第23話

学校帰りの放課後。

悟と莉乃の二人はいつもの喫茶店にいた。


「ん~~美味しい!やっぱりここの季節限定のストロベリースペシャルパフェは最高だよね」


莉乃は目の前にある季節限定ストロベリーパフェをひと口食べながら幸せそうな顔をして頬に手を当てて唸った。

彼女の向かい側に座っている悟は若干呆れながらジト目でコーヒーをひと口啜りながら言った。


「最高だよね~って……お前それ三個目だろ。いい加減その辺にしとかないと太るぞ」


悟の言葉どおりテーブルの上には空になったパフェの容器が二つ、その後ドリンクの追加で空のグラスが三つ程あった。

全て彼女が注文したものであり、彼のものは今手にしているコーヒーのみしかない。

これで食べすぎでは無いと言うのはおかしな話だった。

莉乃は悟の言葉に若干むっとしつつ、スプーンの先を悟の目の前に突き出しながら言った。


「このくらいじゃぁ太らないもん!それにこの前運動したばかりだし、そもそも私太らない体質だもん!」


「この前って言ったって一週間以上前の話だろうが」


「あっ、そうだったね。忘れちゃっていたよ」


てへ☆と笑う莉乃に悟は「このバカ莉乃」とボソッと言う。

そんな悟の言葉が聞こえなかったのか莉乃は明るい口調で言葉を続けた。


「あっ、悟知ってる?リリちゃんアイドル辞めたらしいよ」


「は?何でだよ!」


莉乃のいきなりの台詞に思わず驚く悟。

そんな悟へと莉乃は少し考えるように顎に手を当てながら答える。


「何でかは分かんないけど……確かこの前ワイドショーとかニュースあたりで言っていたよ。しかも記者会見までしたみたいで、暫くテレビとかその話題ばかり流れていたんだよ」


「そんな……嘘だろう……」


莉乃の話を聞き悟は愕然とする。

リリのアイドル引退がまさかそんなに彼自身ショックを受けるものだとは知る由もなかった莉乃は少し困ったような表情を浮かべた。

確かに自分の依頼人が………しかも夢を追いかけ続けていた少女がその夢を諦めたと知れば依頼を受けた側としても、多少なりともショックを受けてしまうだろう。

依頼人には深く干渉しないのが彼自身の方針のようなものだが今回は少しばかり違っていた。

明らかに愕然と落胆する悟に気を遣いながら彼へと再び声を掛けようとした。

その時は思いがけない言葉を悟は発した。



「リリのコネでユリカたんとお近づきになれると思ったのに……」



それは心底悔やむような台詞だった。

悟サイトの規約とか契約に関しての事思いっきり忘れてるよね?

などと内心突っ込みをいれながらも莉乃は悟へと言った。


「え?でも悟この前リリちゃんにチケット貰って無事にライブ行けたんでしょう?」


「ああ!勿論行った!行ったさ!しかもアイツ粋なことにユリカたんに事前に話を通しててくれてて、楽屋に挨拶に行かせてくれたんだ。口は悪いがアイツは本気で良い奴だって思った。さすがはアイドル様だ。本当に最高だった!!出来る事ならばもう一度リリのコネ……もとい頼んでユリカたんとお近づきにと思っていた矢先に……何でアイドルを辞めちまうんだよぉぉぉ」


己の欲望塗れとまさにクズのような台詞を吐きながら、さめざめと泣きながらテーブルに顔を突っ伏す悟を見、莉乃は満面の微笑みを浮かべながら。


(見なかった、聞かなかった事にしょう)


そう思った。


その時。


「何言ってんのよ。あれで最後に決まってんでしょう」


コツと、ヒールを鳴らしながら悟達の席の前に制服を着たリリが不満そうな顔でため息を吐き、両腕を組んで立っていた。


「リリお前何でこんなとこいるんだよ!」


「何でって……アンタ達にお礼を言いに来たからに決まってんでしょう」


そう言いながらリリは莉乃の隣の席へと腰を下ろした。

そして彼女は真面目な表情を浮かべながら目の前の悟の顔を見て頭を下げた。


「あの時は助けてくれて有難う。本当はあの時、ちゃんとお礼を言わなきゃいけなかったのにお礼も言えなくって……。助けてくれた事、わたしの背中を押してくれた事今でも感謝している。あの時背中を押してくれたからだからわたしは彼に向き合える事が出来た。

もしそうじゃなかったら今頃後悔していた。だから有難う」


顔を上げ、穏やかで柔らかい表情を浮かべながら言うリリに悟は少しばかり照れくさそうに頬をポリポリと掻きながら言った。


「まぁ……そのなんだ。俺達も仕事で動いていた訳だし、別に感謝されるような事は何一つしちゃいねーしな」


照れ臭さの為か少しだけ素っ気なく言う悟を見て莉乃はニヤニヤした表情を浮かべて言った。


「ごめんねリリちゃん。悟言われ慣れていないから照れているんだよ」


「照れてねぇし!普通だし!」


莉乃へとすかさず突っ込みを入れつつ、悟は誤魔化すように即座に話題を変えた。


「あー……、それよりリリお前何でアイドル辞めたんだよ。お前あの時もう一度最初からやり直すみたいな事言っていたじゃねぇかよ」


「そうよ。だから辞めたの。アイドルは確かにわたしのやりたい事、夢と憧れそのものだった。だけど実際わたしは時雨に認めて欲しくて歌を歌っていた。ファン達に歌を歌っていたつもりが全く違っていたの。もしもう一度アイドルとして歌うとしてもそれはきっと違うものになってしまう。だから辞めたの。今度こそわたし自身が本当の意味でやりたい事を探し出す為に」


「そうか……。まぁ頑張れよ。俺達も応援しているし、案外普通の学生生活を送って青春してみるってのも悪くないかもしんねーからな」


「それで悟にお願いがあるんだけど」


「お願い?」


リリの言葉に片眉をピクリと上げながら怪訝そうな顔をしつつ、オウム返しで悟は言った。

それに対してリリは小さく頷き、そして真剣な表情をしながら彼女は口を開いた。



「わたしを《クライニング·セクニッション》に入れて欲しいの」



「は?んなもん駄目に決まってんだろ!?何言ってんだよお前!そもそも何でこの仕事に入りたいんだよ!」


リリの言葉に悟は一瞬間の抜けた声を発し、そして驚きを顕にしながら強く否定した。

そんな悟へとリリは懇願するかのように言った。


「ここだったら、アンタ達と一緒だったら私が本当にやりたい事が見つかるかもしれない。今までと変わる事が出来るかもしれないの。悟達が遊びでやっている訳じゃないって言うのも知っている。だけどわたしはここで、この場所で変わりたいの!お願い、わたしを仲間に入れて下さい!」


彼女は《クライニング·セクニッション》の二人に命を救われた。

彼らは依頼を遂行するだけでは無く、自分に変わる切っ掛けを作ってくれた。

一見パッと見、アニオタで無駄に自信家の少年と知能が低い馬鹿な女子高生だが二人は間違えなく救ってくれた。

それは自分が間違えそうになった選択を彼らが踏みとどまらせ、結果的に正しく導いてくれた。

だから彼らといると変われる気がした。

彼らと一緒ならばきっと何かが見つけられそうなそんな気がしたのだ。

だが、そんなリリへと悟は両手を交差させバツ印の形を作りながら、



「駄目だ!俺は認めないぞ!?」



そう強く、キッパリとした口調で言い放つ。

そんな悟へとリリはテーブルに手を付きながら彼に詰め寄るように言った。


「そんなお願い悟!」


「いや、俺は認めん!認めないぞ!大体お前の言葉は信憑性に掛けてるし、変わりたいのなら他にやり方がいくらでもあるだろう?それにお前この仕事で何が出来るってんだよ?分かったんなら諦めろ。良いな?」


「うっ……出来る事ならあるわよ。情報を集めたりする事とか」


「んな事俺でも出来る。だから間に合ってます。ぶっちゃけお帰りください」


「良いんじゃない。リリちゃん入れちゃっても」


冷たくあしらう悟にこれまで黙っていた莉乃は気軽な口調で二人の会話に割り込んで来た。


「はぁ?お前正気か?リリは一般人だぞ!しかも元アイドルだし、そんな奴に危ない事させられるかよ」


「うん。だからそれも踏まえてリリちゃんはリリちゃんなりに覚悟ってものがあるんじゃないのかな?そもそも信憑性が無いのならばこれから彼女自身に示してもらってもいいと思うけど。そ·れ·に、」


莉乃は唇の端を吊り上げ、極上の笑顔を浮かべた。


「一応私も《クライニング·セクニッション》の運営者だから私が良いよって言えば問題ないよね?」

「くっ……馬鹿莉乃のくせにこういう時だけ無駄に頭を働かせやがって……」


「じゃぁ宜しくね。先輩」


悔しそうに悪態をつく悟にリリはニヤリと勝ち誇った顔をする。

それに対して悟はその場からガタッと立ち上がり、


「こんなの俺は絶ッ対認めねぇからなぁぁぁぁ!!!」


リリ達を指さしながら強く叫ぶように言い放った。

その後、喫茶店の店員から怒られたのは言うまでもない事だった。

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クライニング·セクニッション~天才でオタクな彼のラストストーリー~ せあら @seara0216

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