すれ違い①




数日後 昼 休憩所



悠は今、広場で舞と一緒に遊んでいる。 そんな中リーナは、二人のために飲み物を持ってこようと休憩所に来ていた。 

現在ここには数人の患者がいるものの、皆一人で来たのか話をしている者など誰もいない。 

そんな彼らの邪魔をしないよう、空気にひっそりと溶け込むようにリーナも作業を淡々とこなしていく。

まずは飲み物を注ぐ前に、水筒を洗わなければならない。 蓋を開け、水道で軽く中をすすぎながらこれからのことを考えた。


悠は未だに笑顔が絶えず、毎日を楽しく過ごしている。 だけど彼の笑った顔を見るたびに、心のどこかで何か引っかかるようなものを感じていた。

そして博士と話してから数日経つが、リーナの心はまだ落ち着いてはおらず、考えもまとまっていない。 未だにどうしようか悩んでいるのが、現状だった。


―――物事を、簡単に考える・・・。

―――ということは、簡単に告げてしまえばいいの・・・?

―――もしくは反対に考えて、簡単に告げないようにしていればいいの・・・?

―――・・・分からない・・・。


博士にもらったアドバイスを試そうとは思うのだが、色々と悩んでいるうちに“簡単に物事を考える”という意味が分からなくなってしまっていた。

根本的なことがハッキリしないと、これ以上はもうどうしようもできない。


―――舞ちゃんの命を、簡単に考える・・・。

―――それってつまり、舞ちゃんの命はどうあがいてももうすぐ尽きてしまうのだから、深く考えても無意味ってこと・・・?

―――確かにそうかもしれない。

―――だったらもう楽に考えて・・・というより、いっそ何も考えない方がいいのかもしれない。

―――・・・だけどそうしたら、私は今後二人にどのような感情で接すれば・・・。


今回も悩むがいい解決方法が出ないまま、作業を終えたためいったん広場へ戻ることにした。 悠用の水筒はあるからいいが、舞のものはないため紙コップに飲み物を入れていく。

こぼれないように蓋をしストローを挿して、二つの飲み物を持ってこの場を後にした。


が――――広場へ近付くと、急に誰かの怒鳴り声がリーナの耳に届いてくる。


「もう、何度言ったら分かるんだよ!」


―――・・・え、何?


その声に一瞬ビクリと反応し足をその場に止めてしまうも、駆け足で広場へ向かった。 そしてそこを覗くと、一人の少年に一気に目が行ってしまう。

何故ならば、他の子供たちは座りながら遊んでいるのにもかかわらず、その彼だけは――――みんなに是非注目してほしいといったように、その場に堂々と立っていたのだから。

少年の怒鳴り声が鳴り響き他の者は静かに黙り込んでいる中、リーナは彼の姿を見て思わず声を上げてしまう。


「ッ、ハルくん!」


だけどその声は彼の耳には届いておらず、なおも怒鳴り声を上げ続けた。


「僕はあと何回誘ったら承諾してくれるんだ! それでも舞ちゃんは、今を頑張って生きているって言えるのかよ!」

「ハルくん!」


声を荒く上げ続ける少年――――悠は、自分の足元で大人しく座っている舞に向かって刺々しく物を言う。 

一方舞は顔を下へ向けたまま、反抗する態度を見せず反論する言葉も言わず、ただただ俯いているだけだった。 

一体彼らの間で何が起きたのか分からないが、まずは感情的になっている悠を抑えようとリーナは二人に近付いていく。


「僕は今まで、舞ちゃんのことをずっと信じていたんだよ! なのに、どうして・・・ッ! 舞ちゃんは、僕のこの気持ちを裏切るのか!」

「・・・」

「ねぇ、何か言ってよ!」

「・・・」

「ハルくん、落ち着いて!」


やっと二人の間に割って入れると思いきや、悠は急に振り返ってきた。


「もういい、舞ちゃんなんて知らない!」

「ッ、ハルくん待って!」


そして荒々しくその言葉を投げ捨て、リーナの発言にも耳を傾けずこの場から足早で去ってしまう。 

だけど当然悠はまだ身体が重いため、早く歩こうとしても一般の人のスピードには負けていた。 だけど彼の歩く後ろ姿を見る限り、相当怒っているのは間違いない。

一応担当しているのは悠のため彼を追いかけようとしたのだが、この場に残された舞のことを放ってはおけず彼女の方へ駆け寄ってみる。


「舞ちゃん! 舞ちゃん、大丈夫? 何があったの?」


一度飲み物を床に置き、広場の中へ入って舞の背中を優しくさすりながらそう尋ねた。 だが彼女は、なおも口を閉じたまま何も言葉を発さない。 だけど舞は、少し震えていた。 

涙目にもなっていて、震えを止めるように下唇を軽く噛んでいる。 

数分経っても何も話してはこないためこの状況をどうしようかと困っていると、舞はそっと口を開き震える声でゆっくりと言葉を紡ぎ出した。


「・・・ハルちゃんのところ、行ってあげてください。 私はどうせ、歩けないから。 ・・・ハルちゃんのこと、心配なんでしょう?」


リーナの目も見ずにそう口にする舞に、見えていないと分かっていながらも小さく首を横に振る。


「ううん。 ハルくんのことも心配だけど、舞ちゃんのことも心配だよ? じゃなかったら、私はここへ来ていない」

「・・・」


優しい口調でそう言うも、今度は彼女が首を振った。


「・・・私のことは、いいんです。 ハルちゃんのところへ、行ってあげてください。 お願いです」


そしてゆっくりと顔を上げ、リーナのことを見据える。 そして今でも涙目のまま、舞は小さく笑って続きの言葉を口にした。


「ハルちゃんはきっと、リーナさんを待っていますから」



そして――――これ以上舞のところへ居ても逆に迷惑だと思い、素直に言うことを聞き悠の後を追いかけた。 

彼の歩くスピードならすぐに見つかるはずなのだが、病室とは違う方向へ進んでいたため悠のもとへ行くのが遅くなってしまう。 

そして後ろ姿を見つけるなり、彼を呼び止めながら尋ねた。


「ハルくん! ハルくん、どこへ行くの?」

「屋上。 ・・・少しでも気持ちを、落ち着けたいから」


今の悠には何を言っても反論されると思い、ここは大人しく彼の後を付いていくことにした。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る