第4話
渋る上層部から婚活パーティーの案はなんとか採用を取り付け、ぐったりしながら矢口と杉本は一緒に会議室を出る。同時に退出した課長に労いの言葉をかけられた。
「杉本君、いいプレゼンだったよ。確かに受け皿は増やさないと。ねぇ、矢口君?」
瞬間、杉本が心配そうにちらりとこちらを見た気配を感じたが、矢口はそれに気付かぬよう課長に向かって微笑んだ。
「全く、その通りですよ」
「じゃ、皆席に戻っていいよ。―それと、林君、今日最終日だから」
同じ日に、終礼も何もされる事はなく、矢口達と同じ課の林がひっそりと辞めた。
「嫁さんの実家の方が自営業やってるらしくて、義理のお父さんの具合が悪いからそこを継ぐらしいよ」
と表向きの退職理由はそうなってはいたが、数ヶ月前から明らかに痩せ始め、最近では病欠扱いで頻繁に休み、たまに出てきてもいつも憔悴しきった様子の彼は病気退職だろうと誰もが思っていた。
矢口の一年先輩で、温厚で人望があった林に、特に杉本以下新人達がよく懐いた。「体調が悪いんだから」と課長に言われ、最後の挨拶周りもさせてもらえず、林はせめてもと同じチームだった矢口達に頭を下げ、世話になった事を告げた。今は出入り口まで送って行った杉本に大きな紙袋を渡している。さしずめ挨拶用の菓子だろう。
矢口は、多分林がなんらかのトラブルで課長とうまくいかなくなった事が原因だと思っていた。林が欠勤を始める少し前までは課長と林の関係は良好、どころか仕事が出来、イエスマンの彼は傍から見ても課長のお気に入りだったのだ。それが欠勤し始めるようになってから課長の様子がよそよそしくなった。公にこそなってはいないが、仕事で何か重大なミスを犯したのではと言うのが矢口の見立てだった。どちらにしろ、出世争いの一番のライバルがいなくなり内心ほっとしたのだが。
林が最後の挨拶で、矢口に何か言いたそうな顔をしていた事は、一時間後に矢口はきれいに忘れていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます