再会⑤




二週間後 午前 病室


悠は今、いつも通りテレビで放送されている教育番組で、勉強をしている。 その間リーナは病室を綺麗に保つよう、掃除を行ってくれていた。 

この流れは今となっては当たり前となっており、それですら心地よくも感じる。


「あ、もう10時だね。 ハルくんどうする? 遊び場が開く時間だけど、行く?」


この時間帯になると小学生向けの番組が終わり、これからは高校生向けの放送となるため、それを見計らってリーナは声をかけてきた。 

そう言われ悠は一度時計の方へ目をやるも、首を小さく横に振る。


「ううん。 もっと勉強したい」


そう言うと、リーナは笑顔で頷き勉強セットを出してくれた。 

彼女のその行動を見て悠もベッドの上に机をセッティングすると、タイミングよく机上に教科書とノート、筆記用具を置いてくれる。

勉強は流石に教科書を見ながらでも難しいため、リーナに教えてもらい自分で問題を解くということを繰り返していた。 

最初は手先で細かいことはできず、文字を書くことすら困難だったのだが、今では一応読める程度には直ってきている。 

勉強をし頭を働かせることを含め、手先を器用に動かすリハビリにもなるため勉強は積極的に行っていた。


「あ、思えばハルくんって左利きなんだね」

「うん、そうだよ。 何? 珍しい?」

「ほとんどの人が右利きだから、珍しいかも」


問題を解いている最中に気付いたことを素直に口にされると、悠は笑顔でそう答える。 その言葉に、リーナも笑い返してきた。 

二人はいつの間にか、こういう内容のない会話でも、いい雰囲気を纏ったまま過ごすことができている。 

それはリーナのことを完全に認めたというより、今は舞という存在がいるからこそ、悠の機嫌がよくなりそういう生活ができている、という方が近い。


「ハルちゃーん! お昼ご飯の時間ですよー」


突然ノックの音が聞こえたと思いきや、そこからは一人のナースが満面の笑みで病室へ入ってきた。 

勉強をしていると時間はあっという間で、気付いたらお昼の時間帯となっていたのだ。

そして悠の今の姿を見るなり、ナースはより笑顔になった。


「あら! ハルちゃん! お勉強しているじゃないー。 偉いわぁー」

「入院していても、することないんで」

「まぁ、確かにね。 入院生活は今までの疲れを癒す場でもあるけど、自ら進んで勉強に取り組むなんて本当に偉いわ。 

 でも、今からは昼食だからいったん机の上を片付けてちょうだい?」

「はーい!」


そう言われ、笑顔で返事をした悠はそそくさと勉強セットをしまい始める。 そんな悠を待っている間、ナースは自分の斜め後ろにいるリーナに向かってそっと口を開いた。


「リーナちゃん! ハルちゃん、最近笑顔が増えたわね」

「はい。 それは私も嬉しく思います」

「そうねぇ。 ハルちゃんに、何かいいことでもあったの?」

「舞ちゃんという少女に、出会ったからだと思いますよ」

「マイちゃん? ・・・あぁ! あの可愛らしい、ハルちゃんの背丈と同じくらいの女の子ね。 

 私は担当したことがないからどういう子か分からないけど、見た目からしていい子そうね」

「はい」


そして一度ナースは悠の方へ目を向け、嬉しそうに微笑む。


「そっかぁ。 最近勉強やリハビリを頑張っているのは、そのせいかぁ。 うんうん。 ハルちゃんもいい子だ」

「・・・でも、最近のハルくんは何でも一人でやってしまうから、私はいてもいなくても変わらないんだろうなって思っちゃいます」


少し苦笑をこぼしながらそう言うリーナに、ナースは振り返って強めの口調で言葉を返した。


「何を言っているのよ! リーナちゃんがいるからこそ、ハルちゃんは今頑張れているのよ? きっと一人だったら、ここまで活き活きしていないわ。 

 だからこれからもずっと、ハルちゃんの隣にいてちょうだいね」

「・・・はい。 私もハルくんに負けないよう、頑張ります」

「そう! その意気よ!」


そんなこんなで昼食を終え、1時を過ぎた時。 ここからは、身体を動かすリハビリが始まった。 

悠は確実に成長しており、自力で立てるところまではいかないが何とか手すりに掴まり、リーナの支えなしで歩くことができるようになっている。


「凄い! ハルくん、毎日歩くペースが速くなっているね」

「うん・・・。 でも相変わらず、痛さには慣れないかな」


それでも悠は力を振り絞り、病室を何度か往復した。 そしてキリのいいところでリハビリを終え、これからは舞のいる広場まで向かおうとする。


「舞ちゃん!」


遊び場へ着くなり、大きな声で彼女の名を呼ぶと――――舞は今の悠の姿を見て、驚いた表情を見せた。


「ハルちゃん! 今日どうしたの? 車椅子は?」

「車椅子は、病室に置いてきた。 自分の力で、ここまで来ようと思って」


今悠は、広場の周りにある手すりに掴まりながら、疲れたような表情をして立っている。 

悠の病室からここまでの距離はある方なのだが、20分以上かけ舞のためにここまでやってきたのだ。 その言葉を聞くなり、舞は驚いた表情から嬉しそうな表情へと切り変える。


「凄い! ハルちゃん、凄いよ! 本当、リハビリ頑張っているんだね」

「うん! ありがとう。 舞ちゃんのおかげだよ。 さぁ、今日も一緒に遊ぼう」


悠は、笑った舞の顔が好きだった。 この表情を見るためだけに、今は頑張って生きているといっても過言ではない。 

悠の状態は良好で、リーナとの関係も今ではあまり気まずさを感じなくなった。 そして舞と関わる機会も増え、悠にとって今は最高に幸せな時間だったのだ。



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