第11話 朝食を

 俺はテーブルの上を片付け始めたら、風呂からシャワーの音がしてきた。

 今、この部屋の中で、綺麗な女子大生がシャワーを浴びていると思うと、俺の良からぬ男性の部分が頭を擡げて来るが、それを理性で抑え込める。

 所詮、相手は21歳。対する俺は47歳。どう考えても、嫁にする事は出来ない。


 彼女は俺に好意を持っていてくれるかもしれないが、それは一時的なものだ。

 今まで男性免疫がなかったので、ちょっとした気まぐれ程度なのだろう。

 そんな事で、彼女の一生を左右する事が出来ないのは、大人の男としての責任がある。


「すいません、お先に頂きました」

 彩がバスルームから出てきた。

「ドライヤーが洗面所にあるから使ってくれ」

 今度はドライヤーの音がする。


 髪が乾いた彩がリビングに来た。

「今夜は寝室のベッドを使ってくれ。ちょっとオヤジ臭いかもしれないが、シーツとかは予備がクローゼットに入っているから、使って貰ってかまわない」

「分かりました」

 そう言うと、彩は寝室に入って行った。


 俺は運び出しておいた部屋着を持って、バスルームに向かう。

 シャワーを終えた俺がリビングに戻ると、既に彩はいなかった。寝室で眠ったのだろうか。

 おれはリビングにあるカウチに横になった。


 翌朝、いつもと違う感覚で目が覚めると、既に朝日が窓のカーテンから差し込んでいる状況だ。

 昨夜の雨は既に上がったようだ。

 テレビを点けてみると、老人が政治の話をしている。

 結果に責任を持たない人種は言いたい放題だなと思いつつ、カウチから降りた。


 洗面所に行って、顔を洗う。

 まだ、彩は寝ているのだろうか。

 俺だって若い頃は良く寝ていた。

 それがいつからだろう、睡眠時間が少なくなったのは。

 今では5時には目が醒める。老人になったと言えばそれまでだが、眠りも浅い感じは否めない。


「おはようございます」

 洗面所で顔を拭いていると、鏡に映った彩の姿があった。

 振り返るとノーメイクの彩が立っているが、やはり21歳は美しい。

 髪も手入れをしている訳ではないだろうが、バスローブにかかる髪が艶やかだ。

「おはよう。眠れたかい?」

「少しだけ」

 その「少しだけ」の言葉の裏には何があるのだろう。


「ちょっと、待ってくれ、直ぐに朝食にするから」

「いえ、私に作らせて下さい。昨日から散々お世話になっているのに、何もしていないなんて、悪いです」

 彩はそう言うと、手と顔を洗ってキッチンの方に行った。


 食器や食材のある場所は俺が指示する。

 彩はそれを手際良く調理しては食器に並べて行く。

 21歳の女子大生だから、てっきり料理なんてやったことがないだろうと思っていたが、かなりの上級者だ。


「ほう、うまいなぁ」

「母にいつお嫁に行っても言い様にって、小さい頃からやらされていたので」


 あっという間に、ハムエッグにパン、サラダと味噌汁が出来た。

「えっと、パンに味噌汁?」

「ええ、うちでは普通ですけど。何か可笑しいですか?」

 まあ、そんな家庭があってもいいかなと思う。


 味噌汁を啜ってみる。

「うまい!」

「えっ、本当ですか」

「うん、こんなうまい味噌汁初めてだ」

「杉山さんは、お上手です」

 口に手を当てて、彩がコロコロ笑う。


 パンはトースターに入れただけなので、普通だが、ハムエッグは卵の固さと言い、丁度良い出来だし、卵もこんなに美味しいのかと思う程旨かった。

 料理をする人で、味がこんなにも変わるのだろうか。

 とても21歳の女子大生とは思えない腕だ。


 彩の作った朝食後は、また二人で向かい合って座る。

「それで。服が乾いたら、帰って貰いたい」

「もちろんです。私もここに居座る事は、家族が許すとは思いません」

「それで服は乾いただろうか?」

「さっき、確認しましたが、まだでした」

「では外に干してくれ。幸い、今日は天気が良いみたいだから」


 昨日の夜、降っていた雨は既に上がり、今はこの季節とは思えない程の太陽の光が出ている。

 彩は寝室から干してあった服を持って来て、ベランダのステンレス竿にハンガーごと掛けた。

 さすがに下着までは干せないので、下着は寝室に干してある。

 彩は相変わらずバスローブを着ている。

 この恰好だと部屋から出れないし、正直目のやり場にも困っている。

 彩は小柄だが、バスローブの上からも胸が大きいのが分かる。

 普段着ではそう見えなかったが、胸元が開いたバスローブだと、胸の谷間がくっきりと分かるし、ブラをしていないので、歩くとバスローブが大きく揺れる。

 正直、こうやって向かい合っているのも気恥ずかしい感じだ。


 彩には「天は二物を与えず」という諺は当てはまらないのじゃないかと思ってしまう。

 顔良し、性格良し、体形良しの上に料理上手だ。こんな子が今まで残っていた方が、不思議なくらいだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る