年末終末2017

疫猫神

年末終末2017

「二〇一七年十二月三十一日に人類は滅亡するんですよ!」

 半年前、私は見ず知らずの女にいきなりそんなことを言われた。私とは違う高校の制服を着た女子高生のような恰好だったが、如何せん平日午前八時の渋谷でどう見ても登校中の女子高生に妙な話を振ってくる異常者なので本当に女子高生だったのかはかなり怪しい。

 結局、

「よければ助かる方法お教えしますよ。タダで!」

 とか言うその異常者を無視し、どうにか撒いてその時は事なきを得た。


 そして今日、二〇一七年の大晦日、人類はあの女の予言通りに破滅へ突っ込んでいる真っ最中だった。いや、もうゴール寸前か。一月前に国際情勢がどうとか言っていたのが遠い昔のように、知らないところで何か始まって、偉い人たちの気が触れでもしたのかミサイルが山ほど飛ぶとかで、それで世界が終わりそうになっていた。

 大昔に「世界が明日終わるなら何をしますか?」みたいな質問に答えた覚えがあるけど、今更その解答なんて思い出せもしないし思い出したところでどうせ大したことじゃないだろうし、結局終末の過ごし方も思いつかずにハチャメチャになった渋谷をぶらついていた。

 自棄になった人々で満たされた渋谷はとにかくクソうるさくて、

「すいません!すいませんそこのカワイイ方!」

 と言われてもすぐには気付けなかった。その声が半年前に現れたあの女であるということに。

「はい?」

 振り向いて返事をしてしまったのが運の尽き、以前と変わらないままの異常者にいきなり距離を詰められてしまう。

「お久しぶりですね。結局こうなっちゃいましたかぁいやまぁ知っていたんですけれどもね私未来が分かりますから。まぁ~これはこれでアリかなとは思うわけなんですけども」

 いきなりこの畳み掛けようである。真っ当な人間のそれではない。

「あの……半年前に私に話しかけてきた人で間違いないんですよね。」

「そうですよ!まぁ未来自体は分かってたんですけども伝える相手がいなかったところに颯爽と貴方が現われたのでもうこれはあな」

 話が長い。一を聞いてるんだから一だけ返せ。

「あの!……どうして私に言ったんですかね、それ。」

「あぁ~、それは貴方が可愛かったからです。」

 は?

「あのですね、所謂あの、一目惚れってやつですよね。あのう、とってもお顔がきれいだなぁと思いまして、それで」

「それが予言とどう繋がるの。」

「なんとか貴方とお話ししたいなぁと思いまして、いい話題ないかなぁと思ったところに丁度良く人類滅ぼ」

「そんな動機で!?」

「はい!」

 はいじゃないが。満面の笑みで言われても困る。やはりコイツは異常だ。こんなのに惚れられても困る。

「それでですね、今年の六月二十一日に渋谷駅で話しかけさせていただいたんですけど」

「断ったじゃん私。」

「はい、ぶっちゃけ渋谷あんまり来たことなくて、あの後迷って大変でした……」

「そういうのいいから。ていうか一目惚れして即話しかけてくる割に諦めいいね……私の未来見るとかすればよかったじゃん。」

「いえ、自分でこういう未来見たい!とかはできないんですよ。突然降ってくる感じっていうか、それも大きな出来事ばっかりなんですよ。」

 にしたって人類滅亡の話を振るくらいなら天気の話の方十倍マシじゃないか?

「あ、ちなみに今日貴方がここにいらっしゃることはバッチリ降ってきました!」

 余計なことしやがって。誰が降らせてるのか知らないが迷惑にも程がある。

「他の人には言わなかったの。私はダメでも他の人には話聞いて逃げてくれる人いたかもよ。」

 こんなヤツに友達がいる可能性なんて当然想定しない。

「いえ、私が好きなのは貴方なので他の人は別に。」

「そういう問題じゃなくない!?ていうかそんなに好きだったんならもっと全力で私のこと助ける努力しなよ!そしたらワンチャン振り向いたかもしれないじゃん!」

 こんな異常者にするだけ無駄なアドバイスな気がする。いやもう全部手遅れなのだが。あとワンチャンは断じて無いのだが。

「いえ、まあこうやってご一緒に終末を迎えるのもいいかなと思いまして。一緒に死ねるって中々無いじゃないですか、夫婦になってもまず一緒には死ねませんよ!」

 想像以上に無駄だった。これが噂のサイコパスか。サイコパスと過ごす終末。嫌すぎる。世界でも類を見ないほど悲惨な終末だ。

「それで、どうするつもりなの。」

「どうと言いますと?」

「なんかこの後する事ないの。どんだけ時間残ってるのか知らないけど。」

「まあ、滅亡までご一緒したいなぁと……折角こうやってお会いできた訳ですし。」

 嘘だろ。私は絶対に御免だぞ。と思わず口に出しかけて気付く。この女、私の腕をしっかりと掴んでいやがる。しかもメチャクチャ力が強い。なりふり構わず振りほどこうとするが全く歯が立たない。嘘だろ。

 流石に女も気付いたようで、奮闘する私の腕を両手でしっかりと掴み直してきた。

「すいません、ご迷惑でしたよね……でも、その、世界の終わりですから、この我がまま、許して頂けませんか。」

 勘弁してくれ、と口では言えても体の方は最早どうにもならない。今のところ物腰は穏やかだがなにせ異常者だ、突然逆上してもおかしくない。


 と、ここで私は一つ閃いた。

「分かったよ……付き合ってあげる。だから手離して。」

「いいんですか!?」

 女の顔が急速に明るくなっていく。それどころか涙まで浮かべている。そんなに嬉しかったかそうかそうか。私も嬉しいよ、手を離してくれて。

「じゃあさ、高いとこ行かない?どっかのビルの屋上とか。」

「どうしてですか?」

「ミサイルが沢山落ちてきて世界中メチャクチャになるんでしょ。だったら高いところ行けば映画みたいな光景見られるんじゃないかなって。」

 正直無理がありそうだなと自分では思ったものの女は快諾し、私はヤツと共に近くのビルを登ることになった。屋上の開いているビルなんて流石に殆どないだろうと思っていたが、適当に入ったビルは屋上に続く扉が暴力的に開けられていた。もしかして、既に飛び降りを敢行した人は多いのだろうか。

「着きましたね!じゃあここでミサイルが来るまで待ちましょうか!」

 屋上に出ながら天体観測にでも来たかのような軽さでそんなことを言い放つ。

「もっと端の方行こっか。ここじゃ下まで見えないしさ。」

「そうですね!」

 コイツ、私が何を企んでいるかはまるで分かっていないらしい。よほど舞い上がっているのか、元々バカなのか、それともまさか自殺しようとはしないだろうと考えているのか。

 そして、屋上の荒れっぷりは私も想像以上だった。当事者たちは何を思っていたのか、鍋とカセットコンロ、空のビール缶、衣服、あとだいたい正体が予想できる白い粉末、そんなものが一角に撒き散らかされていた。いくらなんでもここまでやけっぱちになるか、と思いつつ、私がこれからすることも大差はないか、と思い直す。そんな私の考えを肯定するように、縁に設けられたフェンスの一部はこれまた乱暴に破られていた。

 女は軽やかな足取りでフェンスとは逆の方に歩いていく。

 今だ。私は一気に破れたフェンス目がけて走り出した。

 足音で気付いたか血相を変えて女が追いかけてくる。でもこちとら半年前にお前のトロさは承知なんだよ。

 一直線に屋上を突っ切り、どこかの誰かのヤケクソの跡を踏み潰し、私はフェンスを抜けて空中へと飛び出した。


「お前とは絶ッ対一緒に死んでやらねぇ!!!」

 重力に身を放り出しながら女に向けて叫ぶ。ははは、すごい顔してる。ざまあ見ろ。どうせどうやったって世界は終わるんだ、だったらこのくらいのワガママ許されるだろ。異常者の絶望した顔を見る最高の終末だ。凄まじい風を受けながら爽快な気分になる。

 あれ?

 でも本当に世界って終わるのか?あの女は人類が滅亡するとか言っていたが、冷静になってみればあれは適当なこと言っていただけじゃないのか?ミサイルがどうとかいうのは確かに聞いたけど、別に必ずしもここに落ちるとは限らないんじゃないのか?ワンチャン日本はセーフだったりしないのか?もうだいぶ小さくなった女を見る。血の気が引いた顔のまま何か言っている。今見ると「本当は別に死なないけど、私の興味を引くために話盛ったら大変なことになっちゃった」みたいな顔に見えてきた。もしかして飛び降りたのってとんでもない大失敗だったのか?ちょっと待って。嘘でしょ。いやまさかそん〈了〉

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年末終末2017 疫猫神 @hoodoocat

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