"ただいま"

 行きは隠れている必要があったが、帰りはその必要もない、と言うことで、俺は都の道を行く荷馬車の荷台に座って、都の風景を眺めている。御者はカミロの店の店員さんで、カミロは一緒に御者台に座っていた。こうしておけば俺は荷物番に見えるからな。エイムール邸を出たときには、もう既にそこそこ以上の時間が経っていて、今は昼を回ったくらいだ。

 さすが都と言うべきか、多種多様な人たちが行き交っている。犬や猫っぽい獣人や、身長が低い割に体つきがしている女性と、同じく隣の背が低めで髭の濃い男性はドワーフだろう。他にもリザードマン(二足歩行のトカゲっぽい人と、人間に鱗が生えてるっぽい人がいるのは種族が違うようだ)や、パッと見は子供に見えるが、身のこなしでそれと違うとわかるマリートと呼ばれる種族、そしてもちろん人間も、様々な肌の色や髪の色の人々が、賑やかに道を行き交っている。しかし、例えば人間が獣人を嫌がっている様子はない。皆同じように道を行き、物を売り、物を買っている。それを見て、俺は何となく晴れやかな気持ちになった。


 一度門をくぐり(そこが貴族と一般市民との居住区の境だそうだ)、そこからさらに半時ほど行って、都の大門をくぐる。これも行きは見なかったものだが、見てみるとやたらデカい。縦が6メートルくらいはありそうだ。帰りの道すがら、カミロに聞いてみると、

「なんでも昔の国王様が巨人族と和平を結んだとき、巨人族が入れるようにと、あの大きさになった、ってことらしいが、まぁ、本当かどうかは怪しいな。」

 という事らしい。そう言う伝承もゆくゆくはちょっとずつでも調べてみたいものである。

 行きはチェックがあったが、帰りはほぼ素通りだった。立っている衛兵はチラッと俺達の方に視線を走らせただけで、すぐに俺達の後ろにいる別の荷馬車に目線をやっている。この衛兵の目が節穴というわけではなく、単に俺達が怪しくなかっただけだろう……と思いたい。実際、来た時はともかく、帰りは止めたところで何も出ないしな。


 門を出ると、緑の絨毯の中に茶色と青のクレヨンで線を引いたかのような、街道と川が見えた。川は遠目でも太陽を受けてキラキラと光っていて、街道は目の前からずっと地平線の向こうまで続いているのがわかる。緑の絨毯は背の低い草の草原と、遠くの畑である。ぐるりと頭を巡らせると、別の方角にはなかなか標高の高そうな山脈が、そちらの守りをする城壁であるかのようにそびえている。

 位置的には、あの川はうちの近くの湖から流れ出ているものとは違いそうだ。山はどうだろうな。うちからは見えないから分からんな。

 しばらくはそんな景色が続き、まずは都が地平線の向こうに消え、山脈もどんどんその高さを減じて、やがては見えなくなる。都からの街道なので、時折は人とすれ違ったりもするが、基本的にはだだっ広い中を馬車を走らせるだけだ。やがて景色を眺めるのも飽きてきたので、時折カミロと雑談をする。例えば、街では見かけなかったエルフの存在だ。

「エルフか?あいつらは基本的に自給自足で、自分の里から出てこないからな。この辺りの街で見かけることは、まず無いな。」

「そうなのか。」

 でも、いるにはいるんだな。

「ああ。たまーに必要な品を買い求めたり、武者修行の旅に出たやつを見かけるくらいで、俺みたいな行商やってあちこち回った人間でも、そうだなぁ、人生で両手の指くらい見たら多いほうかもな。」

 前の世界で読んでいた話なんかだと、割と人間の街に馴染んでたりするものもあったのだが、この世界では籠もっているタイプのようだ。今日で相当な数の種族を見たし、一度はエルフもお目にかかりたいものである。


 そうこうしているうちに、辺りが橙色に染まりはじめた。馬車のペースは徒歩よりも相当早いので、まだ太陽が空にあるうちに森の入口に辿り着く。だが、今から森の中を進んでも、途中で真っ暗になるのが必至なので、カミロに松明を一本譲ってもらうことにする。多分彼らは日が落ちきる頃に、街に到着できるだろう。

 荷台の松明と火打ち石を持って馬車から降り、カミロに礼を言って別れた。さあ、あともうひと踏ん張りだ。


 家の方向はチートとインストールで分かるので、そちらに向かって急ぐ。一応周囲に気をつけてはいるが、どうしても気が急いて早足になる。それでもやはり途中で日が完全に落ちてきつつあったので、慌てて松明に火をつけた。こう言うのはまだ見えてるうちにやらないと、見えなくなってからじゃ遅いからな。

 気が急いて早足になった分、時間を稼いだが、さすがに暗くなった森を松明を掲げて歩くのに早足は無理だ。むしろいつもの往復よりもやや遅いペースでしか歩けない。気が焦ってしまうのだが、それで警戒が疎かになったりしてもいけないので、必死に気を落ち着かせて真っ暗な森を進む。俺でも中々不気味さを感じるし、みんなと行くときはなるべく夜中は避けよう……。

 松明の明かりもそろそろ危ういかなと思い始めた頃になって、ようやく我が家に辿り着いた。そんなに間が空いてないのに、ちょっと懐かしささえ感じる。ゆっくりゆっくりと家の扉に近づいていく。

 もう後数歩で扉に辿り着く、と言うところで扉が開いた。そこにサーミャ、リケ、ディアナの3人ともが立っている。びっくりした。ただいまを言おうと思うのだが、うまく言葉が出ない。しかし、

「エイゾウ、おかえり。」

「おかえりなさい、親方。」

「エイゾウさん、おかえりなさい。」

 3人にそう言われて、

「ただいま。」

 胸が温かいもので満たされるのを感じながら、俺は何とか言いたかった言葉を口にすることが出来たのだった。

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