第6話 夜のデート

 行ってみると5組ほどのカップルが並んでいる。

 男性も女性も仕事帰りなのか、男はスーツ、女性もそれに近い服を着ている。

 恐らく社内恋愛中で、しばらくするとこの女性も寿退社するのだろうか。そんな事を考えてしまう。

 その最後尾に並ぶが、どうみても学生の娘を連れて来たお父さんである。

「結構、混んでますね」

 彩が話しかけてくる。

「こんなもんじゃないかな。最近できた割には空いていると思うけど」

「そうなんですか?学校の友だちに聞いたら、ここが良いって言ってくれたので…」

「何が良いんだ?」

「あっ、いえ、何でもありません」


 俺たちの順番が来たので、ゴンドラの中に入る。

 ゴンドラには空調設備がないので、外気温が直接肌に感じる。

 昼間ならまだ半袖でも過ごせるが、初秋なので、夜になると冷える。

 特に観覧車は高いところまで行くので、更に風が冷たい。


「彩ちゃん、寒くはないか?」

 見ると彼女は半袖ワンピースだ。夜の風は冷たいだろう。

「ええ、少し」

 俺は着ていたスーツの上着を脱ぎ、彼女に手渡した。

「加齢臭が臭うかもしれないが、寒いよりはいいだろう」

「いえ、杉山さんは加齢臭なんてしません」

「はは、また嬉しい事を言ってくれるな」


 彼女は上着を受け取ると袖を通した。

 見ると上着がかなりダブついている。

「ははは、ちょっと大きいようだな。観覧車を降りたら、暖かい物でも食べに行こうか」

「はい。また奢って貰うのは悪いので、今度は私が出します」

「いや、学生に払わせる訳にはいかないよ。それに女子はそんな事は気にしないものだ」

「いえ、気にします。そんなに毎回奢って貰うのも悪いです」

「では、こうしよう。安いとこに行く。どうだろう」

「分かりました。それで妥協しましょう。うふふ」

「妥協してくれて、ありがとうございます」

「ほほほ」

 彩は口に手をあてて笑った。


 観覧車を降りた俺たちは、ビルの中にあるラーメン屋に入った。

「ラーメンでもいいかい?」

「ええ、大丈夫です。実は私、ラーメン屋さんに来るの初めてなんです」

「ええっ、そうなの?お父さんやお母さんとかと一緒に来た事はなかったの?」

「父は小さい頃から家に居た記憶がなくて、外食とかもしたことはなかったです。いつも家でお母さんの手作り料理ばかり食べていました。外食したのは大学に入ってから、お友だちと行った事ぐらいしかありません」

 最早、天然記念物級の箱入り娘だ。

 この平成の時代にそんな女の子が居た事が信じられない。

 しかし、あの高橋なら家族サービスより仕事を選択するのは頷ける事だ。


 だが、鈍感な俺は気が付かなかった。

 彩は肩甲骨の下まであるストレートの髪だ。

 ラーメンを食べるために俯くと髪がラーメンに入ってしまう。

 ここは男には分からない世界だ。

「ごめん、髪がじゃまだよね。もっと考えて食事を選べば良かった」

「いえ、大丈夫です」

 彩はそう言うと、バッグからスカーフを取り出して、後ろで髪を束ねた。

 彩の白い横顔が照明に浮かび上がり、うなじのところの色っぽさがにじみ出る。

 可愛らしさと蠱惑さが微妙に絡み合っており、思わず見とれてしまう。


「どうかしました。ラーメン来ましたよ」

「いや、何でもない。束ねた姿も似合うなと思って」

「えー、ホントですか。本気にしちゃいますよ」

「ホントだよ。俺は嘘と坊主の髷はユッた事がないんだ」

「何ですか、それ?」

「いや、何でもない」

 いきなり、ジェネレーションギップを感じた。

 平成生まれと昭和生まれ、渡りたくとも渡れない溝がある。


 ラーメンを食べてビルを出たのは9時半を回っていた。

「あんまり遅くなると怒られるだろう。今日はこの辺で帰ろうか」

「はい、今日は本当にありがとうございました」

「いや、こっちが遅れて悪かった。そこのところは言い訳できんな」

 駅まで歩きながら、彩と話をする。


「遅れて来た時は、父から何か仕事を頼まれたのかと思いました。父が嫌がらせとかをしているのじゃないかと」

「俺と高橋は同期でも部署が違うから、仕事はあんまり関係ないんだ」

「じゃ、途中で宇宙人と遭遇して道を聞かれていたとか?」

「はは、会社の中の宇宙人は君のお父さんぐらいのもんだ」

「えー、そうなんですか。メモして母にこっそり教えようっと」

「すると君も宇宙人の遺伝子が入っている事になるぞ」

「ワレワレハ、ウチュウジンダ…」

「ははは」

「ホホホ」

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