帰還

 3人で侯爵邸を辞して、エイムール家の屋敷に向かう。もう諸々が済んだのだから、一刻も早くこの服を脱ぎたい。俺は都に着いた後、真っ先に鍛冶場で作業し、そこから直接侯爵邸に行ったのでエイムール家に行くのは初めてである。

 エイムール邸は侯爵邸よりも小さくはあるが、立派な門構えの邸宅だ。俺とカミロは応接間だろうか、立派な内装の部屋に通された。マリウスは今はいない。多分よそ行きの服から着替えてるんだろう。俺も着替えたい……と思っていたら、使用人らしき中年の男性に

「エイゾウ様、こちらへどうぞ」

 と俺だけが呼ばれた。

 廊下を使用人の人と歩く。応接間に来るまでの廊下もそうだったが、前の世界で受けたイメージのように、壺やら鎧やらは飾ってない。ところどころにタペストリーが壁を飾っている程度だ。そんなに長くもない距離を行くと、部屋があり、使用人の人が扉を開けて、

「どうぞ、お入りください」

 と促す。俺が素直にその指示に従って部屋に入ると、中には女性の使用人が何人か待っていた。後ろで扉が閉められる。とは言っても、別に何か"大事なこと"が起きるわけではなさそうだ。傍らに畳まれた俺の服がある。


「着慣れないと大変でしたでしょう?今、お着替えをお手伝いいたしますからね。」

 女性の使用人の人がテキパキと貴族の服を脱がしていく。着方がわからないから、脱ぎ方もさっぱりだったので助かる。こう言うのは下手に抵抗すると、かえって時間がかかることを今朝学んだので、されるがままにしておく。自分の服も自分で着られるが、着せてくれると言うなら、もうそれに従おう。


 手慣れているのだろう、あっという間に着替えが完了して、いつもの俺の村人Aって感じの格好になった。実に落ち着くな。ああ言う豪奢な服は俺には合わない。俺が開放感を楽しんでいると、使用人の女性たちがクスクスと笑っている。

「なにか?」

「いえ、エイゾウ様はそちらのお姿の方を、殊の外好んでおられるようだなと思いまして。」

「ああ。俺はただの街のおじさんだからなぁ。それにほら、こっちの方が似合ってるし、格好いいだろう?」

 俺が茶化すように、笑いながらそう言うと、

「ええ、本当に。」

 使用人の女性たちはより一層笑うのだった。


 着替えも終わったので、案内してくれた使用人の男性と一緒に、元の応接間に戻る。中ではよそ行きより大分ラフな感じの服に着替えたマリウスとカミロが、お茶を飲みつつ談笑していた。

「おお、戻ってきたか。」

 最初に反応したのはマリウスだ。

「ああ。着替えると、肩がガチガチになってたのがよく分かるよ。それに、俺が貴族に向いてないってのもよーく分かった。」

 俺は笑いながら返す。カミロがそれに乗っかって、

「違いない。どっちの格好でも、お前さんに対して畏まろうって気持ちがちっとも起きないしな。」

 と混ぜっ返し、俺達3人全員で笑うのだった。


「さて、今回の件については大変世話になった。礼を言う。」

 マリウスが頭を下げる。

「最初に言っただろ。街でさんざん世話になったんだ、これはその恩返しさ。」

「そうそう。エイゾウはともかく、包み隠さずに言えば、俺だって伯爵家との繋がりができたんだ、俺は大したことしてないし、気にしなさんな。」

「そう言ってもらえると大変ありがたい。」

 マリウスが気弱そうに微笑む。普通に考えたら俺達は伯爵家の重大な秘密を握っているからな。俺達がそれを使って、積極的に何かしようという気がないことは伝わったようだ。

「それで、大々的に褒賞を与えるわけにはいかないのだが、心ばかりの礼はしたい。」

「俺は今後も取引を続けてくれたら文句無いよ。伯爵家と取引があるってだけで十分に釣りが来る。」

 カミロが要求を出す。ずいぶん控えめだが、伯爵家御用達商人となれば、それだけで箔が付くのも事実だろう。

「わかった。カミロが扱っているものは、今の贔屓のところを圧迫しない程度に取引しよう。エイゾウは?」

「俺か?」

 とは言われてもなぁ。正直これが欲しい!ってものは……ああ、あれがあったな。

「珍しい鉱石の情報が欲しいな。鉄石ではなく、もっと珍しいやつ。」

真銀ミスリルのような?」

「ああ。まさにそう言うのだ。」

「"情報"と言うことは、実物はいらないのか?」

「手に入れられる情報があればいい。後はカミロに頼んで入手してもらうよ。」

「じゃあ、伝手を当たってみよう。見つかったらカミロに言えばいいんだな?」

「ああ。頼む。」

 俺がカミロを見ると、カミロは頷いた。カミロに聞かずに話を進めてしまったが、どうやらやってくれるようだ。ありがたい。


「それと、これは今のとは別の報奨になる。何も言わずに受け取ってくれ。」

 俺とカミロに小さな袋が渡される。中を見ると、数枚の金貨が入っていた。

「おいおい……」

 俺は辞退しようとする。しかし、マリウスはじっと俺を見つめて、首を横に振った。これはあんまり固辞するのも良くないか……。

「じゃあ、すまんが頂いておくよ。」

「ああ。」

 マリウスは今度は頷くのだった。


 話が一通り終わって、そろそろ帰るかとなったので、俺はマリウスに聞いた。

「そう言えば、ディアナさんを連れて帰らなきゃだよな?祝宴があるんだろ?」

「ん?ああ、そうだな。一刻も早く爵位を継いだことを正当化しないといけない。」

 なんだ?今、一瞬返答に詰まったな。衛兵してた頃のマリウスに雰囲気が近寄ってもいた。まぁいいか。

「じゃあ、カミロと協力して2~3日で連れて帰るよ。いいよな?」

「おう、こっちは大丈夫だ。」

「じゃあ、頼んだよ。こっちもそれに合わせて各所に連絡をしておく。」


 最後の打ち合わせも終わったし、後は帰るだけだ。離れていたのは3日だが、早くも家が恋しい。俺は、はやる気を抑えながら、エイムール邸を辞して、家路につくのだった。

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