最初の目標③




午後



昼食を終えた後、一息つくとすぐさま悠はリハビリに取りかかった。 今日も病室を何度も往復し、身体を慣れさせる。 

この光景はいつもと変わらず、リーナは励みの言葉をかけ悠が必死に取り組んでいると、あっという間に一時間が経過した。


「ハルくん、お疲れ様!」


病室の壁際にある手すりに掴まりながら呼吸を整えている悠に近付くと、そのまま水筒を手渡した。


「ありがとう。 もう運動をすると、暑くなってきたね」

「そうだね。 着替えも多めに用意して、水分補給も細かく挟もうか」


そして飲み物を飲んだ後水筒を返されると、今度はハンドタオルを手渡す。 すると悠は汗を拭きながら、病室のドアまで足を運んだ。


「お姉さん! もう広場へ行こう!」


今からの時間を楽しみにしているかのように笑顔でそう言われるも、リーナは少し躊躇った様子を見せる。


「・・・あ、ハルくん。 もうちょっと、リハビリしていかない?」

「え、どうして?」


ドアを開けようとする手を止めながら軽く振り返った彼に、笑顔を作りながら答えていった。


「ハルくんもう、十分動けるようになったじゃん? だからそろそろ、広いリハビリ場へ移動してもいいんじゃないかなって」

「あー・・・」


そう言うと、悠は考え込むようにしてこちらへ身体を向けてくる。


「まぁ、いいかもね。 今の状態なら、たくさんの人の前でリハビリをしても恥ずかしくはないかも」

「ね! だったら」

「でも、行くなら今日の夜か、明日のこの時間ね」

「え?」


思わずその発言に聞き返すリーナだが、悠は再び笑顔を見せドアを開けながら続きの言葉を口にした。


「今から舞ちゃんと遊ぶんだ。 だから、この時間は守らなきゃ。 ほら、お姉さん行くよ!」

「あ・・・。 ・・・そう、だね」


無理に彼を止める気にもなれず、それに悠はドアの前でリーナが来るのをずっと待っているため、仕方なく病室を出る支度をし広場へ向かうことにした。








広場へ行って遊び終えた後、病室へ戻った悠はそのまま夕食をとった。 そしてそれも終えた今、悠はテレビをつけながらぼんやりとそれを眺めている。

だがそんな音にも気にせず、リーナは明日勉強する予定の理科の資料を見て、一人予習をしていた。 

これに載っているものは全て教えるわけではなく、重要な部分だけをピックアップしそこを重点的に憶えていく。

そんな中、悠は今流れている番組が大人向けでつまらないのか、リーナに話を振ってきた。


「ねぇ、お姉さん!」

「うん? どうしたの?」


話しかけてきたため、資料を読むのを中断し意識を彼の方へ向ける。


「あのね! 今日、舞ちゃんのこと色々知ったんだ!」

「・・・」


彼女の名を聞いた瞬間、少しだけリーナの顔は引きつった。 だけど悠は気にしていないようで、今日の出来事を楽しそうに話していく。


「舞ちゃんの好きな物や好きな色、好きな教科とか好きな遊びとか、本当にたくさん!」

「・・・そうなんだ」


落ち着いた態度で相槌を打つと、悠は今の興奮を自ら押さえ、今度は態度を改めたかのように静かに言葉を紡ぎ出した。


「・・・僕ね、今まで舞ちゃんと一緒にいることが、一番大事だと思っていた。 舞ちゃんがいてくれるだけで、本当に幸せなんだ。 

 もう、食べ物とか睡眠とか、他には何もいらないくらい。 ・・・だけど今日初めて舞ちゃんのことを知った時、その考えは少し変わった。

 好きな人のことをたくさん知れば知る程、好きっていう気持ちが大きくなるんだね。 相手のことを色々知ると、その人の喜ばせ方とかも分かってくる。

 そうすることによって、相手はもっと笑ってくれて、今以上の幸せを僕は味わうことができる」

「・・・」


これ以上の話は、あまり聞きたくなかった。 

悠の幸せそうな表情を見る分にはいいのだが、今後その気持ちが一気に消え去ってしまうことを考えると、今からでもそのような感情になるのを抑えたい。

そんな彼には申し訳ないと思いつつも“これはハルくんのためだ”と思って意を決し、違う話題を振ろうとする。


「だからね、それ程舞ちゃんは僕にとって」

「ねぇハルくん、私と一緒にゲームしない?」

「ゲーム?」


突然話を遮られたことを不快に思ったのか、悠は怪訝な表情をしながらリーナのことを見るが、リーナは構わずに今日持ってきた自分のバッグの中を漁り出した。


「うん。 今日ね、ハルくんと遊べるように色々持ってきたの。 ボードゲームとか、カードゲームとか。 あ、言葉遊びでもいいね」


少しでも楽しそうな口調でそう言うリーナだが、悠は困った顔を見せる。


「んー。 遊ぶのはいいけど、僕の話が終わってからね? でね! 舞ちゃんは僕にとってそれ程大切な人で、かけがえもなくて・・・」

「・・・」


リーナの誘いになかなか乗ってくれない悠だが、彼は一方的に話を進めるためこれ以上は口を開くことができなかった。

そのため一度漁っていたバッグを床に置き、複雑な感情を持ち合わせたまま悠の話を聞くことにした。



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