新しい住人
リケは早速今日、家に来る。また迎えに来るから、明日にしたらどうか、とは言ったのだが、今日のうちに来たいと熱望するので、聞き入れた。あまりボヤボヤしていると日が暮れて危ないので、早く帰れるように、リケにも荷物を纏めてもらう。
幸い(?)にもいつ場を離れるとも分からないので、いつでもパッと纏めて出立できるようにはしてあったらしく、すぐに2階から降りてきた。しかし……。
「大丈夫か?その荷物。」
「ええ。これでここまで来たんですから。」
「そりゃそうか。」
リケは自分の半分ほどもある大きさのザックを背負っていたのだ。旅の途中で施したのか、あちこち補修した跡がある。でも確かにリケの言う通り、この荷物でここまで来たんだから歩くのは平気か。
「それじゃ早速行こうか。サーミャがいるとは言っても、日が沈んでしまうと厳しい。」
「分かりました、親方!」
元気よく答えるリケ。そのうち親方呼びは止めさせよう……。
俺たち3人は、急ぎ足で街道を行く。俺とサーミャはともかく、リケは結構な量の酒を呑んだし、荷物も大きいのに、足取りはしっかりしている。これがドワーフということなのか……。そして、いつもよりも20分かそれくらい早く森の入口に着いた。
「ここからは森の中を行くから、はぐれないようにな。」
「はい、親方。」
「万が一はぐれたら、アタシが見つけてやるけど、大声は出すなよ。ヤバいのが来てたら、呼び寄せちまうかも知れないからな。」
サーミャが注意をする。
「は、はい。わかりました。」
「1時間くらいで一旦休憩にするから、そこまでは頑張ってくれ。」
「はい!」
そして俺たちは森の中を進み始めた。リケは心配するほどではなかったが、やはり森の中をずっと歩くことには慣れていないらしく、時折木の根や草などにつまづきかけている。それでも俺たちに遅れを取ることはない。最初の休憩まではすんなりついてくることが出来た。
「リケ、足の調子はどうだ?痛むとかあったら言えよ?」
「いえ、大丈夫です。なんともありません。」
「こう言うところでは、無理するのが一番危ないからな。違和感があったらすぐに言ってくれ。」
「はい。分かりました、親方。」
そして、再び出発して1時間ともう少しほどすると、我が家についた。ギリギリ日が落ちきる前で、我が家は薄明かりの中に佇んでいる。道中、結局リケはコケることも、足が痛いと訴えることもなかった。
「ここが俺達の家、兼、工房だ。」
「わぁ、結構大きいんですね。」
「まぁな。」
少なくともいきなり現れてビビる程度にはデカいさ。
「足は大丈夫か?」
「はい。平気です!思ってたより歩きやすくて!」
「そうか。とりあえず中に入れ。」
俺は鍵を使って閂を外し、扉を開けた。
「はい!」
パタパタと入っていくリケ。その後をサーミャがついていく。
「サーミャ。」
そこに俺は声をかけた。
「ん?なんだ?」
「ありがとな。」
俺はサーミャが歩きやすく、しかも、他の生き物に会う可能性が低いルートを選んでいることに気がついていた。
「お、おう……。」
照れながら慌てた感じで家の中に入るサーミャ。リケが親方って言って笑ったときの仕返しもあるが、こいつ、こう言うところ可愛いよな。
リケとサーミャに寝室で旅の埃を落とさせ、俺は書斎で落とし、ぱぱっと食事の用意をして、3人で食卓を囲む。
「さて、来てもらったのは良いが、寝る部屋は余ってない。なので、しばらくサーミャとリケの二人で寝室に寝てもらう。」
「え、いやそんな悪いですよ。お二人のところに入ってしまうのは。私は野宿の用意もありますので、そこらの床にでも寝かせていただければ。」
「ん?今でも俺とサーミャは別々に寝てるし、特に変わらんが。」
実際、今もサーミャは寝室、俺は書斎で寝ていた。何度かサーミャが寝室を譲ると言ってきたのだが、その度に俺が断っていたのだ。ちなみに、今は毛布に包まって寝ているので、思いの外快適に睡眠できている。
「えっ、そうなんですか?ご夫婦なのに?」
「ぶっ!?」
俺より先に、サーミャが口にしていた樹鹿のスープを吹き出した。
「ばばばばばばバカ!なんてこと言うんだ!アタシとエイゾウはそんなんじゃねぇよ!」
恐らくは顔を真赤にして、サーミャが猛烈に抗議する。獣人の顔色ってよく分からないんだよな。
「そうなんですか?私と会ったとき、サーミャさんが親方をスッと守ったり、その後もチラチラ目線で会話してたり、親方も言葉の端々でサーミャさんを気遣ってたので、てっきりそうなのかと……」
不思議そうにするリケ。俺とサーミャが出会ってまだ1ヶ月くらいしか経ってないが、その間ほぼずっと一緒にはいたから、ある程度は以心伝心になっているので、自然と言葉を発さずに意思を伝えがちにはなっている。サーミャが大体汲んでくれるし。しかし、しっかり見てたんだな……ちょっと恥ずかしい。
「まぁ、そう言うわけで、俺とサーミャは、今のところ何でもない。家族のようなものではあるけどな。」
「同じ工房で暮らしてますもんね。」
ドワーフの価値観だと、同じ工房で暮らすイコール家族か。
「そんな感じだな。」
ちらっとサーミャの方を伺うと、だいぶ立ち直ってきたのか、縮こまってスープを飲んでいた。いかん、こう言うところか。
「まぁ、そう言うわけなので、女性二人は寝室、男は書斎、と言う部屋割りで行く。これはこの家の持ち主であり、工房の親方である俺の独断で変更は不可とする。」
「はい。」
「へぇい。」
リケとサーミャが返事をする。多分納得はしてないんだろうけど、ここはコレで押し通すしかない。
「まぁ、それも各々の部屋ができるまでの我慢だ。」
「そう言えば、木材はあるんですか?」
「ああ。十分な量を確保できている……はずだ。そろそろ乾燥しているだろうし、明日からでも取り掛かろう。」
「分かりました!」「おう」
こうして、我が家には新しい住人が一人増えたのだった。
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