第9話 別れ

 店だって、雨になったのだから、好機だと思って店先に傘を並べたのだろう。

「それじゃ、これを2本下さい」

「あっ、1本でいいです。1本下さい」

 俺が2本と言ったところを彩が1本と言い直した。

「えっ、彩ちゃんの分は?」

「私は駅まで、母に迎えに来て貰えばいいし、地下街だと濡れませんから。それにまた杉山さんは2本分払うつもりだったんでしょう?」

 たしかにそのつもりだった。

「勿体ないですからね」

「じゃ、食事に行こうか?何か食べたい物は?」

「私、『ミラカン』が食べたいです」

「ミラカンか、渋谷で食べれるところは知らないな」

「じゃ、東京まで移動しましょう。前に連れて行って貰った店は今日もやっているんですよね」

 あの店はビジネス街にあるが、一般人も通るところに立地しているので、休日でもやっている。

「やっているハズだが、ここからだと遠くないか?」

「地下鉄だと、半蔵門線で行けば、直ぐですよ」

 そういう彩に連れられ、半蔵門線のホームに行く。


 大手町の駅に着くと、一番近い出口からレストランに向かう。

 買ったばかりの傘を差すと、彩が一緒に入ってきた。

「杉山さんと相合傘だー」

「オッサンと相合傘でもいいのかい?」

「雨に濡れるよりは…」

「それは酷いな、俺は雨よりましって事か」

「いえ、そんなつもりではなく……」

「いや、いいさ、間違っていない。ははは」

 彩は傘を差した俺の右腕に自分の左腕を絡めて、一緒に歩いて来る。

 レストランには歩いて5分もせずに着いた。

 休日の夕方だが、雨も降っているし、ビジネス街の外れだからだろう、店内はかなり空いている。


「ミラカンセット2つ」

 注文を取りに来たウェイトレスに伝える。

「ミラカンって癖になりますよね。絶対また行こうって思ってました」

 出て来たミラカンを食べながら、今日の遊園地であった他愛もない話をする。

 降り出した雨は小雨になったようだが、止む気配はない。


 レストランを出ると、細い銀のような雨が街灯に照らされていた。

 再び彩と二人で相合傘になる。

 帰りも彩は俺の腕に自分の腕を絡めてきたが、帰りは何も言わずに黙ったままだ。

 東京駅から中央線に乗り、乗客の少ない電車の座席に二人並んで座る。

 電車の中でも彩は黙ったままだった。


「三鷹~、三鷹~」

「今日は楽しかったよ。それじゃ、おやすみ」

 そう言って、席を立ちあがった俺に続いて彩も席を立った。

 ドアが開いて俺がホームに降りると彩も一緒に出て来た。

「このまま、乗っていた方が良かったんじゃないか?」

「いえ、明日、そう明日は時間はありますか?」

「……」

「どうですか?」

「彩ちゃん、俺たちは、もう会わない方がいいと思う。正直、君は可愛いし、一緒に居て楽しい。でも歳が違うからこののままだと、俺は怖い」

 この怖いのが何なのかは、俺自身も分からない。


「それは私がダメって事ですか」

「いや、そんな事じゃない。君は綺麗だし、性格もいい。それこそ、非の打ちどころがないくらいだ。反対にダメなのは俺の方だ」

「杉山さんの言ってる事が分かりません。ダメじゃないのにどうしてですか?」

 彩はその場で泣き出した。

 駅のホームで女子大生が泣いており、その傍らにはオヤジが居る。

 どう見ても、悪者はオヤジの方だ。


「泣かないでくれないか。みんなが見ているし。君は次の電車で帰るといい。親御さんも心配するだろう。それまではここに居るから」

 そう言っても彩は泣き止まない。

 次の電車が来ても彩は乗ろうとしない。

 仕方ないので、俺は自分の家に向かって歩き出した。俺が居なくなれば彩も自分の家に帰るだろうと思ったからだ。

 見ると彩も俺の後ろを付いて来る。

 俺は改札を出て、家の方に歩く。

 彩を見ると、傘を差さずに、雨に濡られながら、俺の後を付いて来る。


「雨に濡れるぞ」

 俺は傘を差しだしたが、彩はその傘に入って来ようとはしない。

 俺が更に傘の中に入れようとしたが、彩は後ずさりして行く。

 仕方ないので、そのまま歩き出すが、相変わらず彩はついて来る。

 15分ほどで俺のマンションのエントランスに着いた。


 見るとズブ濡れになった彩も後ろに居る。

「仕方ないから、着替えて帰りなさい」

 そう言うと、彩は俺と一緒に俺の部屋に入った。


「買って来た服に着替えるといい」

「…買って来た服も濡れてます」

「……」

「ハンガーを貸して下さい。部屋で乾かします」

「そうすると彩ちゃんの着る服がないが…」

「すいません、何か着る物も貸して下さい」

 俺はだいぶ前に買って、着ていないバスローブを出した。

「これでいいかい?」

 俺はバスローブとバスタオルを彩に渡した。

 彩は「着替えてきます」と言って、バスルームの方に消えた。

 しばらくすると髪を拭いて、バスローブに着替えた彩が出てきた。


「あのう、洗濯しても良いでしょうか?」

「えっ、洗濯?」

「下着まで濡れてしまったので、洗濯したいのです」

「あ、ああ、いいとも」

 今、あの子はバスロープの下は裸だと言うのか。それを想像すると胸がドキドキする。

 そんな事を思っていると、洗濯機が回る音がしてきた。

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