第13話 カレー
「でも若い女性が男ヤモメの所帯に来るのは、世間がどう思うか…」
「世間なんて何とも思いませんよ、ところで、男カモメって何ですか?」
彼女の通っている大学の偏差値はそれほど悪くないはずだか、それでも「男ヤモメ」を知らない事はジェネレーションギャップなのだろうか。
「『男ヤモメ』だ。独身で一人暮らしの男の人を差す言葉だ」
「へー。そうなんですか。初めて知りました」
彩はそう言いながらも、料理の手は休めようとしない。
彩は、上の棚から鍋を取り出そうとするが、手が届かない。
俺は、彩に代わって鍋を取り出し、手渡した。
鍋を取り出した俺は、椅子に腰掛けて彩の料理姿を見ている。
キッチンに向かう後ろ姿も、様になっている。
後ろから抱きしめたいと強く思ってしまうが、それだと単なる痴漢と変わりないだろう。
本能を理性で制御するが、この制御が暴発する事を俺は抑えられるだろうか。
目の着地点に困った俺はTVを点けた。
土曜日の朝だから、面白い番組をやっている訳ではないが、気を紛らわせるためにTVを見る。
それでも、TVは気を紛らわせるには効果があった。
しばらくするとカレーのいい匂いが部屋の中に漂って来る。
あと少しでお昼となろうとしている時だ。
「杉山さん出来ました。お皿とか、どこにありますか?」
彩が聞いてきた。
俺は食器棚から深皿を2つ取り出して、彩に渡す。
彩は炊飯器で炊いたごはんにカレーを盛って、テーブルの上に並べる。
たぶん、お米も持って来たのだろう。食材だけでもかなりの重さになったに違いない。
彩の作ったカレーを向かい合って食べる。
「う、美味い!」
思わず声が出る。
「ほんとですかー?」
「ああ、間違いない」
たしかに美味い。この子はどうやって料理を覚えたのだろう。21歳なのに女子力高めもいいとこだ。
「彩ちゃんはこの前といい、今日といい、どうやって料理を覚えたんだい。かなりの上級者と見たが」
「全部、母から教わりました。小さい頃から母の手伝いをしていて、それで教わって、今でも二人で台所に立ちますよ」
高橋もこんな美味い料理を食べているのだろうか。
「高橋が羨ましいな」
「父は家ではあまり食事をしません。ほとんど家に居る事がないので…、それに、たまに食べても『美味しい』って言ってくれた事もありません」
仕事人間の高橋の事を思い出してしまうが、そういうところが、俺が馴染めないところなのかも知れない。
食事が終わって、片付けようとしたら、彩が率先して洗い物をする。
「俺がやるよ、料理を作ってくれて、その上洗い物までさせたらバチが当たるからね」
「いえ、杉山さんには散財させたので、そのお礼です」
洗い物が終わると、彩はキッチンの掃除までし出した。
「いや、キッチンまでしなくていいから」
「きれいにしとかないと落ち着かないじゃないですか」
言いつつも手は休めない。
しばらくして、キッチンの掃除が終わったのか、彩はコーヒーカップを2つ持って来た。
「コーヒーでいいですか」
もう自分の家みたいに言う。
「えっと、俺の家なんだが…」
「あっ、そうですね。なんだか寛いじゃって、フフフ」
「それで、何で来たんだい?もう来ないんじゃなかったのか?」
「さっきも言ったように、そんな約束はしていません」
「たしかに約束はしていないが、こんな男の所に出入りしていれば、君にも変な嫌疑がかかるだろうし、第一親御さんに何と言うんだ」
「人の口なんて言わせておけばいいのです。どうせ、3流ゴジップくらいしかの扱いでしようから。それに父は私には無関心ですし、母は私を信じてくれています」
困った、反論の余地がなくなって来た。
「まさか、今日も泊って行くなんて事はないだろうね」
「泊っていった方がいいですか?」
「いや、逆だ。泊っていかれては困る」
「杉山さんの都合もあるでしょうから、私も泊りません」
「では、今日はちゃんと帰るように」
「それで、明日はどうですか?」
「明日も来るつもりなのか?」
「ええ、ダメでしょうか?」
「若い子が毎日、男ヤモメの部屋に来るもんじゃない」
「毎日じゃありません。土日だけです」
「同じだ」
「じゃ、毎日来ます」
話が噛み合わない。俺は頭を抱えた。
「彩ちゃんは、どうして俺のところに来る?」
「どうしてって……、一緒に居ると楽しいからです」
この子は小さい頃、高橋が構ってやらなかったので、父親の愛情に飢えているのじゃないだろうか。
きっと、父親と俺を重ねているのだろう。
「彩ちゃんは、きっと勘違いをしている。俺は彩ちゃんの父親じゃないし、それに代わる事はできない」
「杉山さんは父ではありません。友だちです。友だちの家で一緒に料理を作って楽しく過ごすって事です。友だちなんかとも良くやってますよ」
ホームパーティって事だろう。
だが、俺は料理を手伝っていない。彩が一人で作ったものだ。それでホームパーティはないと思う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます