはないし、”家”も別に鍛冶には関係してなかったから、この工房にはそう言うのがないが。」
「ああ。ありますよ。」
やっぱりあるのか。
「ちょっと聞かせてくれないか?」
「ええ~……」
恥ずかしそうにするリケ。宴会でいきなりかくし芸を要求しているようなものではあるか。
「恥ずかしいならいいんだ。ちょっと気になっただけで。」
「いえ、大丈夫です。」
まだ少し顔が赤いが、意を決したように目に力が籠もっている。しまったな、上司から言われたら断れない人もいるんだから、もっと慎重に頼むべきだったか。
しかし、せっかくやる気になってくれているのだ。ここで今更やらなくていい、と言うのも悪い気がする。ここは一つこのままやってもらうことにしよう。
ヨーホー ヨーホー オイラ達ャ 山の妖精さ
鎚を振るって鍛冶仕事 いいものできたらごきげんさ
ヨーホー ヨーホー 鍋釜鍬に なんでもござれ
鎚を振るって一仕事 夜には酒がまってるぜ
ヨーホー ヨーホホー
リケは可愛らしい声で鎚を振るってリズムを取りながら歌った。流石に日本風の歌詞でも節でもないが、こう言うのも良いな。
「何だリケ、上手いじゃないか。恥ずかしがらなくても良いのに。」
俺は作業の手を止めて拍手した。サーミャとディアナも拍手している。それを受けてリケは照れくさそうにする。
「上手下手よりも、これ、いかにもドワーフって感じで恥ずかしいんですよね。家を出るまではあんまり気にしてなかったんですけど。」
確かに、俺が感心したのも「ドワーフっぽいなぁ」と言う部分も結構ある。俺も何気なくしていることを「人間っぽい」と言われたら恥ずかしいかも知れない。ただ、
「別にドワーフっぽくても良いんじゃないかとは思うけどな。俺だって人間っぽいんだろうし、サーミャは獣人っぽいし。種族を理由にリケにあれこれ言ってくるやつがいたら、エイゾウ工房の面々が黙っちゃないさ。」
我が家はなんせ伯爵家と繋がりがあるのである。そこに頼るのは最終手段ではあるが、頼れば解決するのであれば、俺は家族のために、躊躇なくその手段を行使するだろう。サーミャとディアナもウンウンとばかりに頷いている。
「ありがとうございます、親方。それではドワーフの名に恥じないような鍛冶屋にならないといけませんね。」
リケは再び鎚を手に取ると、機嫌よく振るって、先程よりも朗らかな声で仕事歌を歌うのだった。
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