暗雲

 その他にも少しカミロと世間話をして、カミロの店を出る。今日はもうこのまま帰るだけだ。マリウス氏の件は俺がどうにか出来るようなものでもなさそうだし。一介の鍛冶屋だからな。補給しないといけないものはカミロのところで揃ったから、よそで買い込まないといけないものもない。畑に蒔く種やなんかを買うのは、畑がちゃんとしてからでいいし。

 前に来てから2週間あったから、鉄石なんかは2週間分かとおもったが、俺達が1週間しか鍛冶仕事をしない、と言ったのをちゃんと考慮してか、荷車に積んである鉄石と炭は1週間分で、こう言う配慮ができるから、カミロは商人として成功しているのかも知れないな。


 街を出る時に見てみると衛兵さんは朝に見た人だった。まぁカミロのところ行ってそんなに経ってないから当たり前といえば当たり前なんだけど。会釈をしながら傍を通り過ぎる。街道に出れば後はいつもと同じルートだが、警戒は怠らずにする。見渡す限りの大草原で、渡る風が荷車を引いて火照る身体に気持ちいい。思わず気を緩めそうになるが、それをしては意味がない。

「こう気持ちがいいと、気が緩むな。」

 俺がそう言うと、

「安全なら、行楽に良さそうな日和ですしねぇ。」

「エイゾウの気が緩むのも分かるよ。」

 リケもサーミャも同意してくれた。だよなぁ。とは言え、そこらでのんびり昼飯でも、と言うわけにもいかないのが辛いところだ。せめて気持ちのいい日和を楽しみながら行こう。


 そして、あと幾らかで森に入る、と言ったところで、サーミャが足を止めた。丸っこい耳を忙しなく動かしている様子からすると、何か聞こえているらしい。俺はサーミャに声をかける。

「賊か?」

「わかんない。でも争ってる感じの音だ。ちょっと先だな……」

 サーミャはそう言って俺達をチラッと見ている。行くべきかどうか迷っているのだろう。

「よし、じゃあサーミャは先に行って様子をうかがってくれ。賊や狼が誰かを襲っているようなら、構わんから助太刀しろ。俺達もなるべくすぐに追いつく。危なくなったらこっちに逃げてこいよ。」

「わかった。」

 サーミャは頷くとブーツを脱いで走り出す。虎の獣人である彼女の本領発揮だ。速いのにほとんど音がしない。

「さて、じゃあ俺達も急ぐぞ。」

「はい!」

 俺とリケは全力で荷車を引く。振動が大きくなるが、バランスを崩して横転したりするほどではない。街道で良かった。これが森や整備されてない道だとこのスピードは出せなかっただろう。積荷は基本くくりつけてあるから、大丈夫だと信じて道を急ぐ。


 時間にすればほんの僅かだろうが、俺には途方もなく長い時間のように感じた。俺の耳にも複数の人間が激しく争っているような物音が聞こえてきた。ええい、ままよ。

「リケ、こいつは一旦ここにおいていく。ついてこい。」

「はい。」

「ただし、現場についたら、少し離れた場所にいるんだぞ。」

「わかりました!」

 旅をしてきただけあって、リケも自分の身を護るくらいのことはある程度出来るのだが、それ以上となると厳しい。いかに俺の特注モデルのナイフを持っていても、当たらなければ切りようがない。なので、直接戦闘には関わらないようにしてもらう。俺とリケは荷車を置くと、音の方へと駆け出す。


 走り出して間もなく、その光景が見えた。3人ほどの男が、サーミャと女性に襲いかかっている。サーミャが弓矢で、女性がロングソードで男たちをいなしているが、女性の動きがにぶっているのがわかる。今にも女性が一撃もらってしまいそうだ。俺は腰のショートソードを抜き放つと

「何してんだ手前てめぇらぁ!!」

 とあらん限りの声で叫ぶ。男たちの視線がこっちに逸れる。

「おい、あいつを片付けろ。」

 男の1人がそう言うと、俺に1人が向かってくる。俺はそいつに全力で上段から斬りつける。男はその俺の剣を自分の剣で受けるが、思ったよりも衝撃があったのだろう、弾き返したりできずに、一瞬動きが止まる。そのスキを見逃さず、俺は斬りつけた時の勢いを生かして、男の胴をめがけて二撃目を放つ。対応出来なかった男の胴の中ほどまで刃が食い込んで、ゴボっと男は口から泡混じりの血を吐いた。

 男の胴から剣を抜いた俺は、男が倒れるかどうかを見届けずに残る2人に向かって剣を構える。残る二人が逃げるなら逃げるでいい。数の優位は逆転したのだし、普通ならそうする。

「クソっ。」

 だが、残る2人はそうせず、悪態をついただけで片方が俺に向かってきた。女性は疲弊しているし、虎の獣人、つまりサーミャも女だから、俺さえ始末すればまだなんとかなると思っているのだろう。俺は相手が間合いを詰めてくる間に、片手でナイフを抜いた。片手にショートソード、もう片手にナイフである。相手が抜いたナイフを警戒する様子もなく、横薙ぎを放ってきたので、俺はそれを身体から少し離れたところで、ナイフの刃が直交するように受けた。

 いや、受けたと言うのはいささか語弊がある。相手の剣はナイフに触れた箇所からすっぱりと切り落とされているからだ。おかげで衝撃もなく空振りになってガラ空きの胴に、1人目の男と同じく剣を叩き込み、やはり胴の中ほどまで刃が食い込んだ。残るは1人だ。

 どう、と倒れる音がしたのを聞いたのか、最後の1人が逃げようとしたが、そこへサーミャが矢を射掛け、放たれた矢は身体を貫き、最後の一人も地に伏すこととなった。普通ならああはいかないんだろうが、あの矢じりは俺の”特製”だからな。


 意識を集中してみたが、他に気配は感じられない。残党がいたら面倒だったが、それもないようなので、俺はほっと胸をなでおろし、リケを呼んでから、サーミャと女性の元へと駆け寄った。

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