第2話 就活

「ああ、もしもし、杉山ですが、事情があって事務所に顔を出すのが遅れます。

 ええ、ええ、はい、はい。

 あっ、会社の中には居ますので、連絡くれれば直ぐに行けますから。

 ああ、はい、ではよろしくお願いします。

 さてと、では行こうか」

「えっ、どこへ行くんですか?」

「『どこへ』って会社だろう。君の面接をする所だ」

「ええっ、面接官の方ですか?」

「いや、違う。だが、面接の時間までまだあるし、君もどうやって過ごしていいか分からないだろう。ここはうちの会社をPRしようと思ってね」


 そう言って連れて来たのは、会社の中にある喫茶ルームだ。

 ここでは、朝からコーヒーと簡単な朝食を食べる事が出来る。

 最近の若いやつは朝食を採らない連中が多いって事で、会社が喫茶ルームで簡単な朝食を食べる事が出来るようにしてくれた。

 だが、始業の8時半を廻っているので、喫茶ルームには誰もいない。


「コーヒーでいいかい?朝食も食べれるが、どうする?」

「朝食は済ましてきたので、コーヒーだけでいいです」

「じゃ、コーヒー2つ」


 店のおばさんも朝はコーヒーを用意してあるのだろう。

 直ぐにコーヒーカップが2つ出てきた。

 俺はコーヒーにミルクとシュガーを入れ、かき混ぜながら、

「『聖アンドリュース大学院』からどうしてうちの会社を受けようと思ったの?」

「それって、志望動機を聞いているんですよね。そこはちゃんと練習してきました。聞いて下さい」


「えっと、『御社は建設業の大手として、貢献されており、その一員として私も微力ながら加わる事が出来れば、これに越した喜びはありません』ってどうでしょうか?」

「……」

「え、えっと…」

「それって、誰かに聞いて貰った?」

「ええ、教授に…」

「それで、教授は何と?」

「『まー、立派よ。これで間違いなしだわ』って、褒めて貰いました」

 まったく、どこの教授だ。いくら何でも適当過ぎるだろう。開いた口が塞がらないぞ。

「はぁー」

「えっと、駄目でしょうか?」

「えっと、彩ちゃんでいいかな。君はうちの会社のどの部門を希望するんだい?」

「私は経営学部だったので、総務か企画を希望します」

「さっきの口上って、総務か企画を希望する人の言葉じゃないよね」

「そうですか?どうしよう、他の志望動機って考えて来てない」

「そういう時は正直に言えばいいんだよ。例えば人に奨められたから入社しようと思ったのだろう?」

「ええ、でもそんな事言ったら駄目ですよね」

「そんなことないさ。『正直、人に奨められ、入社しようと思いましたが、その後いろいろ調べさせて頂いたところ、世界中に貢献している会社だという事が分かり、入社してみたいと強く考えるようになりました』とかどうだろう」

「…すごいです。すごいです、すごいです。どうしてそんなすらすらと言えるんですか。それを使ってもいいですか」

「あ、ああ、もちろん」

「ちょっと、ノートを取らせて下さい」

 そう言って、彩は持っていたノートに俺から聞いた口上を記載して、何度も復唱した。


 コーヒーが冷たくなってきた頃、喫茶ルームに入って来た男が声をかけてきた。

「おい、彩じゃないか、それにこっちは杉山じゃないか」

「お父さん」

「高橋」

「「えっ」」

「なんだ、お前たち知り合いだったのか?」

「い、いや、通勤電車の中で偶然知り合ったんだ。聞いてみるとうちの会社を受けるというので、ここまで案内してやって、面接の予行をしていたところだ」

 そう、こいつは「高橋 健司」、俺の同期で課長をやっている。

 正直、俺はこいつがあまり好きじゃない。

 どこが嫌いとはっきり言える訳ではないが、とにかくソリが合わないと言うか、なじめないのだ。

「お父さんこそ、どうして…」

「俺は、朝のこの時間にいつもコーヒーを飲みに来るんだ。喫茶ルームも空いているしな。

 しかし、お前たちが知り合いだったとはな。

 杉山、俺の娘に手を出すなよ。彩、こいつはいい歳して独身だからな、気をつけるんだぞ」

「もう、お父さんはいいから、あっち行ってよ」


 娘から嫌われた高橋はコーヒーを飲みにカウンターの方へ行った。

 だが、こちらの話は聞こえる距離だ。

「どうも父がすみません」

「いや、構わないよ。しかし、君が高橋の娘さんだったとは…」

「そう言えば、まだお名前を伺っていませんでしたが、杉山さんとおっしゃるんですね」

「ああ、『杉山 智久』と言うんだ。年齢はお父さんと同じだな」

「うふふ、そうですね。父と同い年とは思えませんけど」

「それは褒められたと受け取っておこうかな」

 カウンターの高橋の方を見ると向こうもこっちを見て、苦笑いをしていた。


 そうは言うが、高橋だって、それほどオジサンという体系ではない。

 たしかに髪は昔より少なくなっているし、白髪も増えてきている。

 お腹周りだって貫禄が付いてきたのは否めないが、同性から見てもそれ程と言うまではいっていない。


 腕時計を見ると9時が少し回っている。

「では、面接会場まで案内しよう。会場はどこだっけ?」

 彩はバッグの中から案内の書かれたA4サイズの用紙を取り出すと、

「本社1階大会議室となっています」

 と答えた。

「そうか、では、エレベータで行こう。それじゃな、高橋」

 高橋は、俺と娘をチラっと見たが、娘に嫌われる事を恐れてか、右手を挙げただけで、何も言葉はかけて来なかった。


「それでは、ここで失礼するよ。面接、平常心でいけば大丈夫だから」

「今日はありがとうございました」

「それでは…」

「それでは、お父さんによろしく」と言いかけたが、あの親父とよろしくしたい関係ではない。

 向こうだってそう思っているだろう。

 思わず「よろしく」の言葉を飲み込んだ。

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