第2章 エイムール家騒動編

怪しい雲行き

 街へ行く日が来た。今日はカミロの店で商品を卸して、寝具を引き取ったら帰るが、マリウス氏の剣の状態も気になるので、確認もしておきたい。


 荷車に作成した在庫をくくりつけて積載する。1週間鍛冶仕事はしなかったとは言え、積載量がいつもより多いので、重さがあるが俺とリケで引っ張る分にはほとんど誤差だ。

「2週間前の帰りにあんなの見たからな。今日は行きも十分注意していこう。」

「わかりました。」

「おう、任せとけ。」

 俺も腰にはショートソードをさげていくことにした。前にヘレンのショートソードにぶつけたのを打ち直したやつだが、切れ味は十分すぎるくらいあるから、護身には役立つだろう。いつもより慎重に進む。狼ならまだしも、賊であれば普通の人がこんなところを通行する、と思っているとは考えにくいが、用心するにこしたことはない。途中一回の休憩を挟んで、森の出口までは普通にやってこれた。一旦そこで停止して周囲を伺う。


「どうだ?俺は何も感じないが。」

 気配であれば、俺でも集中して感じることができる。しかし、熟達者に気配を殺されてしまえば、分からなくなるだろう。そこらの賊にそんな真似ができるとは思えないが、それが出来るやつが居たら危ないしな。ここは消そうにもなかなか消せない、匂いを感知できるサーミャに聞いてみる。

「アタシも感じないな。血の匂いも人の匂いもない。」

「それなら大丈夫か。街道も気をつけて進もう。」

「おう。」

 気配を見落とさず、異常があればすぐ対応できるくらいの速度で街道を行く。用心しながらなので、いつもより歩みは遅いが、街へは無事にたどり着いた。立っている衛兵は今日もマリウス氏ではない。マリウス氏と一緒に剣を買いに来た同僚氏だ。


「こんにちは。」

「おお、あんたらか。こんちは。」

「最近、マリウスさん見ませんけど、何かあったんですか?」

 俺は単刀直入に尋ねる。遠回しに言ってもあんまり意味なさそうだしな。

「あー……あいつはちょっと前から、都の方に行っててな。」

 やや言葉を濁し気味に答える同僚氏。まぁ答えにくいなら仕方ない。他から聞くまでよ。

「そうですか。いえ、剣の調子が気になったもので。あなたも気になってきたら、カミロの店に行って相談してみてください。」

「おお、そうか。いや、何回か使ったが今のところは平気だよ。」

「そうですか。それは良かったです。」

 俺はニコニコしながら応えたが、内心でヒヤッとしたものを感じてもいた。俺が作ったものが使て、その上で同僚氏が無事と言うことは、使う対象になった相手は程度の大小こそあれ、無事ではあるまい。そのための武器なんだし。だが、俺の作ったもので誰かが傷ついたと言う事実からは、どうしても目をそらすことが出来ない。でも、これは受け止めた上でちゃんと消化できるようにならないといけないんだろうな。目をそらしたり、鈍感になるのではなく。


 そんな決意は胸にしまったまま、同僚氏に続ける。

「そう言えば、2週間前にここから1時間ほど行った森の辺りで血の跡を見かけましたよ。森の方に引きずられたような跡も。」

「ああ、ちょいちょい報告あったな。最近は巡回を増やしてるからか、なんともないが、また何か見かけたら次来たときでいいから教えてくれ。」

「わかりました。それでは、マリウスさんにもよろしくお伝え下さい。」

 やはりこの街の衛兵隊は、俺の思っているよりずっと勤勉だ。待遇が良いのかな?

 俺たちは同僚氏に会釈をして、街へ入る。今日も大通りは荷馬車や荷車を引く人が大勢いて、活気がある。その大通りから少し外れたところにカミロの店はあるので、俺達がそっちの方へ曲がっていくと、人通りが極端に減る。暗いとか、極端に狭いと言うわけではなく、用のない人間があまりウロウロする感じのところではない、と言うだけではある。そこをゴロゴロと荷車を引きながら俺達は進んでいく。そう大した時間もかからずに、カミロの店についた。


 荷車は倉庫のそばに回しておいて、そこから店の人を呼び、倉庫の扉を開けてもらったら中に荷車ごと突っ込んで、カミロを呼び出して貰いつつ、2階の商談部屋(とは俺がそう呼んでいるだけなので、実際カミロ達がなんと呼んでいるかは知らない)へ入ってカミロを待つ。程なくしてカミロと番頭さん――と俺が内心呼んでいる人――がやってきた。部屋に入って開口一番カミロが言う。

「待たせたか?」

「いや、全然。」

「商品はいつもの通り?」

「ああ。ナイフと長短両方の剣とを倉庫に入れてある。2週間分には足りないが、1週間分としてはちょっと多いくらいだ。もし余分が出たら置いといてくれ。」

「いや、2週間でお前のやつは全部売れてな。持ってきたやつは引き取るよ。」

「そうか。それはありがたい。で、寝具とかは手に入ったか?」

「そっちは問題ない。2セットだったか?」

「それが、あるなら3セット欲しいんだ。」

 ベッドを作るときまで、客間のことを完全に失念していたので、1セット分寝具が足りないのだ。まぁ、今日ここになくても、次までに揃えてもらうか、自由市あたりに行って調達するかだが。

「ああ、確か在庫はあるはずだ。じゃあ、それといつもの鉄石と炭と、塩とワイン、でいいか?」

「すまんな、助かる。」

「なに、お互い様よ。」

 話がまとまったので、カミロがちらっと番頭さんに目配せすると、番頭さんは頷いて部屋を出ていった。


 番頭さんが部屋を出ていったのを確認した俺は切り出した。

「ところでカミロ、都の方でなんか起きてるのか?」

「どうしてだ?」

「懇意にしている衛兵さんが、しばらく前から都に行って戻ってきてない、って聞いたからな。街を守る衛兵が都とは言え、他所の街に行くの自体がそうあることじゃないし、それが里帰りだとしても、そんなに長くはならないだろ?その人には俺のナイフとかを買ってもらったり、その他にも色々と世話になってるから、ちょっと心配でな。」

「なるほど……」

 まくしたてる俺の言葉に、カミロは考え込む。考え込んでる時点でどこまでかはともかく、何かを知っていると白状したも同然だが、彼は商人だし、その辺りは分かってやってるんだろう。

 やや重い沈黙が部屋に充満する。やがて、カミロは少しだけ教えてくれた。

「今、都の方はきな臭いことになっている。国王様がどうこうと言うよりは、もう一つ下の上級貴族連中だな、その辺で何か起きそうな感じだ。多分その衛兵さんはその辺りに関係があるんだろう。……これ以上はお前のためにも言うわけにはいかん。」

「そうか。すまんな、ありがとう。」

「気にするな。くれぐれも余計なことに首を突っ込むんじゃないぞ。」

「わかったよ。それより、言われてないから情報料はタダで良いんだよな?」

「あっ、お前そう言うところ商人よりえげつないな!」

 そう言って俺とカミロは笑い合う。互いに互いがその都のゴタゴタには巻き込まれないように、そう祈りながら。

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