第4話 女子大生

 彩と二人、向かい合って座ると、21歳の彩が微笑んだ。

 うん、可愛い。

 彩は見ていて美人だし、その中にも可愛さも交じっている。

 身体だって、抱きしめると折れるんじゃないかと思えるほど華奢だ。


 47歳にもなった俺だが、こんな美人と食事をするのは何年ぶりだろうか。

 この笑顔だけで、食事の費用を出しても惜しくはない。

 高橋が「うちの娘は誰にもやらん」という気持ちが分かる気がする。


 こんな可愛い子が入社したら、うちの男共は大騒ぎし、そのうち誰か一人がこの子を嫁にするんだろう。

 この子も、もしかしたら来年には、寿退社するかもしれない。

 そんな事を漠然と考える。


 彩の話は、面接の話が主で、言われたとおりに答えたら、面接官の印象も良かったように感じたとか、そういう話だった。


 しばらくすると、頼んだメニューが運ばれて来た。

「なんか、ドロっとしたソースですね」

「名古屋では『あんかけスパ』という名前が通っているからね」

「なるほど『あんかけ』ですか、納得のネーミングですね」


 彩は一口食べると

「わぁ、なんか甘酸っぱい中にも辛さがあって、美味しいです」

 とか言って、食レポをしてくれるが、名古屋人にあんかけスパの食レポは不要だと思うぞ。


 レジで会計をしたら、表で彩が待っていた。

「今日はごちそうさまでした」

「帰りの電車は中央線でいいんだよね。どこで降りるんだい?」

「私は、八王子の手前の『豊田』って駅で降ります。そこから、バスに乗り換えて20分ぐらいです」

「『豊田』か、結構遠いな」

「杉山さんはどちらなんですか?」

「ああ、俺は三鷹なんだ」

「ええー、いいなー、三鷹」

「まあ、独身だからね。この歳になるとそのあたりにマンションも借りられるさ。もっとも、駅から15分ぐらいは歩くけど」

「ふふ、二人とも駅からは遠いですね」


 彩と二人、東京駅の中央線のホームに来た

「彩ちゃんは女性専用車両に乗った方が良いだろう。朝のような事があると困るしね」

 朝にあった痴漢の事を言う。

「いえ、大丈夫です。それに今は、心強いナイトがいますから、痴漢が出たら、また守ってくれると思っていますし」

「ははは、こんな、オジサン何の役にも立たんぞ」

「いえ、オジサンじゃなくてナイトです」


 中央線は東京駅が始発なので。運が良ければ座れるが、そこは直ぐに席の争奪戦が始まるので、俺が座れた事は1度が2度しかない。

 二人で吊革に掴まるが、彩は小さいので、手が万歳の格好に近い。


 電車が発車して、ポイントの所で、がくんと揺れた。

「キャッ」

 彩がそう言って、空いた手で俺のスーツを掴んだ。

「あっ、すみません」

 俺だってこんな綺麗な子に掴まれて悪い気はしない。

「いや、大丈夫だ」

 何が大丈夫なのか、自分でも意味不明だ。


 昔に比べ、電車の中は静かになったが、それでも小声で話す事はできない。

 かと言って大声で話すと、周りの人にも聞かれてしまうので、どうしても無口になってしまう。

「あのー」

 彩が俺の腕に彩の腕を当ててきた。

「うん?何か?」

 俺は首を彩の方に傾け、小声でも話が聞こえるようにした。

 彩は反対に、俺の方に背伸びをする格好で耳に話してくる。

「本当に今日はありがとうございました。面接だけでなく、食事までご馳走して貰って」

「ああ、そんな事か、気にする必要はないさ。うちの会社に就職してくれれば、それに越した事はない」


「三鷹~、三鷹~」

「それじゃ、気を付けて帰るんだよ」

「はい、今日はありがとうございました」


 俺は、電車を降りた後も電車の中に居る彩をホームから見ていた。

 彩もこっちを見ている。

 電車が動き出したら、彩が手を振ってきたが、すぐに見えなくなった。

「フッ、こんな事はいつ以来だ?」

 昔、付き合っていた彼女が居た時もこんな風に別れていた事を思い出す。

 あの時も同じ沿線の彼女の方が遠くに住んでいたので、いつも俺がホームから見送っていたことが頭を過ぎる。


 しかし、彩は美人だ。しかも性格もいい。きっと彼氏とか居るのだろう。

 だが、彼女はお嬢様学校で、しかも一環した女子校だったから、実は彼氏はいないかもしれない。

 どちらにせよ、ときめいたところで、47歳のオッサンの彼女になる訳がない。

 そんな期待をしても無駄な事だし、そんな関係になったら彼女の方が可哀想だ。

 人一人の人生を棒に振らせたくはない。

 風呂の中でそんな事を考えてみる。

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