事情
「怪我はないか?」
俺はサーミャと女性に駆け寄りつつ、サーミャに聞く。
「ああ。アタシもこの人も大きな怪我はないよ。」
「そうか。」
俺はホッとしつつ、女性の方を伺う。思わず助けたが、この女性の方が何か良からぬことをしていて、俺が斬り倒した男たちこそ官憲のような何かだった可能性もなくはないのだ。
斬り倒した、か。俺は初めて自分で作ったものを、作られた意味に合う使い方をした。当然、前の世界で人を
心の何処かに鈍く重いものがあるのは確かだが、後悔や恐怖と言った
「どうした、エイゾウ。傷でも受けたか?」
サーミャが心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。俺は
「いや、俺も怪我はない。ありがとうな。」
とぎこちない笑顔で返した。
「さて、お嬢さん。」
俺は襲われていた女性に尋ねる。金色の髪が輝く頭には何も装着していなかったし、じっくりとは見てないので、パッと見は普通の旅装に見えていたが、マントで見えにくかっただけで、胸甲と鎖
「お嬢さんが何者で、なぜ襲われていたのか聞かせてもらえるかい。」
「……。」
「まぁ、事情があるだろうし、語りたくないのは分からんでもないんだが、これだけの人数を斃してしまった以上、そこに理由がないと俺達が衛兵にでも尋問されたときに困るんだよ。だから、俺達を助けると思って教えてくれないか。」
女性は俺の目をじっと見つめている。綺麗なアンバーの瞳だ。目鼻立ちがしっかりしていて、俺にも多分こっちの世界でも美人と言っていいだろう。しかし面影に見覚えがあるな。前の世界の洋画の女優かな。
「まず、助けてくださり、ありがとうございます。」
ややあって、話す決心がついたのか、女性は語りだした。
「わたくしはディアナ・エイムールと言います。都に住んでいたのですが、色々あって、とある方のところに身を寄せることになったのです。しかし、そこへ辿り着くギリギリで追っ手に襲われてしまって。あなた達が駆けつけてくださらなかったらどうなっていたことか。」
家名持ちか。だとすると、色々ってのはカミロが言ってた”上級貴族のゴタゴタ”だろうか。このお嬢さんが嘘をついてないか、チラッとサーミャを見ると、横に首を振った。嘘はついてないようだ。
「なるほど。事情はわかった。となると、これをどうするかだな。」
俺は少し離れたところに置いたままの死体を見やる。隠すなら隠すでグズグズしていると巡回が来るだろう。逆に知らせるなら巡回を待つ手もある。そう冷静に考えている自分が少し怖いが、そうも言ってられない。
「隠しましょう。」
俺が逡巡していると、女性――ディアナがそう言ってきた。
「いいのか?まぁ普通の賊ではないんだろうが。」
「ええ。追っ手ですから、撃退されたことが判明するまでは時間が稼げます。」
「その間に”とある方”のところへ行けるはず、ってことか……」
「はい。」
追っ手が”悪いやつ”と限ったわけではないが、ここまで来たら乗りかかった船か。
「よし、じゃあ森の中に入れてしまおう。リケ、すまないが荷車を引いてきてくれ。」
「わかりました。」
リケにはそう指示をしたが、別に死体を荷車に載せたいわけではない。リケが取りに行っている間に森に運び込んでしまうのだ。
「サーミャは手伝ってくれ。」
「あいよ。」
「すまんな。」
「何言ってんだ。今更だろ。」
俺達とディアナは死体の腕だけを持って、森に引きずっていく。こうすれば狼かどうかわかりにくくなるし、俺達に血がついたりもしない。まさか少し前に話をしていたことを自分たちがやるハメになるとはな。
全力で引きずってしまえば、そんなに時間はかからない。ものの半時ほどで2週間前に目撃したような状態になった。端ではあるが、森の中だ。巡回の衛兵も覗いたりしないだろう。その頃にはリケも荷車を引いて戻ってきている。
「よし、じゃあ俺達は家に帰るが、その前にディアナさん。”とある方”ってのについて教えてくれないかい。何か力になれるかも知れない。」
俺がそう言うと、ディアナは迷っている様子を見せた。まぁ、命を助けられたとは言え、知らんオッさんにホイホイと話せる事情なんてそうはない。だが、やがて口を開いた。
「その方は兄が教えてくれた方なんですが、
ほほう。俺みたいな人っているもんなんだなぁ。
「最近になってこの辺りに寄り付いたそうなんですが。」
へぇ。俺と似た境遇なのか。ちょっと興味あるなその人。
「大変腕のいい鍛冶だと……」
ん?
「兄の愛用しているナイフも剣も、その方の手になるもので、今の件が片付いたらその方に調整してもらう、と言っていました。」
「あの、ディアナさん。もしかして貴方のお兄さん、マリウスって名前でこの先にある街で衛兵をしていた方では?」
俺が思わず丁寧な口調で尋ねると、ディアナは
「はい。マリウス・アルバート・エイムールがわたくしの兄ですが、なぜご存知なんです?」
とキョトンとした顔で返してきた。
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