最初の目標①




翌日 朝 悠の病室前 舞の余命、残り一ヶ月



リーナは今、病室には入らずドアの前で立ち止まっている。 今日からは今まで通りに過ごすわけにはいかなく、徐々に生活を変えていかなければならないのだ。

そのために気持ちを落ち着かせるよう、その場で深呼吸をする。


―――今日からはいつも以上に、頑張らなくちゃ。


これからの目標は、悠の心を少しでも舞から離れさせること。 それだけを中心に、過ごしていけばいい。 

だが『舞ちゃんとは会っては駄目』とストレートに言うと反論されるのは目に見えているため、あくまでもさり気なく彼の心を誘導していくのだ。

数分立ち止まり意を決した後、真剣な顔付きで病室のドアを開けた。


「ッ・・・! ハルくん!」


だがそこでの光景を見て、リーナは驚く。 普段は悠を起こす約十分前に病室にはいるようにしているのだが、今日はその彼が珍しく起きていたのだ。

そんな悠は突然のリーナの登場にもかかわらず、柔らかな笑顔で挨拶を口にする。


「あ、お姉さん。 おはよう」

「おはよう。 ハルくんどうしたの? 眠れなかった?」


彼は今、ベッドの上で上体を起こし読書をしていた。 普段と違った光景を目にしたリーナは、心配な表情で悠に近付きそう尋ねる。


「ううん。 ぐっすり眠れたよ。 だけど、早くに目が覚めちゃって」

「そっか。 ・・・ならよかった」

「というよりお姉さん、いつもこの時間に来るんだね」


5時45分を指している時計を見ながら、悠はそう言った。 彼に何かが起きたのかと思ったが、どうやら大丈夫らしく安心して今日の最初にすべきことをこなしていく。 

まずはカーテンと窓を開け、換気をしながら先程の悠の発言に返事をした。


「そうだよ。 もうちょっと早く来てもいいんだけど、ハルくんを起こしちゃうのも悪いからね」


毎朝6時にナースが検温しにくるため、その5分前にはいつも起こしている。 だけど今日はその行為を省くため、時間には余裕があった。

そして窓から入ってくる心地のいい風を感じながら、悠は深呼吸をする。


「気持ちのいい風だね」

「そうだね。 過ごしやすくなってきたかな。 でも今の気候はすぐに終わっちゃって、これからは暑い日がずっと続くけど」

「まぁね。 でもここまで四季がハッキリしているのは、本当に凄いと思うよ」

「・・・ハルくん、大人っぽいこと言うね」

「そう?」


普段からでも大人びているとは思っていたが、考え方までも大人に並ぶようでは素直に驚いた。 そして6時になると、ナースが元気よく病室へ入ってくる。


「あら! ハルちゃんリーナちゃん、おはよう」

「「おはようございます」」


二人は声を揃えて挨拶をすると、ナースは笑顔で悠に話しかけた。


「ハルちゃん、今日は起きるの早かった? いつもよりおめめがパッチリしているじゃない」

「はい。 朝が早いと、気持ちがいいですね」

「そうねぇ。 といっても、6時起きでも十分早起きだけどね?」


楽しそうに会話しながら悠の検温が始まると、リーナは棚の上にある一枚の紙を見る。 これに描かれているのは、昨日舞が書いた花畑の絵だった。

二人は絵を描いた後互いのものを交換し、そのまま病室へ持ち帰ったようだ。 それが今もなお棚の上に表向きで置かれているのを見て、リーナは考える。

そして――――悠がナースによって視界が奪われているのを確認すると、リーナはその絵を手に取り急いで裏返した。


「うん? リーナちゃん、どうしたの?」

「あ、何がですか?」


紙を伏せたのと同時にナースは後ろへ振り返り、何かを感じ取ったのかそう尋ねてくる。 


「何か今日、雰囲気違くない?」

「そうですか?」

「・・・。 んー・・・。 ま、気のせいかしらね」


リーナは質問されている最中ずっとニコニコしていたからか、ナースは相変わらずだと思い再び柔らかな表情を見せ、機嫌よく病室から出て行った。

その後ろ姿を見届けていると、今度は悠から声がかかる。


「お姉さん? どうしたの?」

「うん? 何でもないよ」


不思議そうに尋ねてくる彼にも笑顔でそう返すと、悠は『そっか』と言って、再び読書を再開した。



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