相談②




そして博士は、おもむろに口を開きいつも以上に声を低くして、言葉を紡ぎ出す。


「もしリーナがこれ以上悩み続けて心を乱すようなことがあったり、もしくは悠くんに負担をかけ過ぎて苦しませるようなことがあったら・・・」


ここでわざと一度口を閉じ、ミラー越しでリーナのことを軽く見据えながら最後の言葉を冷静に吐き出した。


「今の契約を破棄して、新しいロボットに替えるということだよ」

「ッ、それは!」

「いやいや、例えばの話だよ。 まだそうと決まったわけじゃない」


博士は椅子に深く座り、片手をひらひらと左右に振って否定の言葉を述べる。 その発言を聞き一瞬言いたいことを詰まらせるも、震えた声で何とか話を続けた。


「なら・・・。 そうならないために、私はどうしたらいいんですか。  物事を簡単に考える、つまり舞ちゃんの命をやすやすと考えろとでも」

「あぁ、その通りだ」

「そんなこと、できるわけがないです!」


リーナにしては珍しく、声を張り上げながら博士に反抗する。 だがそれとは反対に、彼は冷静さを保ったまま深く溜め息をついた。


「本当、どこからそういう感情が生まれてしまったんだね。 私たちはロボットだ。 だからロボットらしく、物事を淡々と考え、こなしていけばいい」


そう言うと、椅子からゆっくりと立ち上がった。 そしてそのまま身体の向きを変え、今度はリーナに少しずつ近付いてくる。 今の博士からは、怖いくらいの威圧感が感じられた。

それと同時に、前にタクミから教わったことも思い起こされる。 


『だから・・・もしね。 僕たちがそのような負に関するものを憶えてしまうと、ここにいる博士たちに記憶を全て消されてしまう可能性があるんだ』

『今の技術じゃ、負の感情だけを消すっていうことはできないらしくて。 だから記憶を全てリセットして、新たなロボットとして生まれ変わるようにするんだよ』

『僕たちは人を笑顔にするのが目的でしょ? だけどそういう負の感情を持っていると、人を笑顔にさせることなんてできない。 

 だから必要ないって、博士たちは判断するのかもね』


少年から教えてもらった、記憶を消されるかもしれないという可能性。 そして今目の前にしている、リーナのことを呆れたように見つめてくる大人。 

これらのことが繋ぎ合わされ、最終的に一つの結論が出た。


「・・・いや・・・。 私は、私のままでいたい・・・」


少し身体を震わせ怯えながら、自然とそう口にしていたリーナ。 すると博士は目の前まで来て立ち止まると、分かりやすく再び溜め息をついた。


「まだ何もしていないだろう」


そして更に顔を近付けさせ、一方リーナはあまりの怖さに何も言い返せずにいると、博士は静かな口調で忠告の言葉を並べていく。


「でも、分かったな。 リーナがこれ以上悩むなら、我々はお前を改造することだってできるんだ。 もちろん、今の契約を破棄することも。

 ・・・そんなのは、嫌だろう? だったら、もう深くは考えないことだ」






数分後 リーナの部屋



博士との話が終わり、自分の部屋へ戻ってきたリーナ。 今日もいつも通り部屋は暗くしたまま、静かに椅子に腰をかける。 その状態のまま、机の上に顔を伏せた。


―――・・・舞ちゃんの命を、簡単に考えろとか無理。


だが命というものは、実際ロボットには存在しないものだ。 

だから博士の言った通り、どうして命の大切さも分からないロボットがこんなに命に執着しているのか、リーナでも分からなかった。

そんな自分に、上体を寝かせたまま顔だけを横へ向け、自問自答してみる。


―――でも・・・もし、生きられなくなるのが舞ちゃんじゃなかったら。

―――そしたら他人の命だし、簡単に考えることができたのかな・・・。


舞という少女は、リーナとは何も関係がないのが事実だ。 担当しているわけでもないし、ただの悠の友達に過ぎない。 だが彼の友達だからこそ、簡単に放ってはおけないのだろう。

そのことは、分かっていた。 


ここで一度態勢を戻すため、上半身を起こす。 そして天井を見上げながら、悠の姿を思い浮かべた。


―――ハルくんにとって舞ちゃんは、大切な人。

―――なら、私は・・・。

―――私にとってハルくんって、何なんだろう。



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