第3話 運命の輪は廻る

第3話 運命の輪は廻る




 状況を整理しよう。

「えーと、あなたは……?」

「はい! ルルナ・マルグレートと申します。一目惚ひとめぼれです。弟子にして下さい!」

「…………」

 どうしよう。変な人っぽい。

 ベルは一瞬聞かなかった事にして、爆発ばくはつした昼食の片付けに戻ろうかと思った。

 一瞬。だがしかし、状況的に見ても爆発して家から助けてくれたのはこの変な人。無視するわけにはいかない。

「あの、弟子……?」

 何だかすごいやな予感がした。

 茶色に近い赤毛はさっぱり肩の上で切りそろえられ、簡素かんそながら清潔そうな白シャツと黒いズボン。草を踏み分けてここまで来たショートブーツは少し草の汁と土がついている。

 一番目をいたのは、緑柱石エメラルドのようなキラキラかがやく瞳だった。

「はい! ミセス・ムーア」

「…………」

「どうかしました?」

「ミセス・ムーア……」

「はい!」

(伯母様……!)

 こんな荒野に来て弟子にと言う変な人、伯母の斡旋あっせんでなければあり得ない。

「……申し訳ないのですが、私はミセス・ムーアではなくて、その、お試しで後を任されては、いるのですけど……」

 どこから来たのか知らないが、こんな所まで。

 期待に目をキラキラ輝かせて。

(嗚呼ああ……絶対がっかりしてる……)

 こんな所まで、期待いっぱいで来たのに、目当ての人はいない。

(どうしよう。……申し訳なくて、見られない)

 本当に綺麗きれいな瞳だったから、それが今、暗く沈んでいるだろう様子を直視ちょくしできなくて、ベルはうつむく。

 何かを言おうとしている気配を感じて、思わず目をぎゅっとつむった。

「なるほど。確かに、ミセスじゃなさそうですね! あんまりとしも変わらないみたいですし」

「…………」

 (何だか、思ってた声と……)

 弟子にと言った声音こわねとあまり変わっていないような気がして、そろそろと顔を上げる。

「……?」

 くもったと思っていた緑の瞳は、少しも変わらず輝いているし、先ほどより声音は落ち着いているけれど、わくわくとした気配は依然いぜん確かにそこにある。

「どうかしました?」

 瞳の綺麗な変な人は、にっこりと。笑った。

「……怒って、ないのですか?」

「え。何で怒るんです?」

 キョトンと逆に聞き返されてしまって、ベルは戸惑とまどいながら言葉を探す。

「私は、ミセス・ムーアじゃないんですよ? せっかくここまで来て、ミセス・ムーアはいなくて」

「ああ。それは、確かに残念でしたけど。でも、あなたが後継ぎなんでしょう?」

「……お試しで」

 にんまり。満足そうに目の前の変な人は笑顔になる。

「なら、問題ないですよ!」

「そ、そう?」

 問題あると言われてもどうしようもないから、問題ないならそれはありがたいのだけど。

「じゃあ、後継ぎさん。改めて、よろしくお願いします」

「ま、待って! よろしくって、私に弟子入りするって事っ?」

「はい。何か問題ありますか?」

「も、問題だらけです! まず私はお試しですし、弟子なんて」

「ふむ」

「それに、こんな場所ですし、お客様が来るかどうかもわからないので、その、お給金も払えるかどうか……」

「まあ、確かにお客様にここまで来られる方がどれだけいるかは、気になりますね。でも、どっちも大した問題じゃないですよ」

「え」

「まず最初の、あなたがお試し後継ぎの件ですけど、言ったじゃないですか。一目惚れだって。だから、問題ないです。ボクはあなたの弟子になりたいんです」

「ひとっ」

「で、場所の件ですけど。お仕事する時はそこまで出向けば良いでしょう? ただ、これは勘なんですけど……街に行ったら、よっぽど振り切らないと帰れませんよ」

「な、何で?」

「後継ぎさん。そもそもミセス・ムーアの噂知ってます?」

 全然知りません。それが顔に出ていたらしく、変な人もとい、ルルナはチッチッチッチと人指し指を立てる。

「都市では上流階級から下町まで、女の子の口にその噂が上らない日はありません。ミセス・ムーアのティーサロンで、女の子は最高の淑女に生まれ変わる。そう言われているんです」

「さ、最高の淑女って……」

 無理過ぎる。自分は厩番うまやばんで、淑女なんて面倒みた事なんて無いし、誰かを最高の淑女になんて出来るわけもない。

「難しそうですよねー。でもそれをやり遂げて噂になるミセス・ムーアはもっと凄いですし」

「無理無理無理です」

「大丈夫ですよー」

「何がっ?」

「だって、あなたはそのミセス・ムーアが後継ぎにって思う人なんですから」

 ベルは悟った。

(ダメ。この人、伯母様を信仰しんこうしちゃってる!)

 どう考えても無理なものを、そんな事で大丈夫と言い切る姿。もうこれ信仰としか。

「オマケで、お給金の件ですけど。とりあえず住み込み弟子にして貰えれば、後回しで良いです。畑とかあるみたいですし、衣食住あれば」

「それは、まずいと思うけど」

「そうですか?」

「……払えない私が言うのも何だけど、取り決めは最初にきちんとしないと」

「わかりました。じゃあ、住み込みで、期限つきのお試し弟子入りでいかがです?」

 何だろう。期限つきのお試し……既視感デジャヴが。

「あの、そもそも弟子入りをしないで帰る気は」

「ありません」

 キッパリ笑顔で言われた。

「……」

「まあまあ、とりあえず、お掃除してから考えましょう!」

「あ……」

 背後を振り返れば、煙は収まったものの、どう見ても掃除が必要な室内が玄関から見てとれる。

「頑張りましょうね、後継ぎさん」

「……ベル」

「はい?」

「ルベル、です」

 とりあえず、後継ぎさんはやめてほしい。

「伯母様……ミセス・ムーアからは、ベルって呼ばれてます」

「ベルさん!」

「さんも無しで良いですけど」

「そこは弟子入りなので、さんは外せません」

「わかりました……」

 ベルが折れて頷くのを見て、ルルナは機嫌よく腕まくりをする。

「よろしくお願いします。ルルナさん」

「ルルって呼んで下さい。みんなそう呼ぶので!」

「……よろしく、ルル」



 からから廻るは運命の輪アリアンロッド

 さて紡ぐ糸はどんなおとぎ話になるのだろう?

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ミセスムーアのティーサロン 琳谷 陸 @tamaki_riku

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