第4話 アウトロー過ぎるんだよな・・・


 駒込駅に着くと、時刻は四時だった。四時だとゲストがチェックインする時間に間に合っていないと思ったことだろう。しかし、問題はない。

 というのも、チェックインには二つの種類がある。一つ目は十五時までである当日チェックインありと呼ばれるもの、二つ目は当日チェックインなしである。簡単に言えば、一つ目は時間制限があるが、二つ目にはそれがない。その日のうちに清掃を完了すればいいのである。

 そして、今、近林さんと行く物件は当日チェックインがなしの 物件であった。

 俺は近林さんを改札の前で待っていた。しばらくしてから近林さんは歩いてやって来た。


「よっ!久しぶりじゃない?」


「うるさいですよ。で、今日はどこの物件なんですか?」


 近林さんはいつも清掃をギリギリまでやらない人物なのだ。確かに営業をしていて忙しいということはあるが、いつも俺を呼び出すのはやめて欲しい。それにこの人は掃除というものが向いていない。ていうか掃除する気がない。だいたいの掃除を俺に任せる。営業に関しては敏腕なのだが、掃除となると、小学生レベルなのだ。


「今日は、そのアソコだよ」


「なんですか。その言い方。なんか嫌な予感するんですけど。もしかして、難易度星四のストークスビルですか?」


 ちなみに最大難易度は星五つである。俺達、民泊清掃会社は物件に星をつけて難易度をつけているのだ。


「お!よくわかったね〜!」


「はぁ。ゴミ捨て場ないところじゃないですか!もう!この野郎!」


 ゴミ捨て場がないとは、文字通りの意味だ。前回のゲストが使用した際に出るゴミがある。ゴミは必ず出るものだ。しかし、マンションによってはゴミ捨て場があるところとないところがあるのである。ゴミ捨て場がない物件ではゴミを清掃員が処分しなくてはいけない。つまり、持って帰らないといけないのだ。

 今日は、二人とも車を使用していない。それなのにゴミを持って帰らないといけない。これはつまり、帰りの電車の中でゴミを持って帰らないといけないのである。これは公開処刑にも似た、罰ゲームである。


「ごめんよ、てへ」


「ちっ」


「え?今舌打ちした?絶対したよね?」


「してないですよ。じゃあ、さっさと終わらせますよ」


「ありがとう!」


 俺達はゆっくりと物件へ向かって歩いていた。駒込駅から約十分かかる物件だった。近林さんは歩いていて、喫煙所を見つけると、「セーブしなきゃ」と言って、必ずタバコを吸いに行っていた。近林さんにとって喫煙所はセーブポイントらしい。物件にたどり着くまでに三回は喫煙所に寄っていた。その度、俺は白い息を吐いている近林さんを遠目に、飲み物を飲んで待っていた。

 物件についてからエレベーターに乗り、部屋まで行き、ドアを開けて中に入った。部屋の広さは、4LDKの65㎡で、ダブルベットが四つある大型物件だった。

 ひとまず、全てのリネン類を取りはぎ、その後に使用済みタオルと一緒に洗濯機に投げ込んだ。しかし、一回の洗濯では終わらない量であるのだ。とりあえず、俺は一回目の洗濯を始め、その間に水周りをやろうと思った。


「近林さんは掃除機の後、床拭きお願いします」


「了解」


 俺はまず風呂場へ行き、掃除を始めた。すると、リビングから声が聞こえて来た。


「あーめんどくせぇな。これでいいか!」


 何やら嫌な予感がしたが、俺は風呂の掃除に専念した。その後、トイレを掃除し終わったあと、リビングに行くと、近林さんはゲストが使用したゴミ袋を出していた。全部でゴミ袋は三つあった。つまり、俺達はゴミ袋を三つ持って帰らないといけないのだ。


「ったく、なんでこんなゴミ出してんだよ。ざけんな」


 そう言って、近林さんはゴミを三つ持ってそのまま玄関に乱暴に放り出した。ゴミの缶やビンが床と思い切り衝突する音が聞こえた。


「ちょっと近林さん!雑過ぎですよ!」


「え?いいんだよ、どうせ捨てるんだから!」


「まぁそうなんですけど。ていうか、床やりました?」


「え?ああ、やったよ。もうほぼ終わったも同然だな。あとは洗濯待つだけだ」


 俺は細目で近林さんを疑いの目で見てから、床をチェックし始めた。床をよーく見てみると、至る所に髪の毛が落ちていた。俺は溜息をつきながらも、やっぱりと思った。


「近林さん、髪の毛いっぱい落ちてますよ。もう一回やりましょうか」


「え?いいよそんなの気にしなくて!どうせ髪の毛は湧いてくるんだから」


「まぁそうですけど、確かにいくらとってもどこから湧いてくるんだ?これってくらいに出てくるんですけど、しっかりやらないとクレームが——」


「まじでみんな坊主になれないいのにな!」


「そう言わずにやって下さい。クレーム来る方が面倒ですから」


「やっぱ、細部君は掃除向いてるよ!」


 はぁ……。うちの会社、なんていうか掃除に向いている人間俺しかいないんだよなぁ。近林さんはこんなだし、乙音もやる気ないし、代表も実はすごいガサツな人だし……。俺がいなかったら、この会社潰れてるな。


 俺は近林さんを戦力とは認めずに、ほぼ一人で掃除をしていた。しばらくして洗濯機も洗濯が終わり、二回目の洗濯を始めた。その間に、俺はシンクを掃除していた。近林さんにはレンジと冷蔵庫の中身をチェックしてもらい、またベッドの下にゴミはないか、確認してもらっていた。

 そうしているうちに二回目の洗濯も終わり、量が多いので俺は近林さんと二人でコインランドリーに行くことにした。物件を出てから、すぐのところにコインランドリーがある。この物件はコインランドリーだけは近かったため、難易度星五ではなく、星四なのである。

 俺達は水を吸った重たい洗濯物を持って、そこまで向かった。外へ出て歩いていると、不運なことに雨がポツポツ降って来てしまった。タイミングの悪い雨。これも民泊清掃ではよくあることである。近林さんは舌打ちをしながら、歩いていた。

 コインランドリーまでたどり着いてから、俺達は唖然とした。今日に限って、そのコインランドリーは閉まっており、営業していなかったのである。近林さんはドアをドンドンと叩き始め、


「おーい!開けろー!」


 と、ヤクザのような振る舞いを始めた。


「ちょっと近林さん、周りの人がすげぇ見てますって」


 周りの通行人は大声でドアをドンドン叩く近林さんを不審そうに見ていた。近林さんはしばらくしてから諦め、近くにあった自販機で缶コーヒーを買って、それを飲みながら、タバコを吸い始めた。


「どうする?他のランドリー知ってる?」


「ちょっと遠いですけど、知ってますよ。ていうか、路上喫煙禁止ですよ」


「仕方ねぇな。そこまで行くか」


 近林さんは一気にタバコを吸い、根元まで灰になってから、缶コーヒーを飲み干して、その中に吸い殻を入れた。それを持ったまま、再びタバコを口に咥え、火を点けてから歩き始めた。俺はそんな近林さんの横に並び、もう一つの遠いコインランドリーまで案内しながら、歩いて向かって行ったのだった。

 雨もだんだんと強くなって来て、近林さんが咥えていたタバコが雨によって火を消されていた。近林さんは、苛々しながら火の消えたタバコを缶コーヒーの中に捨てて、無言で歩いていた。

 しばらくしてコインランドリーに辿り着くと、二人はびしょ濡れになっていた。コインランドリーの中で、乾燥するのを待っていた若い男はその姿を見て、如何にも「なんだこいつら」という顔をしていた。

 その男を横切り、俺達はすぐに乾燥機に洗濯物を入れた。そして三十分間そこで座り、休んでいた。近林さんは、度々席を立っては外でタバコを吸いに行っていた。

 近林さんが再び、コインランドリーに戻って来て、俺は言った。


「近林さん、ヘヴィスモーカーですよね」


「え?そう?普通だろ」


 近林さんは代表と同じ歳である30歳だった。彼等は昔の同級生であり、お互いにサラリーマン生活を経て、それに嫌気がさして、共に起業したらしい。

 俺が近林さんを見て、そんなことを思っていると、彼は俺を見て言った。


「ていうかさ、あの新人の子どうだった?神山さんだっけ?」


「ああ、普通に真面目そうないい人で、しかもハイスペックそうでなんでもできそうな万能人間でしたけど」


「へぇ。それは良かったよ」


 近林さんはそう言った後に、続けて上半身を前に出し、腹の前で手を組んで言った。


「真面目な話、今この会社、人員不足だからそういう人が入ってくれると助かるよ。いつも、細部君には清掃やってもらってるけど、感謝してるよ。まぁ、何かあったら俺がいるからさ。頼ってくれよ」


 近林さんはいつもの雑さはなく、珍しく真面目なことを言っていた。俺はそれを聞いて、この人のことをカッコいいと思った。


「ま、でもやっぱ俺に清掃は向かないなぁ!もうやりたくねぇもん。あはは!」


 さっきまでカッコいいと思った俺の時間を返せ。


「はぁ、そんなふざけたこと言ってる間に、もう乾燥終わりそうですよ」


 近林さんは乾燥機の残り時間に目を遣り、席から立ち上がって、取り込む準備をした。俺も同様に立ち上がった。

 洗濯物を取り込み、俺達は元の物件に再び向かった。雨はその頃には少し止み始めていた。丁度いいタイミングで雨が止む。これも民泊清掃ではよくあることである。

 俺達は来た道を再び、通って戻って来た。やっとの思いで物件に戻って部屋に入ってから、休むことなく、リネンを取り出して、ベッドメイクを始めた。

 ベッドメイクは近林さんが雑だったため、俺が再び直したりもしたが、それでもあっという間に終わり、写真も撮り、清掃は無事に終了した。あと、問題は一つだけだった。

 それはゴミである。ゴミは結局、掃除に使ったコロコロのゴミと雑巾、ウェットシートなど新たな掃除の際に出たゴミがあったため、四つに増えていた。そのゴミを物件の前に置いて、二人で佇んで困っていた。

 しかし、しばらくしてから近林さんはゴミ袋を持ち出し、急にゴミ回収場に捨て始めた。もちろん、今日はゴミを捨てられる日ではない。不法投棄だ。


「ちょっと!それ、今日はゴミの日じゃないですよ」


「いいよ捨てちゃいな。そんなの」


「いや!よくないですって!不法投棄は犯罪になりますよ!一千万以下の罰金、または三年以下の懲役ですよ!」


「え?聞こえないよ」


 そう言って、近林さんはゴミ袋を四つ思い切り投げ捨てた。


「ちょ!ちょっと!だからそれは!」


「いいのいいの一回くらいやったってさ」


「一回やっても、それは犯罪なんですよ……。しかも、犯罪者の常套句じゃないっすか。そんなこと言ってないで、これ持って帰りますよ」


「じゃあ、俺帰るわ。細部君も帰ろう。また雨が降って来そうだよ」


「え?だからこのゴミを持って帰えらないと……」


 近林さんはそれを無視して、歩き出していた。俺は閉口し、その場で立っていると、通りすがりの近所の住人のような人がさっきの近林さんがゴミを放り投げた音で、その場にやって来たらしく、俺に向かって怒って言った。


「こらーーーーーー!ここにゴミ捨てたの誰だ!不法投棄か!お前か!」


「い、いや、これは置いていただけで、これから別の場所へ移しますよ!ええ!それはもう絶対に」


「早く持って行ってくれ。ゴミなんか置かれたらたまったもんじゃない!」


「は、はい……」


「近林さ——」


 俺は辺りを見渡したが、既にどこにも近林さんはいなかった。


「あの野郎……」


 俺は溜息をついてから、ゴミ袋を四つ持って、駒込駅まで向かってゆっくりと歩いて行った。

 駅に着いてから、俺はさまざまな嫌な視線を人々から浴びせられ、メンタルが強くなっていった。電車の中では、親子連れの子供に


「あーゴミ持ってるー!汚いー!」


「ダメよ。見ちゃダメ!」


 などと言われて、ゴミを投げつけてやろうかと思ったが、なんとか耐え忍び、最寄り駅まで辿り着いた。


 俺は帰り道、ゴミを持ちながら思うのである。


 ——これは追加料金を代表に請求しないとやってやれないな。


 すると、スマホが震え出した。両手いっぱいのゴミを地面に置いてから、俺はポケットから忙しそうにスマホを取り出す。見てみると、


「○日空いてる?確か清掃入ってなかったよね?」


「うん!空いてるよ」


 連絡は乙音からだった。その連絡に神山さんはすぐに反応していた。俺はそれを疲れのせいなのか、ボケーっと見ていると、


「総司は?空いてる?」


 ——○日か……。確か、あの日は何も清掃が入ってなかったな。


「ああ、おそらく行ける」


「じゃあ、決まり!」


 俺はそれを見て、スマホをポケットにしまった。そのあと、スマホは何回か震えていたが、取り出すこともなく、ゴミを持って家に向かったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Nirbnb ふくらはぎ @hukurahagi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ