お正月なんて……大嫌いっ!?

小林汐希

お正月なんて……大嫌いっ!?


『新年、あけましておめでとうございます!!』


 テレビから聞こえる何度目かの同じセリフに、私、北村きたむら美代みよは嫌気がさして電源を切ってしまった。


 朝はそれでも、ちゃんと両親に新年の挨拶をしてお年玉をもらったんだから、それでもお正月らしいことはしたんだけどね。


 昨年から、私の家は年末年始の帰省というものから縁が切れた。


 小学校の頃は帰省していた、おじいちゃん、おばあちゃんたちがみんな居なくなってしまったので、帰省そのものの必要がなくなってしまったから。


 それに、もし健在だったとしても今年はそれもなかっただろう。


 だって……。


「美代、お父さんとお母さん出かけてくるけど、美代はどうする?」


「ううん、二人で行ってきていいよ。受験生に正月はないんだから」


「分かった。正月から無理して風邪引くなよ? 夕方には帰るから。お母さんに昼は用意するように言っておく」


「うん」


 お父さんが階段を降りていく音がした。



 そう、私の立場は中学3年生の高校受験真っただ中というもの。


 私立校が今月末で、公立校が来月の中盤にある。


 気持ち的には今日くらい休みたいというものが半分くらいあるけれど、それでも参考書を開いていないと落ち着かないという自分がいたりする。




 両親が出て行く音がして、家の中が急に静まりかえってしまった。


 やることがなくなった私は、机に向かって参考書を開いた。


「あーあ、本当に毎年この正月ってのはつまらないんだよねぇ……」


 それでも小さい頃は正月遊びをしたり、みんなでお出かけして楽しかった思い出もある。


 中学に入って、長期休暇もないような部活が始まったりすると、家族で出かけるなんて事もなくなってしまった。


 たまの休日は、体力回復のための休息になってしまうし、本当に小説や漫画に出てくるような青春時代はどうやったら送れるんだろうと不思議に思ったりもした。


 私だって年頃になって、お洒落もしたいし、それこそ恋だってしてみたい。


 でも、そんな意識が芽生えるこの中3生は、受験という悪魔に立ち向かわなくちゃならない。


 それを乗り越えて、晴れて高校生になって、思いっきり羽を伸ばして「デビュー」なんてことになる人もいるみたいだけど。


 そういえば、ずいぶん垢抜けたなぁと文化祭の時に会った先輩たちを何人か思い出す。


 あそこまで変わるつもりはないけれど、自然でいいから……、好きな人が出来て、一緒に勉強したり、時にはデートしてみたり……。




 いけない。こんなこと考えて時間が無駄になっちゃ……。


 そもそも、私にそんな彼氏もいないもん。



 そりゃ、好きな人はいるよ? でも片思いだもの。同級生だから、私のそんな気持ちをぶつけてしまって、受験に影響が出て、私のせいだと言われてしまっても困るし。


「あーあ、こんなんじゃダメじゃない~」




 少し休憩をしよう。


 立ち上がって、レースのカーテンを開く。


 お父さんたちも出かけたくなるのもうなずけた。


 風もなくてぽかぽか暖かい日差しがさしている。


 こんな日に机に向かっているだけなんて、本当に悲しくなってしまう。


 もちろん、そうしなきゃならないのも分かってる。


 でも、それだけじゃないんだよ……。1月1日ってのはね……。



「あれ?」




 ふとあることに気づいた。


 お隣の、私とお向かいにあるお部屋のガーデンが開いている。



 お隣のその部屋は、水野みずのたかし君のお部屋。


 小学1年生の時に隣に越してきて、それからずっと一緒。同い年の子どもということで、互いの両親も仲良くなって、いろんなイベントも一緒にやったりもした。


 そして……、そう……。私の片思いはその隆君。見た目は決して派手じゃないし、スポーツ万能でもないけれど、人一倍の努力家で、夜遅くまで頑張っていたり、私も勉強を教えて貰ったこともある。


 目立たないけれど、実直なところが私のハートを捕らえてしまっていた。


 でもね、邪魔しちゃいけない。隆君にだって、きっと好きな子がいると思うよ。受験の時に恋だなんて……、雑念はダメだって……。



 いや、そうじゃなくて。気になったのは、隆君のお部屋のカーテンが開いている。確か年末の30日からご実家に帰省すると言っていた。だから昨日の大晦日もお家は暗かったはずなのに。


 何かあったのかな……。


 予定を早く切り上げるなんて、何か急な用事が入ったのかな。


 そんなことを思っていると、窓がガラッと開いた。


「美代、どうしたの?」


「隆君、帰ってきたの!?」


「俺だけ先にね。実家にいてもなんか気合いも入らないし」


「そっかぁ」


 隆君も一人なんだ。そうだよね、この歳にもなれば、一人でのお留守番だってふつうにできるし。


「美代は初詣行った?」


「ううん」


「じゃあ、一緒に行こうぜ。そっち行くよ」


「う、うん。あ、でもちょっと待ってて。支度するから」


「分かった。準備できたら教えて」


 突然のお誘いに驚いたけど、ちょうど息抜きもしたかったし、これだけ暖かければ風邪をひくこともないだろう。






 さてと……。


 もぉ。ずっと家にいるつもりだったから、スエットの上下だったし、髪の毛も後ろでざっと縛ったままだった。


 でも、隆君と出かけるとなれば、近所の神社だとしたって、少しは考えなくちゃね。


 私の部屋のカーテンを一度閉めて、クローゼットを開けた。


 最近こういうお洒落しゃれしてなかったなぁ。白い丸襟のブラウスにグレーのニットセーター。


 濃紺チェックのスカートにして、寒い分は白の厚手ストッキングにした。


 急いで髪の毛をまとめたけど、少し後ろが跳ねちゃってる……。


 そこだけミストを馴染ませてブローして、リボンのバレッタで押さえちゃえば隠せるよね……。

 

 鏡の前に立ってみると、まぁ、10分で急ごしらえしたにしては上出来だと思う。


 仕上げにリップクリームを塗り込んで、黒のローファーを合わせた。アイボリーのダッフルコートを羽織って、なんとか無難に落ち着いたかな。


 玄関に隆君と初詣に行くと書き置きを残して、お隣のチャイムを鳴らした。



「お、お待たせ……」


「美代……、すげえな。そんなに気張らなくてもよかったのに」


「だって、さっきのはちょっと……誰かに見られたら恥ずかしいし……」


 顔が赤くなる。本当だったら、さっきの姿も恥ずかしかった。隆君にはいつも普段着やパジャマ姿も見られているくらいだし。


 でも、他の人には見られたくない。それはやっぱり私の女の子としてのプライドってものかな。


「逆に俺の方が緊張しちゃうよ」


「えっ?」


 隆君も顔が赤いよ。そんなに変なこと言っちゃったかな……。


「美代がそんな可愛い恰好してるんだからさ……」


「似合わないかなぁ……」


「いや、だから可愛いって言ってるじゃん……?」


 あ、そっか。




 ……。あれ? それって、意識されているってこと?


 私が立ち止まってしまったのを、数歩先を行ってしまった隆君が気づいて振り返ってくれた。


「美代、行くよ?」


「うん。ごめん!」


 本当に今日は風が穏やかで、絵に描いた「お正月」という風情だった。


 そんな中で、二人並んで初詣に出かけるなんて、本当に現実なのか疑いたくなってしまうほど。



 近所にある神社、普段は静かで私たちも小学校の帰りによく遊んだし、学校で嫌なことがあったりすると、一人で境内に座っていたりと、昔からなじみの場所。


 さすがお正月ということで、いくつかお店が出ていたり、社務所しゃむしょのところでは、お守りを選んでいる人の姿も多くいる。


 少し列があって、隆君と二人並んでお賽銭を入れてから拍手かしわでをうった。


「美代は何をお願いした?」


「うーん、いろいろあったけど、今は志望校合格かなぁ」


「そんなに煩悩だらけだと、どれも叶わないんじゃないか?」


「もぉ、いじわるぅ」


 おみくじは隆君が中吉で私が末吉。


 落ち込んでいると、今ここで大吉を出してこれから落ちて行っちゃ困ると慰めてもらった。


「あれー、北村さんに水野君だ。二人で来てんの?」


「うん、お隣さんだしね」


 おみくじを結び付けて帰ろうとした時だった。


 正直、正月早々からあまり顔を見たくない人たちに会ってしまった。


 この中学3年生の内心どこかピリピリしている中で、男の子と二人で初詣にいると言うだけでなにかと話題にされてしまいかねない。


「二人って付き合ってるの?」


「ほら、北村さんだって、そんなにおめかししちゃってるしぃ」


「デートでしょ! いいなぁ-!」


 ほら始まった……。なんでもかんでもそこに持っていくのかなぁ……。


「付き合ってる? お隣さんつき合いがなにか悪いか?」


 えっ……。隆君、黙ってしまった私に代わって私のこと庇ってくれてる?


 分かってるはずだよ。あまり友だちづきあいが上手くない私のこと。もしここで対応を間違ってしまったら、私だけじゃなくて隆君にも迷惑がかかっちゃう。それだけは嫌だ……。手に脂汗が滲んできた。


「それに、いつも外出するとき、このくらい普通に着てるぞ。お前らこそ北村のこと見てないってことじゃないか?」


「そ、そうなの?」


「そう、じゃあな」


 隆君は全く動じることもなく、逆に言い返せなくなってしまった彼女たちを尻目に、参道の出口へ向かうために私の袖を引っ張った。


「さ、早く帰らないと風邪ひいちまうぞ」


「う、うん」


 私もなんとかみんなに頭を下げて、隆君について境内の階段を降りていった。


「あ、ありがとう……」


「あんなのからは、さっさと離れたもん勝ちだ」


 ようやく、めいっぱい早く打って苦しくなっていた胸のドキドキが落ちつき始めてきた。


「ごめんね……、いつも……」


 そう言いかけたとき、隆君がお店で買ってきてくれた温かい紙袋を私にくれた。


「ほら、寒いから旨いぞ」


 渡されたのは焼きたてホカホカのたい焼き。それもカスタードクリームのもの。



 ちゃんと、私の好きなものを分かってくれているんだ……。


 それに気づいたとき、私の目から熱いものがすーっと頬に零れた。


「ご、ごめん。ダイエットでもしてた?」


「ううん。違うの。ありがとう……、うれしくて……」


 慌ててたい焼きをほお張る。温かくて甘いクリームが口の中に広がって、私の心の中に染み渡っていく。


 本当だよ。いつも目立たない私を見ていてくれた。


 確かにお隣の隆君というのがこれまでの私たちの立ち位置。


 でも、さっきのできごとは、それだけじゃない。私のことをちゃんと守ってくれた。


 心の中、それも片隅に小さく仕舞ってあった気持ちが大きくなってくるのが分かる。


 ……でもダメ。その気持ちを言ってしまったら、あまりにも唐突すぎるもの。それに私たち、受験生だもん。


 きっと今のタイミングでことが起きたら取り返しのつかないことになっちゃう……。


「さっき、ありがとうね……」


 たい焼きを食べ終わって、また二人並んで家までの帰り道。


「なにかしたっけ?」


「みんなから守ってくれて……。私ああいいうの苦手で……」


「美代はそのままでいいんだ。悪いことなんかない。堂々としていればいいんだ……」


 なんだろう。隆君もいつもと違う。凄く強くなっているようで。同級生なのに、守ってくれるお兄さんのようで……。


 胸の中があったかい。


 こんな私をそのままでいいと言ってくれた。


 それは隆君の優しさ? それとも慰めてくれているのかな……。


「あのさ……」


「うん?」


 私たちの並んだ家が見えるところまで戻ったところで、隆君が小さく呟いた。


「いま、うち誰もいないんだ……。寄っていかない?」


「えっ? いいの?」


 どういうことなんだろう。再び胸が高鳴り始めた。



 それぞれお留守番で、二人きりになることなんて珍しいことじゃない。それは中学生になってからも同じで、学校帰りに宿題を教えて貰うなんてことも日常茶飯事なのに。


 そうだよ。さっきのことで意識しすぎてるだけ。


 隆君にとっては、いつもの続きでしかないはずなんだ。だから、私が一人で舞い上がっているだけなんだ。




「おじゃまします」


 見なれている隆君のお家に上がって、リビングで待つように言われた。


 うん、隆君のお部屋じゃない。


 ホッとしたような、少しガッカリしたような……。


 なんなのこの気持ち? 初めての意識に私自身が動揺してしまう。



 そこに、隆君がお皿に箱を被せて持ってきてくれた。


「なにこれ?」


「いいから開けてよ」


 言われたとおり、お皿の上の箱をそっと持ち上げた。


「……もぉ……っ、もぅ、知らない……っ……」


 さっきは一粒だった涙が、こんどは止まらなかった。


「おめでとう、美代」


 ケーキの箱だとは見た目で分かったけれど、デコレーションケーキの上に乗ったチョコレートには、『誕生日おめでとう 美代』の文字。




 そう、私の誕生日は今日の1月1日。


 小さい頃から、お年玉と誕生日が一緒になっていたし。もちろん誕生日ってのはみんなそれぞれ違うけれど、世間がみんなお正月気分の時に、誕生日ということも言い出せないし、みんな覚えていないことも多い。




 だから、いつの頃からか私はお正月が好きでなくなっていた。




 それなのに……。私のために……。



 そうだよ、こんなお正月に開いているケーキ屋さんなんて、なかなか無かっただろう。


 ふともっと大事なことに気づいた。そうか、これを届けるために家族より先に、一人で帰ってきてくれたんだ。


「一人じゃ無理だから、隆君も一緒に食べよう?」


「いいの?」


「うん」


 さっきのたい焼きよりも甘い、真っ白な生クリームのケーキは、ちょっとだけ隠し味に塩気が入っていた気がしたよ。






 その日の夕食、一人だということで、隆君をうちに招待した。ケーキをご馳走になったとも正直に話した。


「一緒の高校に行けるように頑張る」


「あらあら」


 もともと、私と隆くんが同じ高校を受けるというのは随分前から分かっていたこと。学力的にも私がもう少し頑張ればいいというレベルで、誰も疑うこともなかったんだよね。


 でも、ずっと思っていた。高校で隆君と離れてしまったら、お互いの会話がなくなってしまいそうで、怖かったの……。


 もちろん、恥ずかしい気持ちのことは話さなかったけれど、同じ高校を受けると改めて約束した私たちの話を聞きながら、私の両親もニコニコして異論は無いようだった。



 帰りに隆君の玄関先まで送る。



「今日はありがとう……」


「うん……、あのさ……美代……」


「うん?」


 急にモジモジしている……。私もこのドアを閉めたくない……。


「俺と……、付き合ってくれないか?」


 ふふっ。本当だったらそれはさっき、二人きりのときに言いたかったんだよね?


「うん、いいよ。私も隆君が好き。だから、高校もその先も、一緒に行こうね」


 決めていたもの。今日、隆君は私の心に手をさしのべてくれた。もう、この手を放したくない。


 そう、これからもずっと一緒に手を繋いでいたいから。



 私が即答でOKを出したことに、隆君は驚いたみたいだった。


「いいの?」


「うん、大丈夫。私もずっと考えていたことだから」


 嘘じゃないよ、私の本心だもの。隆君と一緒なら、もう何も恐くない。


「隆君、ちょっと目をつぶっていて?」


 だからこれは、私が嘘をついていないという証拠。


 隆君の唇に、私はそっと自分の唇を触れさせた。


「美代……」


「今日はありがとう。これ、私のファーストキスだからね。だから、これからもお願いします」


「うん。美代、好きだよ」


「私も。隆君が好き」


 月明かりでも分かるくらい、ふたりとも顔が赤かった。


「受験頑張ろうな」


「うん、必ず一緒の高校に合格できるように頑張る」


「美代ならできる」


「うん……」


 生まれて一番嬉しかった誕生日のこと、ずっと忘れないよ。



 そして初めてのキスは、心の中いっぱいに広がった甘酸っぱい幸せな味だったってこともね。

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