同日 安利 8歳

 その頃、豪潮律師が再びやって来て日田に滞在していたのは、数奇な巡り合わせと言うほかない。

 安利は一人、遊びに出かけるふりをして、大超寺へと向かった。

 自分の命がもって十九までという占いの結果を、兄はいつ、どうやって知ったのだろう。父や母は知っているのだろうか。

 兄はあれ以上話してくれなかったし、誰にも相談できない。豪潮律師がおいでになっているなら、直接確かめてみよう、というわけである。

 十九までに死ぬと知らされれば、兄の生気のなさもうなずける。けれど、何かの間違いであってほしかった。だいたい、そんな結果を本人に伝えるなんておかしい。殺すも同然ではないか。

 花月川沿いに西へ行くと、大超寺の墓地が見えてくる。祖父の墓もある。兄がそう遠くない将来、あの中に加わるということを、つい思い浮かべてしまう。

 不吉な想像と戦いながら、墓地の外を回り、大超寺の門をくぐった。


 豪潮律師は、八歳の子どもを快く迎え、部屋に招きいれてくれた。

 家が檀家とは言え、安利が大超寺の建物に入ったのはそれが初めてであった。

 博多屋に授かった長男について占いを頼まれ、恐ろしい結果が出たことを、律師は覚えていた。

「確かに伝えました、お父上にだけは。その答えを三郎右衛門さんがどうなさるかは、あの方次第ですから」

 と、律師は安利相手にも丁寧な言葉を使った。

「兄夫婦のもとへ預けたというのは、家督を継げないのに家に置いてはかわいそうとお考えになったのではないでしょうか」

「でも、兄は三年前に帰ってきました」

「ええ、私もそこが不思議です。どういった心境の変化なのか、こればかりは三郎右衛門さん本人に訊いてみなければわかりませんね。あるいは、平八さんの方に何か事情があったのかもしれませんが」

「兄が、十九までに」

 言いかけて、言葉に詰まった。

「……長くても十九までしか生きられないというのは、確かなのですか?」

 死、という言葉は避けた。

 律師は静かに、

「残念ですが……」

 とだけ言った。

「兄はそのことを、自分で知っているようなのです」

 と安利が言うと、律師は目を見開いた。

「お兄さんが、そう言ったのですか?」

「はい」

「そんな……」

 と言って、律師は口元に拳を当て、考え込んだ。

 兄の死を予告した人物。明王像のような、もっと恐ろしい人を安利は想像していたが、実物はいたって穏やかな、どこにでもいそうなお坊さんだった。

「……そもそも、あなたが知っているということ自体、私には信じがたいことだったのです。あなたはお兄さんの口から聞いたというわけですね」

「はい」

「三郎右衛門さんが寅之助くんに話すとは思えません。老い先短い者なら残された時間をどう使うか考えるのに役立つかもしれませんが、小さな子どもに言っても苦しめるだけです」

 兄は「刺されたのは夜」と言った。スズメバチから安利を守ってくれたあの日の夜、何かがあったのかもしれない。

 ただ、それをいま律師に言ったところで意味がないと思い、安利は黙っていた。

「十九までしか生きられない。その報せは、使いようによっては有益です。そもそも人はいつ死ぬかわかりません。若くして死ぬことだって決して珍しくはありません。期限がわかっていれば、備えることができます。三郎右衛門さんならきっと上手に導いてあげられると思ったのですが……いえ、これは私の言い訳ですね」

 と、律師は、安利から目をそらさずに言った。

「なぜ知ってしまったのか、いきさつはわかりませんが、私が誰かに話す以上は、思わぬところへ伝わってしまうことも、当然あり得たのです。軽率でした。体が弱いという話にとどめておけば、誰も傷つけることはなかった」

「変えることは、できないのですか?」

 と、安利が言った。

 律師を困らせるために来たのではない。兄の助けになる方法を見つけることが、安利の目的であった。

「変える、というと?」

「十九までという定めをです」

「……」

 律師は面食らった様子であった。

 変えようとして変えられるものなら、律師はとうに手を打ってくれているだろう。けれど、確かめておくべきだ。

「かわいそうですが、定めを変えることはできません」

 と、律師は言った。

 できない、と律師は明言した。しかし安利はその時、違和感を覚えた。言い回しか、表情か、声色か、はっきりとはわからないが、何となく、本当のことを言っていないような気がした。

「天より授かった定めを、なくすことはできません。寅之助くんが何か悪いことをして、罰が当たったというわけではなく、毎日必ず夜が来て、毎年必ず冬が来るように、人の定めはただそこに〝在る〟ものなのです。せめて彼が、知ってしまったことを前向きにとらえてくれればよいのですが」

「……」

「私が何か力になれることがあれば、いつでもおいでなさいと、お兄さんに伝えてください」

「わかりました」

 と言いながら、安利は別のことを考えていた。

 気の持ちようの問題ではない。何か、定めを変える方法があるのかもしれない。律師はたぶん、何かを隠している。

 礼を言って、大超寺をあとにした。

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