死んだらわかる
韮崎旭
死んだらわかる
私はあなたが好きですが、あなたの名前は知りません。あなたの外見は知っているし、あなたの読む本も知っています。あなたの通勤または通学路も知っていて、けれど名前を知りません。
今日、水の事故で意識不明だった男性が死亡しました。死んで初めて、私はその人間の名前を知りました。別に何とも思いません。死ななければ、名前すら知らなかった人ですから。
死ななければ。
天啓、ですね。
彼はきっと天啓のために死んでくれたのですね。
あなたの名前がわかるかもしれません。きっともう少しで、住居もわかるでしょう。そうしたら、可能な限り不快で残忍な手口で、それとも派手な、とでも言いますか、外貌の死体にあなたを仕立て上げることでしょう私は。
私は大好きなあなたの名前が知りたいのです。
私はあなたが電車に乗る時間帯がいくつかあることを知っていたから、駅でかなり待ちました。待つのは楽しいことですから、かまいません。ええ、あなたを待つのは楽しいことです。
あなたはいつものように始発のその駅から(本当に手間のかかる人、あなたがいなければ、こんな駅にまるで用などない。)電車に乗りました。あなたが飛び込まなくて、安心しました。
あなたの住居と電車の利用形態、年齢などからあなたの身分に検討はつけていたのですが、やがてあなたのSNSのアカウントのうちの一つ(それがすべてなんて、思いませんよ。おそらくは一番さし障りのないものでしょう、私が見つけたのは)と思しきものを見つけました。あなたのいつも読む本、カバーがかかっていなくて、助かりました。
あなたが好きなものたちが、さらにそこから判明したことをうれしく思います。と同時にそれは私を若干不安にもさせました。だって、あなたの投稿からは、あなたが明日にでも死んでしまうみたいに思えたから。
だからどうか、私に殺されるまで、死なないでくださいね。あなたの本名を私がこの手で、明らかにするのですから。
あなたが降りる駅で不審がられないように苦心しながら下車。
あとをつけます。
あなたは無頓着に歩いているようでした。人通りの少ない生活道路にあなたが立ち入るのを見て、私はあなたとの距離を狭くします。
私はあなたより小柄で歩幅が狭いので、追いつくのは難儀でしたが、かろうじて、追いつけた、後は、さて、どこを狙えばいいのか、あれほど検討に検討を重ねたのに、結局は、正面に回り込んで腹を刺そうなんて、ああなんて粗雑でありふれて、残念で洗練されない、失敗の可能性が山積した、でもあなたを殺すしかない。
私は可能な限りの力であなたのどこか指し示せない(解剖学的知識がないから)位置に、刃物をねじ込んだ。夏場でよかった。さもなければ布がかなりの邪魔をしただろうから。
あなたは驚いているだろうか?
間髪入れずに私は次の刃物を取り出して空いたところを刺そうとする、あなたが何か言った気がするが「黙れ」私が言う、あなたにはここで死んでもらわないと困る。
私は刃物のために一部が針山みたいな死体を見下ろしながら、これをゴミ捨て場まで運ぶのは不可能だろうと考えていた。そのための工具。私は、ニュースなどに取り上げられる可能性を高めるため、死体に細工することにした。すなわち、それを損壊し、分断しようということ。
私は結果的に、あなたの両眼を潰し、鼻を削ぎ、左手と右手の指三本を切り離せたが、頭部の切断は難航したためにあきらめざるを得なかった。頭部を切断された死体はありふれているが、ニュース性が高いので、これは残念だ。
ふと、私はあなたの死体の横の鞄に目を遣る。
身分証明書。
そうだ、それがあれば、あなたの身元が知れるかもしれない。私はあなたの顔面を破損したことをここにおいてもったいなく思ったが、人間の目で虹彩の在り方など、この薄暗い道で、わかるはずもないので、別に構わない気もした。とにかく身分証明書があればよいのだから。
あなたが荷物を整理整頓する人間だと、そこで判明したので、これはうれしい収穫だった。
あなたの名前が知れた。後は、身分証明書を持ちさって、これと、ニュースで報道されるあなたの名前を突き合わせればいい。それまで私が司法機関に逮捕されなければ、いや、されたとしてもあなたの名は知れるだろうから問題がない。
これで、あなたの名前がわかる。いやおそらくは、わかった。私は生まれて初めてのような喜びをかみしめた。
死んだらわかる 韮崎旭 @nakaimaizumi
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