第2話 弟子とりませんか?

第2話 弟子とりませんか?




 ――ミセス・ムーアのティーサロンで、女の子は最高の淑女レディに生まれ変わる。


「すごく良い天気だなぁ……」

 大都市ロンディントンから列車で半日。そこから乗り合い馬車に乗って荒野ムーアに一番近い村まで鐘三つ。

『なぁ、見たところ街から来たんだろ? 坊っちゃん何だってこんな辺鄙へんぴつーか、何もない所へ来たんだい?』

 乗せてくれた乗り合い馬車のおじさんにそう言われる程度には田舎の村まで運んでもらい、村で宿を借りて、次の日にさらに鐘五つほど荒野を突き進む。

 果てない青空と暖かな日差しに、外套マントのフードを外すと、くすぐるように春風が花の甘い香りと一緒に頬を撫でていく。

 荒野は青々とした草が波打って、まるで海のようだ。

 必要最小限の荷物を詰め込んだかばんさえ放り出し、思いっきり手足を広げて寝転ねころびたい誘惑ゆうわくに駆られるも、ぷるぷると頭を振ってそれをはね除ける。

「ミセス・ムーアのティーサロン♪」

 伝承童謡のように口ずさむのは、あこがれてここまで来てしまった、噂話うわさばなし

「ミセス・ムーアのティーサロン、迷える女の子は夢を見る♪」

 ミセス・ムーアのティーサロンで、女の子は最高の淑女になれる。街の女の子達の間でずっとささやかれるそれ。

 けれど、憧れたのは最高の淑女……ではなく、ミセス・ムーア。

「ミセス・ムーア。どんな人なんだろう?」

 綺麗なものが好きだ。可愛らしいものも好きだ。

 女の子はみんな可愛くて綺麗だと思う。

「女の子を最高の淑女にする人……きっと見たこともないくらい、綺麗なんだろうな……」

 うっとりとそう呟いて、片手に持った今時珍しい羊皮紙ようひしのメモに視線を落とす。

 街で出会った可愛らしい少女に貰ったそれは、ミセス・ムーアの住む場所までが書かれていた。

 所々はねる茶に近い赤毛の髪は短く切り揃え、白いシャツと動きやすい黒いズボンに飴色のショートブーツ。好奇心に輝く緑の瞳は、草の海原の中に見えるはずの一軒家を探している。

「ミセス・ムーア……」

 きっかけは家業の息抜きに、公園で通りを行き交う女の子達を眺め、ポツリとこぼした一言。

『ミセス・ムーアに会ってみたいなぁ』

 きらきらした砂糖菓子のような上流階級の女の子からその下まで。彼女達の口にその名が上らない日はない。

 会ってみたい。出来る事なら、弟子になりたい。そんな欲望がつい口から万感の思いを込めてこぼれてしまったのだが、それは独り言にはならなかった。

『ミセス・ムーアに会いたいの?』

 思わずこぼれた呟きを拾ったのは、十二才くらいの少女だった。

 金髪と白い肌に青い瞳、フリルたっぷりのピンクのワンピースと白いソックスに花飾りのついたチョコレート色の靴。まさに砂糖菓子のような、その可愛らしい少女はにっこり笑うと一枚のメモを差し出した。

『ここに行けば、ミセス・ムーアに会えるよ』

 見知らぬ少女の言葉とメモ。そんなものを頼りにここまで本当に来るなんて、通常ならあり得ない。

(けど、何でかな。嘘じゃない気がしたんだよね)

 不思議な少女だった。メモを受け取って冗談かともう一度そちらを見た時には、もう居なくて。

 まぁ、一歩間違えればホラーと言えなくもない感じではあったのだけれど。

(嫌な感じはしなかったし)

 何より、手の中に憧れの人に繋がる物があるという状況。

 速攻で家に帰って、父親と弟にややドン引きされる勢いで旅に出させて欲しいと訴えた為の現在。

(持つべきものは、物分かりが良くてできた弟!)

 当然、いきなりそんな理由で旅をしたいと言ったら止められるのだが、父親を取りなしたのは一つ下の弟だった。いわく、『止めても無駄だと思うし、それに今は急ぎの仕事も無いでしょう? 行かせてあげようよ』と。しかし釘も刺された。

 愛すべき弟は笑顔でこう言ったのだ。

『四日以内に帰って来てね。あと、お土産よろしく』

「お土産は……駅でお菓子買ってけば許してくれるかな」

 釘を刺す弟の顔には、やっぱり心配の色が浮かんでいたことを思い出し、苦笑する。

「さてさて、ミセス・ムーアの家……見つけないと野宿」

 メモには荒野までの道のりしか書かれていない。本当によくこれでここまで来ようと思ったものだ。

「ん?」

 ちょっと早まった感がなきにしもあらずだったが、ふと目を細めて荒野の先を見ると、小さな家の影が見えた。

 泳ぐように草原をかき分けて、そこへ向かえば、やがて藁葺わらぶき屋根に漆喰の壁の小さな家と囲いが姿を表す。

「ここが……」

 ミセス・ムーアのティーサロン。

 感激に胸をいっぱいにしつつ、緊張の面持ちでドアをノックしたら、


 爆発した。


「は?」

 叩いた目の前のドアの隙間から、煙が漏れている。

「い、いやいやいやいや! ちょ!」

 思わずドアの取っ手を握って回すと、鍵が開いていたのかそれとも爆発で壊れたのか。

 ともかくすんなりと不法侵入に成功してしまう。

 床に手と膝をついて進むと、長い銀髪の人物が倒れているのが目に入る。

「大丈夫ですか! しっかり!」

 ずりずりと引きずるようにその人物を玄関ドアの外まで引っ張り出して、口の前に手をかざす。

(良かった! 息してる!)

 ホッとして力が抜けそうになるのをどうにか踏みとどまり、ペシペシと軽くその人物の頬を叩いて起こそうとして、固まった。

(ちょ、なにこの美人ー!)

 長い銀髪に白雪姫みたいな肌、長い銀の睫毛まつげに花のような淡い色の唇。白い長袖ブラウスと紺色の足首まで隠れるロングスカートと髪が若干爆発によってか汚れているが、どこからどう見ても、文句なしの美人だった。

「ん……」

 僅かにまぶたが震え開かれると、深い紫めいた青の瞳が姿を現す。

 焦点が合い、ゆっくり上体を起こしたその美人を前に、助け出した来訪者はピシッと姿勢を正して座った後、平伏してこう言った。

「一目惚れです! 弟子にして下さい!」

「…………」

 これが来訪者、もといルルナと、服がなくて絶望からの爆発による気絶を経験した二代目ミセス・ムーア、ベルの出会いだった。

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