受注生産
注文の話が終わったら、後は帰るだけだ。カミロに挨拶をして店を後にする。
よくよく考えれば、特注とか俺から売り込んで、と言うか売りつけて追加発注(ハルバードのときの話だ)、みたいなの以外でちゃんと依頼を受けてものを作るのは初めてかも知れないな。その最初がカミロで良かったとは思う。
街の入口の衛兵さんに会釈をして通り過ぎる。チラッと見ると、持っているのはまだ槍だった。ハルバードの訓練は行われているのだろうか、そんな益体もないことを考えてしまう。ハルバードを追加してくれと言ってきたということは、この街の衛兵隊でも運用するつもりであるのだとは思う。そうでないなら最初に納めたのをそのまま屋敷の衛兵に回せばいいだけだからな。
まぁ、そこはマリウスが考えることか。俺が気を揉んでも仕方ない。俺はハルバードのことを頭から追い出して、リケに歩調を合わせることに専念した。
帰りも街道はのんびりした風景が広がっている。時々、警戒をしてもなにもないから、警戒しなくてもいいんじゃないかと思うこともあるが、カミロの話でも時折は野盗が出たりしているし、少し前にヘレンも大きな盗賊団の討伐をしたと言ってたからな。気は抜けない。こう言うのは気を抜いた瞬間にくるしなぁ……。
はたして、この日も街道には何も出なかった。普通の人間であれば、この先の森の中のほうこそ警戒を怠れないのだろうが、俺達にとっては勝手知ったるである。むしろ気が楽なくらいだ。
ただ、森の動物達をいたずらに刺激することは望むところではないので、なるべく出くわさないよう、サーミャが中心となって警戒はする。
ちょくちょく動物たちの近くを通ったが、特にトラブルは起きなかった。その代り、ディアナが焦がれている子狼に出会うこともなかったので、彼女のテンションは幾分下がることになってしまったのだった。
家に着いて、荷物の運び込みを終えたら、そこから今日は自由時間だ。
俺は明日からの量産に備えて、あらかじめ型を用意しておくことにした。このところサーミャとディアナにやってもらっていたから久しぶりだ。木型に粘土を貼り付けて乾かし、鋳型を作る。その作業を夕食の準備の時間まで繰り返すと、かなりの数になっている。これなら明日からの量産に困ることはないな。俺は一つ頷くと、夕食の準備のために家に戻った。
翌日、朝飯の後の作業分担の時間。俺たちはいつもの朝食後のテーブルに座ったままとは違い、作業場に移動し、神棚に拝礼してから、打ち合わせを始める。
「あの場にいたから知っているとは思うが、我がエイゾウ工房はロングソードの量産を依頼されている。なので、今日からは俺も含めて全員それにとりかかかる。」
俺がそう言うと、3人から言葉は違うが同じ意味の言葉が返ってくる。
「できるだけ効率よく動こう。ディアナは型を作り続けてくれ。」
「わかったわ。」
「サーミャは鋳型に流し込む作業。バリ取りも今日はやらなくていい。」
「おう。」
「リケと俺で仕上げていくぞ。」
「はい。わかりました。」
「急ぐことは大事だが、焦って事故を起こさないように気をつけていこう。1つ1つの動作はゆっくりでもいい。確実に安全にこなすんだ。『ゆっくりはスムーズ、スムーズは速い』ってのを頭に入れて作業してくれ。」
「それは北方のことわざかなにかか?」
俺の言葉をサーミャが混ぜっ返してくる。
「まぁ、そんなようなもんだ。」
実際は前の世界で、特殊部隊の訓練なんかで言われる言葉だけどな。
「よし、それじゃ取りかかろう。」
「「「はい(おう)」」」
こうして、我が工房初の大量受注生産が始まった。
そうして気合を入れたはいいものの、火床と炉に火を入れないことには始まらない。火を入れて温度が上がるまでの間は、4人全員で型を作る作業をして過ごす。これらの型も早ければ今日中には全て使い切ってしまう。
型は焼成して組織が変わってしまうほどのことにはならないので、ある程度は再利用できるが、いくらかは損失も出るので、いずれ補充の必要性が出てくるだろう。ひょっとすると今回の量産が片付いた頃には新しい粘土の補充が必要になっているかも知れない。だが今はとにかく量産を目的として作業するのみである。
炉の温度が上がり、鉄石を入れて融けた鉄を取り出し、その後で型に流し込んで冷えるまでの間も、俺とリケは出番がない。このタイミングだと一番忙しいのはサーミャだ。融けた鉄をせっせと型に流し込んでは、炉に追加の鉄石を放り込んでいる。このペースなら俺たちが仕上げに取りかかった後も、手持ち無沙汰になることはなさそうだ。サーミャのほうがそうなる可能性はあるが、そうなったら型作りの手伝いで回していけるだろう。
やがて冷えてきた剣を型から取り出し、ヤットコで掴んで鎚で叩いてバリを落としたら、火床に入れて加熱し、「いいところ」で取り出して今度は仕上げるために鎚で叩く。俺が先に始めたが、リケも負けじと鎚を振るって仕上げを進めていく。チラッと見た限りでは、高級モデルとまではいかないが一般モデルとしては中々いい出来だ。
2人の鎚の音が大きく響き、そこに炎と風の音、サーミャとディアナが作業する音が混じる。今までも度々こう言う状況はあったのだが、今回はちゃんと目的をもっての作業だからか、いつもより更に一家総出という感じがする。
そうして、一家総出のロングソードの最初の一本を俺は仕上げ終えた。
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