同年 安利

 私のせいだ。

 学業の途中で病に倒れ、日田へ帰ってきた兄の枕元で、安利は自分を責めた。責め続けた。


 この哀れな妹は、昭陽の呪いがあったことを知らない。自分の祈りに邪気が混じったせいでこんなことになったと信じている。


 兄は丸一月、うなされていた。

 長作先生の薬のおかげで容態は落ちついたが、どうにか体が起こせるようになった時、兄の眼差しはすっかり昔に戻っていた。四極先生と出会う前の、底知れぬ、闇夜の色をしている。

 乾いた唇は薄い粥をわずかにすするばかりで、ほとんど言葉を発しない。

 旅立つ少し前から病に伏せることはなくなっていただけに、両親もひどく心配した。夜中、母が泣いているのを、安利は何度か聞いた。

「兄上」

「……」

 このままでは、豪潮律師の言っていたように、寿命が縮まらないとも限らない。それも自分のせいで。

 安利は今まで以上に祈った。指先が痺れるほど、強く掌を合わせた。


 しかし、安利の必死の祈りも、現状を維持することしかできなかった。それほどまでに昭陽の嫉妬は強烈だったのである。

 玄簡が去ったのち、修猷館は突然の火災で全焼するという悲劇に見舞われるのだが、これは昭陽が放った呪いの延焼のようなものだったのかもしれない。


 どれほど祈っても、一向に回復の兆しが見られない。

 張り合いがない――と感じてしまうのも無理からぬことと言えるが、そんな淀みがまた毒になってしまうにちがいないと、安利は恐れ、苦しんだ。

 情けないけれど、支えが必要だった。

 支えとは、誰かに知ってもらうこと。

 誰かとは、金吾。

 かつて金吾に教わった文字で、安利は金吾に手紙を書いた。

 すべてを伝えた。


 ――どうかこのことは、胸のうちにしまっておいてください。

 勝手を申しあげていることは承知しております。お許しください。金吾さんが知っていてくださるというだけで、私はずいぶん救われるのです。

 兄は私が守ります。

 金吾さんの学業がはかどりますように。日田の空からお祈り申しあげます。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る