空の彼方
東風 吹葉
第1話 痴漢
男性24%、女性14%。
この数字は、「生涯未婚率」といい、50歳までに一度も結婚した事がない人を表す数字だそうだ。
男性では4人に1人、女性では10人に1人が50歳になっても、一度も結婚せずに独身のままという事だ。
しかし、男性24%と女性14%に差があるのは、男性は離婚して再婚する時に初婚の女性を妻に迎える事が多いが、反対に女性は再婚することが難しいという事なのだろうか。
通勤電車内の週刊誌の広告の数字を見て、そう考えてしまう。
何を隠そう、その24%に入らんとしている男がここにも居る。
俺だって人の事は言えない。今年47歳。あと3年で、その24%の仲間入りだ。
30代までは親や親戚も見合いの話を持ってきたが、40代に入るとそんな話はバッタリ止んだ。
親は、妹の子供に首ったけで、俺の事はもう忘れたようになっている。
盆と正月に帰っても、孫たちが来ているとそっちの方ばかり相手をしており、俺の事はお構いなしだ。
最も47歳にもなって構って貰おうとは思ってはいないが…。
お盆の帰省から会社生活に戻って、秋風が入るようになり、多少は涼しくなってきた季節ではあるが、それでも通勤電車の中はまだ暑い。
しかも手持無沙汰なので、どうしても電車の中吊り広告に目がいってしまう。
週刊誌の広告は買って貰おうと、過大な表現が目に付くが、買って読んだところで、さほどでないのは経験が実証済だ。
後しばらくすると終着駅に到着し、そこで人が大勢降りるので、この窮屈さから解放されるだろう。
そう思い、中吊り広告から目を横に向けると、就活の女の子だろうか、ブルブル震えているのが目に入った。
ん?これは痴漢か?
「ちょっと、君、痴漢に会っているのか?こっちに来なさい」
女の子は私の方を見たが、頷くようにした後、私の前の方に来た。
そのまま、出入り口のコーナーの方に移動させ、俺の身体でガードしてやる。
「いいかい?次の駅で降りられるか?」
そう聞くと、女の子は首を縦に振った。
「東京~、東京~」
電車が到着すると、乗客が一斉に降り出す。
俺は女の子と一緒にホームに出る。
「大丈夫か?」
「は、はい。どうもありがとうございました」
「いや、そんな大した事はしていない。見れば就活のようだが、本当に大丈夫か?」
「ええ、ちょうど、ここで降りる予定だったので良かったです」
「そうか、それでは気を付けて、それから就職の方も受かるといいね。では、これで」
俺は歩き出したが、女の子は後をついて来る。
たまたま一緒の方向かなと思ったが、それでも一緒について来る。
「えっと、こっちの方向なの?」
「実は面接の会場が分からないんです。それで人の行く方に行けば会社があるのかなと思って…」
呆れた。普通は事前に調べておくものだろう。しかも、今はスマホだってある。
その気になれば、いくらでも調べられる。
「スマホとかで調べれば、直ぐに分かるんじゃないか?」
「えっ、は、はい。そうですね。駅を出たら調べてみます」
「ちなみに何という会社に行くんだい?」
「カーネル佐藤建設ですが…」
「……カーネル佐藤建設」
「ええ、ご存じですか?」
「俺の会社だ」
「ええっ、社長さんですか?」
「いや、違う。勤務している会社という事だ」
「ああ、そうなんだ。びっくりした。社長さんかと思っちゃった」
うん、うちの社長はもっと歳だし、頭はハゲていて、頭の周りにまだ申し訳なさそうに白い毛がついているだけの老人だ。
それに比べ、俺は白髪が数本あるとは言え、まだ黒髪でハゲてはいない。
この子の天然さに、ちょっと苦笑する。
そういえば、今日は来年の新入社員の面接があると聞いた記憶がある。
「えっと、一緒に行ってもいいですか?」
ぼっーと社長の顔を思っていた俺は、その女の子の声で現実に戻された。
「ああ、一緒に行こうか」
俺たちは並んで歩き出したが、どうみても親子だ。
お父さんが就活の娘を送って来ている。
そんな微笑ましい姿を想像する。
「そういえば、名前を聞いてなかったな」
「名前ですか?『高橋 彩』といいます。今は聖アンドリュース大学院の3回生です」
「聖アンドリュース大学院」聞いた事がある。
厳格と評判のお嬢さま学校だ。
保育園から大学まで一貫してあり、小学校からは女子のみとなる。
卒業生は政治家や大企業社長の奥さんとなる人も多い。
まさしく箱入り娘。
しかし、そんなお嬢様学校の生徒がうちの会社に来るなんて、聞いた事がない。
「『聖アンドリュース大学院』って女子大じゃないか。そんなところの卒業生が建設会社に来るのかい?」
「ええと、人に奨められて…、大学にも案内が来ていたし、それに外資系で就活も早いと聞いたので…」
そう、外国の企業と合併というとカッコいいが、要は乗っ取られたみたいなもんだ。
だが、それが返って外資系なんてのに分類されている。
やっている事は旧態依然として変わらない。
「それで、面接の開始は何時からだい?」
「えっと、10時からです」
「えっ、10時…」
まだ、8時である。
「かなり時間があるようだが…」
「ええ、遅れてはいけないと思って早く出てきたんですけど、ちょっと早すぎたかなーと…」
「しょうがないな、ちょっと待ってよ」
俺は歩きながら、携帯電話を取り出した。
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