人を愛してはいけない理由①




夜 病室



話し声など聞こえない病室。 ここにはただ、ゆったりとしたバラードが音楽機器から流れるだけだった。 

その音を無理矢理切ることのないよう、徐々にフェードアウトしていきそっと曲を止める。 ベッドの周りにあるものとCDを片付け、自分の荷物を持った。


「おやすみ、ハルくん」


小さな声でそう呟くのと同時に、リーナは病室の電気を消しこの場を後にする。 


時刻は21時過ぎ。 最近悠は、寝る時間が早かった。 出会った頃は23時過ぎになってようやく寝付くような感じだったのだが、今は違う。 

悠は朝から勉強やらリハビリやらを頑張っているため、その疲れが夜になってどっと出るのだ。 

日中疲れを感じさせない程一生懸命なのは、舞の存在のおかげだろうとリーナは思っていた。


―――今日は帰ったら、何をしようかな。

―――休むのにはまだ早いし、写真立て作りの続きでもしようかな。


リーナは最近、一人でいる時間は写真立てを作るのにハマっていた。 流石に悠と一緒にいる時はできないが、彼がうたた寝をしている時は編み物などをして時間を潰している。

手先が器用なリーナだからこそ、物作りは得意だった。 写真立てに必要な材料などは、全て研究所で働いている人間が仕入れてくれたものだ。

研究所内にある大きな広間に、リクエストBOXと言ったような欲しいものを書いて提出できる箱がある。 

無理なお願いはできないが、生活するために必要なものはそこに書き、後日それが部屋に届いていることで何とか毎日を送ることができていた。

ロボットたちは働いてはいるがお金は貰えない分、そうやって欲しいものや不足しているものなど補っている。 この生活に、リーナは不満などなかった。


研究所へ着くと、真っすぐに自分の部屋へ向かうリーナ。 その時、ふと後ろから呼び止められた。


「・・・リーナ?」


聞き覚えのある声に咄嗟に振り返ると、そこにはタクミが一人立っている姿が目に入る。


「タクミさん!」

「やっぱりリーナだ! 何か久しぶりだね」

「そうですね。 お久しぶりです」


リーナの姿を見つけるなり、タクミは小走りでこちらへやってきた。 


「最近、全然会わなかったもんね」

「はい。 お仕事が終わる時間、最近早くて」

「そうなんだ? そりゃあ、会わないわけだ」


笑いながらそう言う彼に、リーナは尋ねてみる。


「タクミさんは、今日はお休みですか?」

「うん。 アイちゃんのお母さん、今日はお仕事休みみたいだからね」

「そうなんですか。 ゆっくり休んでくださいね」


タクミを気を遣うような発言をすると、彼はリーナの顔を覗き込みそっと口を開いた。


「・・・リーナ、何か楽しそうだね?」

「そうですか?」

「何か、いいことでもあった?」


そう尋ねてきた彼に、リーナは少し俯き悠のことを優しい表情でゆっくりと語り出す。


「・・・私が今担当している子は、名前悠くんって言って。 その子が最近、よく笑うようになったんです。 それがもう、嬉しくて嬉しくて」

「そっか。 笑顔は人に伝染する、って言うもんね」

「はい。 でも本当、私たちの関係がいい方向へ進んでいて安心しました。 ・・・ハルくん、出会った頃はずっと、笑ってはくれなかったから」


そう言葉を紡いだリーナに、再びタクミは顔を覗き込み問い続けた。


「じゃあそんなハルカくんに、何かいいことでもあったんだ?」


その言葉を聞いた瞬間、リーナはふとあることを思い出す。 今まで疑問に思っていたためいつかタクミに会った時に聞こうとしていたことを、このタイミングで切り出した。


「あ、そうなんです! タクミさん、人を好きになるっていう感情、分かりますか?」

「人を好きになる?」

「はい。 ハルくん、同じ病院に好きな子がいるみたいなんです。 その子と出会ってから、ハルくんは変わりました。 

 毎日笑うようになったり、努力するようになったり、目標を見つけたり」

「んー・・・」

「好きになるのって、いいことなんですよね?」


当たり前のことをそう尋ねると、彼は小さく頷く。


「そうだね。 好きになるのはいいことだ。 自分の好きなこと、もの、色、時間。 どれもプラスに働いて、悪いことはない」

「なのにどうして、私たちロボットには“人を好きになる”っていう感情がないのですか?」

「・・・」


リーナのその問いを聞き、タクミはしばし考え込むように黙ってしまった。 そしてしばらくして、ゆっくりと口を開け言葉を綴っていく。


「・・・そうだね、どうしてだろう。 人を好きになる・・・。 つまりそれは、恋愛感情っていうヤツだ」

「レンアイ?」

「僕も人自体を好きになったことがないから、どんな感情なのかは分からないけどね。 今まで担当してきた子で、好きな人がいるっていう子を何度か見てきた。

 だから何となくは分かるんだけどー・・・。 ・・・まぁ、考えていても仕方がない。 聞きに行こうか」

「え? 行くってどこへ」


一人勝手に歩き出す彼を止めるようそう尋ねると、タクミは振り返り優しい口調でこう返した。


「博士のところだよ。 僕もどうして“人を好きになる”感情が僕たちにないのか、気になるからさ」



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