PART6:ドーン・オブ・ザ・ヴァンプ
"大いなる禍"の予言の時がすでに訪れていたと知ってからすでに1週間が経過していた。
マイキーは、屋根裏に置いたベッドの上でうたた寝していた。ベッドと言っても、ほとんど床に寝てるのと同じ高さしかない。
このベッドは、バニラが屋根裏に住むようになってすぐに脚を食われたあのベッドで、あれ以来、残った脚を取り払って平らになるように調整してバニラが寝るのに使っていたものだ。
下からは騒々しい物音が聴こえるが、マイキーはもうすでに馴れてしまっていた。
もともとマイキーたちの家はジョージのものだったため、過去からやってきたジョージも当然この家に住む権利がある。それに、他に居場所もない。免許証から保険証まで身分を証明できるようなものは当然期限が切れているうえに、そもそもジョージ・マックイーンの現住所はダークスコア墓地である。
そんなジョージは、バニラ同様、マイキーに匿ってもらう必要があったわけだが、マイキーの権限で使える部屋は自室と屋根裏部屋だけであり、3人で話し合った結果、マイキーの部屋にジョージとマイキー、バニラはこれまで通りに屋根裏を使うという形でまとまった。
しかし、ジョージは"大いなる禍"の研究をすると言って、一日中紙に何かを書き留めているかと思えば、突然立ち上がりブツブツと独り言を言いながら歩き回ったり、マイキーに本のことでよくわからない専門用語満載の質問を投げかけては勝手に納得して去っていったりなどとマイキーにとっては、鬱陶しい存在であった。特に、バニラが家にいるときは、彼女に次々と質問を投げかけたり、"実験"と称して家の物を破壊させたりなど酷く、そういった時は、マイキーは屋根裏に避難していることが多かった。
マイキーが、夢と現実の狭間でまどろんでいると、突然、ものすごい轟音とともに、浮遊感が彼を襲った。
ベッドが消えた?いや、床が抜け、ベッドが下に落ちたのだ。
マイキーは、一瞬宙に浮き、ベッドの上に落ちてうめき声を上げた。
「大丈夫?」
バニラがマイキーの顔を覗き込んだ。
「いやあ、すまない」
ジョージが言った。彼はマイキーの方を見もせず、手に持ったトライデンタルを眺めていた。
「この武器は人間にも使えるのかと思ってね、ちょっと試してみたんだ」
「"ちょっと試した"じゃないよ!死ぬかと思ったんだぞ!」
マイキーは本気で怒っていたが、ジョージは意に介さずハハハ、と笑っていた。
「マイキー!!」
ブランドの叫びにも近い大声が聞こえてきた。ジョージの笑い声がピタリと止み、3人は顔を見合わせた。マイキーはふたりに部屋で静かに待っているように言って、ブランドを探して部屋を出ていった。
ブランドは一階のリビングにいた。さっきまで座っていたのか、ソファーの前に半分腰を浮かせるような体制で机に手をついてテレビを食いつくように見つめていた。
「お兄ちゃん?」
「マイキー!」
ブランドはマイキーの声を聞くまで気がついていなかったのか、その声を聞いて飛び上がり、凄まじい剣幕でマイキーに飛びつくとその肩を掴んで、頭痛がするほど激しく揺さぶった。
「ヤバイぞ、マイキー!!見ろ!!」
ブランドはぱっとマイキーから手を離し、テレビを指差した。目を回したマイキーは、そのまま仰向けにひっくり返ってしまったが、そんなことはお構いなしにブランドはテレビに向かってまくし立てた。
「おいおいおい、冗談じゃないぞ!!おれたちのせいじゃないよな!な、マイキー!マイキー!?」
ブランドは、振り返り、床に倒れたマイキーにようやく気がつくと、慌てて駆け寄った。
「おい、大丈夫か!」
「吐きそう……」
バチン!ブランドがマイキーの頬をひっぱたいた。
「痛っ!!」
マイキーは悲鳴を上げ、凄まじい勢いで立ち上がった。ブランドは、マイキーの頭を掴んでむりやりテレビの前につきつけた。
「見ろ!ゲロ吐いてる場合じゃないぞ!!」
いきなり画面の前につきつけられたマイキーの視界は強烈にチカチカしていたが、やがて、はっきりと映像が見えてくる。テレビの画面に映し出されたのは馴染み深い光景、ベネディクトミドルスクールだ。右上に大きく見出しが書かれている。
"謎の殺人集団現る!"
悲鳴を上げて走り去る人々を背に立ったアナウンサーが緊迫した様子でまくし立てている。
「こちら、現場のベネディクトミドルスクールです!パニックを起こした人々が避難場所に指定されている学校に集まって来ていますが、殺人集団がここに来るのも時間の問だ……きゃあ!!」
突然アナウンサーが悲鳴を上げた。青白い顔の男がアナウンサーの背後から現れ、襲いかかったのだ!カメラの映像が乱れる。カメラはそのまま地面に倒れたのか、傾いたアスファルトがアップになる。そして、次の瞬間、画面は赤一色に染まった。血だ。
マイキーは驚愕に目を見開き、ブランドを振り返ると呆然と呟いた。
「バンパイアだ……!」
「わあ……」
ブランドの横で、バニラがテレビの画面を見たまま口をぽかんと開いて声を出した。その後ろにはジョージも立っていた。
「ちょっと!!勝手に降りて来ちゃダメだろ!」
マイキーは慌ててふたりを2階に押し戻そうとしたが、ブランドがマイキーのシャツの襟を引っ張ってそれを止めた。マイキーは、その手を払うと振り返った。
「なにすんだよ!」
「大丈夫だって!」
そういうとブランドはキッチンの冷蔵庫を指差した。そこに架けられたホワイトボードには、"一週間ワイハに行ってます。探さないでください。by自由を愛するパパ&ママ"とママの文字で書かれていた。
「パパとママは、旅行に行ってて家にいない」
「ぼくに何も言わずに出てっちゃったわけ!?」
マイキーは思わず大声を出していた。ブランドも呆れた様子でホワイトボードを見つめていた。
「おれもさっき知ったんだ。まあ、これでふたりは大丈夫ってことさ。それより、町が大変だ!」
「うん、学校に行こう!」
「そ、そんなあ……」
ブランドは倒壊した図書館を目の前に膝から崩れ落ちた。
「大丈夫だよ」
ブランドの横に立ったマイキーが、図書館から目を離さないままで言った。
ブランドが頷き、立ち上がると、マイキー、ブランド、ジョージ、バニラの4人は再び歩き始めた。
学校はもう、目と鼻の先だったが、テレビの映像が嘘だったかのように不気味な静けさに包まれている。ここに来るまでの間もバンパイアに襲われるようなことはなかった。しかし、まるで雨上がりの水たまりのようにアスファルトを赤く染め上げている血溜まりが、無慈悲にも現実を突き付けていた。
4人は、慎重な歩みで校門を通った。
「罠じゃないよな……?」
ブランドがあたりを見回しながら呟くように言った。
「指定避難場所は体育館だ。行こう」
マイキーはそう言って身をかがめながら歩き出した。
ベネディクトミドルスクールの体育館は、校門から見て校舎の裏側にある。校舎とは直接つながっておらず、普段の授業で使うときは一度外に出て移動する必要があった。
やがて、4人は体育館にたどり着いた。入り口の扉が締まりきっておらず、1インチほど隙間ができていた。校舎とは違い、体育館の中からは人の気配がした。
「避難者だ」
ブランドが小声で言った。マイキーは、黙って口の前に指を立てて、"静かに"のサインをすると、そっと扉の隙間から中を覗き込んだ。
中には大勢の人がいた。マイキーは、最初は避難者だと思ったが、すぐに違和感に気がついた。体育館内の全員が、まっすぐに直立し、マイキーたちに背を向けてステージの方を見つめていたのだ。マイキーはすぐに扉から離れると、ブランドたちを振り返り、声を潜めて言った。
「何かおかしい」
「バンパイアか?」
「そうかも」
「逃げよう」
4人は足音を立てないよう、慎重にその場をあとにした。
「どうする?」
校門のあたりまで戻ってくると、ジョージが立ち止まって聞いた。マイキーたちも立ち止まる。
「どうするって、逃げるしかないだろ!」
ブランドが言った。
「校舎の方は?」
マイキーは校舎に一瞬視線を向けた。体育館とは違い、人の気配はしない。
「中に誰かいるかも」
「その可能性はあるな」
マイキーとジョージは校舎に向かって歩きだし、バニラはブランドと二人の後ろ姿を交互に見たあとマイキーたちの方へ小走りに向かっていった。
「マジかよ!?」
ブランドはがっくりと肩を落とし、しぶしぶと3人の後を追って歩きだした。
一行は物音を立てないよう慎重な足取りで校舎の奥へ進んでいった。やがて、先頭を歩いていたマイキーが立ち止まり、3人に"そこで待っていろ"のジェスチャーをすると、ひとりで奥へ進んでいった。彼は少し行ったところの扉(3人もすぐにそこが保健室だと気付いた)の前で再び立ち止まり、壁にピッタリと背中をつけて、そっと部屋の中を伺うと、振り返り、3人に手招きした。
「どうした?」
ブランドがマイキーのそばまで行くと、声を潜めて聞いた。
「グリーン先生だ。どうしよう?」
「どうしようって、ここまで来たら入るしかないだろ!」
その時、突然、背後で扉が開き、ふたりは驚いて飛び上がった。ふたりが振り返ると、そこには白衣を血で真っ赤に染めたグリーン先生が立っていた。
「あら、マイキー!」
グリーン先生はマイキーを見て声を上げたあと、少しだけ保健室から顔を出して廊下を見回した。
「みんな、早く中に入って」
ブランドとジョージは血だらけのグリーン先生に対して警戒心を抱いていたようだが、マイキーに促されると、恐る恐る保健室に入っていった。
「ここは安全よ。よく来れたわね、あいつらに会わなかった?」
グリーン先生は、最後に部屋に入ったジョージが扉を閉めたのを見て話し始めた。
「なんだよこれ……」
ブランドは壁ぎわまで後ずさり、困惑した表情で"手術モード"の保健室を見回した。
「うん、大丈夫だったよ」
マイキーはブランドを他所に応える。
「やつらは体育館に集まってる」
「お客様ですか?」
その時、グリーン先生の背後のカーテンが開き、中から人型の何かが出てきた。宇宙刑事ギャバンとC3POを足して2で割ったような外見のそれは、マイキーたち4人を見回した。その視線がバニラのところでピタリと止まる。
「おお!プリンセス!覚えておいででしょうか!わたしです!」
「……だれ?」
バニラはぽかんとした様子で首を傾げた。
「なんと!いや、しかし、すっかり姿が変わってしまいましたから、無理もないでしょう。わたしですよ、シードル・ガードナー、アクモ城の守衛の」
「ああ!」
バニラは納得した様子で手をぽんと叩いた。
「あなたもバンパイア?」
マイキーはシードルに聞いた。
「ええ、そうです。もっとも、いまはサイボーグ・バンパイアと言ったほうが的確かと思いますが」
そういうとシードルは、両腕を頭の横に掲げてみせた。腕のあちこちのハッチが開き、ガチャガチャと音を立てながら小さいアームやナイフ、懐中電灯、銃口のようなもの、ライター、それから、泡立て機にスマートフォンなどが展開し、再びスムーズな動きで収納された。
「キングの怒りを勝ったわたしは瀕死の重傷を負い、命からがらゲートを使ってこの世界に逃げてきたのです。そして、ドクター・グリーンの手術によって一命を取り留めました。……もしや、あなたはマイキー・マックイーンですね?」
マイキーは頷いた。
「キングからお話を伺っております。プリンセスを誘拐したと……」
「違うよ!バニラが勝手にゲートを使って来たんだよ!ぼくが召喚するはずだったのはファーピー・グレイマウスっていう下級バンパイアさ!」
マイキーは憤慨した様子でまくし立てた。
「左様でありますか。しかし、真実がどうであれ、すでに始まってしまったものはどうしようもありません」
「始まった?始まったってなにが?」
「ヘルズゲートが開かれようとしているのであります」
「"地獄の門"?」
マイキーはその言葉にこそ聞き覚えは無かったものの、嫌な予感を感じさせるにはその名前だけで充分だった。
シードルはどこか遠くを見つめるような眼差しで(といっても、彼の目はカメラのレンズのようなものが目の位置に2つ並んでいるだけであったが)ゆっくりと語り始めた。
「我らドラキュランドでの暮らしは、他の世界と行き来することで成り立っているのはご存知ですね?」
マイキーとジョージは頷いたが、他はぽかんと口を開けたまま話しを聞き流していた。
「異世界と一口に言いましても、実際は数多く存在します。現在では、主な移動先はこの地球でありますが…… ただ、我々にとって地球が大変都合が良かったというだけに過ぎません。人間はたくさんいますし、我々の食料となる血液を多量に含んでおりますし、欲深い生き物ですから召喚していただくのも容易です。そのうえ、弱っちいので簡単に殺せて危険もありません……おっと」
彼はそこで慌てて口をつぐんだ。ブランドが青ざめた顔で今にも倒れそうになっているのに気がついたのだ。
「失礼、話が逸れました。ゴホン、とにかく、我々が知っている異世界は地球だけではないということを言いたいのであります。そして、その異世界の中には、大変危険で恐ろしいものもあります。それらの異世界へは行くことができないように、王国で封印を施してあるのです。その封印こそがヘルズゲート……」
「バカな!そんなものを開いては大変なことになるぞ!」
ジョージが叫んだ。
「ええ、しかし、キングは、プリンセスを盗んだ地球に対して、報復をお望みです。地球でヘルズゲートが開かれれば、たちまちこの世界は滅びてしまうでしょう」
「そもそも、どうやってバンパイアたちは地球に来たの?誰かが召喚したってこと?」
マイキーの問いに、シードルは顎に手を当てて考え込んだ。
「ええ、そうとしか考えられません。先ほどこの部屋に来た人間がおります」
「いったい誰が?」
「ジャックよ」
グリーン先生が答えた。
「ジャック・ジャッカルランド!?」
「違うわ、"リッパー"よ。ジャック・ザ・リッパー」
そういうとグリーン先生は手術台の脇のトレーに置かれた斜めに切断されたサイコガンに目を向けた。
「彼にはスペシャルな新しい腕をあげたの。それから、墓地に行くと言っていたわ。ダークスコア墓地。彼は何かを企んでいる」
「すぐに行こう!」
ジョージが声を上げ、バニラとブランドが頷いた。
「ちょっと待って!」
外に飛び出そうと、扉に手をかけていたジョージが動きを止めて、振り返った。
「どうした?」
マイキーはグリーン先生に向き直る。
「まだ学校に避難してくる人がいるかもしれません。どこか他に安全な場所へ逃げるよう誘導しないと」
「ここは安全よ、わたしはバンパイアの治療係として保護されてるわ。彼もいるしね」
シードルが頷いてみせた。
「でも、ここに匿うわけにはいかないわ」
その時、ジョージの背後で勢い良く扉が開いた。
「話は聞かせてもらったわ!」
「エイプリル!?」
そこに立っていたのはエイプリル・キャッスルだ。その後ろには、男の子がふたり、ビシッと手足を揃えて直立していた。その頭にはハチマキが巻かれ、そこに"APRIL CASTLE"と書かれている。クラスメイトのエイプリルキャッスル親衛隊だ。
「わたしたちもここに避難してきたの。ここは任せて」
エイプリルはそういうと、振り返り、親衛隊のひとりに向かって話し始めた。
「あんたは、すぐに他の親衛隊を連れてきて」
「はい!」
指示された親衛隊はビシッと敬礼をしたまま固まった。エイプリルが話し始めるのを待っているのだ。
「今すぐ!」
それを見たエイプリルは怒鳴り声を上げた。親衛隊は慌てて、玄関の反対方向に走り去ろうとしたが、すぐに向きなおり、玄関の方へ走っていった。エイプリルはそれを見ると、残ったもうひとりの親衛隊に視線を向けた。
「あんたは、ここに残って避難してきたひとに安全な場所を教えてあげるのよ」
「安全な場所?」
親衛隊は聞き返した。エイプリルは、親衛隊に何かを差し出した。チャリンと金属がぶつかる小さい音がする。
「わたしの家の鍵よ。あそこなら安全だわ。核爆弾に耐えられる地下シェルターもある」
親衛隊は、震える手でその鍵を受け取った。
「ただし!」
エイプリルは、声色を変え、親衛隊を睨みつける。
「わたしの部屋は見ちゃダメだからね!わかった?」
「はい!」
親衛隊は、ビシッと敬礼し、玄関の方へ走り去っていった。
「ナイス」
マイキーは言った。エイプリルは振り返り、にこっと笑った。
「やつら、普段は邪魔なだけだけど、たまには役に立つのよ。プリンもたくさんもらえるしね」
「きみは……」
「もちろん行くわよ」
「よし、準備は整ったな」
ジョージが確認するようにみんなを見回した。全員が、それに応えて、力強く頷いた。
「準備完了!」
ダークスコア墓地にバンパイアの声が響き渡る。
「へへへ、いいぞ!」
リッパーが狂気的な笑い声を上げた。彼の目の前には、掘り返された奇妙な赤い棺と、異様に青白い顔をした男が並べて置かれている。男は目を閉じ、ぐったりと寝そべっていた。バンパイアの死体である。
リッパーは満足げにその光景を見下ろすと、ラベルの貼られていないペットボトルを取り出した。聖水、ドクターペッパーだ。彼はペットボトルのキャップを外し、歪んだ笑みを浮かべながらゆっくりと容器を傾けていく……
そのときである!
「ぎゃあああ!」
突如として墓地に悲鳴が響き渡った。リッパーは、手を止め、あたりを見回す。あの声は、彼が連れてきたバンパイアのひとりだ。
そして!
「ぎゃあああ!」
悲鳴再び!
「ぎゃあああ!」
「ぎゃあああ!」
「ぎゃあああ!」
次々と響き渡る悲鳴に、リッパーはパニックに陥り、意味もないのに叫んだ!
「ぎゃあああ!」
額に汗を浮かべながら、素早い動きであたりを見回す。
「な、なんだ!?なんなんだ!?ヒッ!」
狼狽えるリッパーは突然ピタッと動きを止めた。彼は目線だけを動かして、自分の顔の横を確かめた。ヤリがあった。おもちゃのような紫色で、それでいて金属の重量感と輝きを持つ三叉槍の鋭い歯が、背後から、彼の首の横に突きつけられているのだ。そのまま横に薙ぎ払えば、リッパーは一瞬のうちに頭とオサラバすることになるだろう。
「だ、だれだ……!?」
リッパーは震える声で叫ぶように聞いた。
「質問に答えるのはそっちだ。なぜここに来た?」
その声はジョージ。彼の背後でトライデンタルを構えているのはジョージだ。
「へ、へへ……」
「何がおかしい?」
ジョージのトライデンタルを握る手に力が篭もる。
「質問の答えを見せてやるのさ!」
リッパーは、狂ったように笑い出した。手に持ったペットボトルを投げる。ペットボトルの中からドクターペッパーが飛び散り、赤い棺を濡らした。
鋭い光があたりを包み、ジョージは怯んだ。そのすきに、リッパーはジョージを突き飛ばし、棺に向かって駆け出した。
光の中に、恐ろしいシルエットが浮かび上がる。地面に倒れていたバンパイアの死体がギクシャクと起き上がったのだ。
マイキーは、光が弱まり消える間際に掘り返された墓石に刻まれた恐るべき名前を視界に捉えた。
起き上がったバンパイアは、両腕を掲げ、高笑いを上げながら名乗りあげた。
「おれはアドルフ・ヒットラーだ!!」
何たることか!リッパーの恐るべき策略によって、悪魔総統アドルフ・ヒットラーが地獄より蘇ってしまったのだ!それも、バンパイアの身体能力を手に入れ、凶悪さは100倍!
「ハイル・ヒットラー!!奴らを蹴散らしてください!!」
リッパーは手揉みをしながら仁王立ちするヒットラーに歩み寄ったが、虫けらのように振り払われ、地面に倒れ込んだ。
「おれに命令をするな!愚か者め!」
ヒットラーが、地獄のそこから響くような恐ろしい声で吐き捨てるように言ったが、リッパーは構わず、地面に倒れ伏したまま狂ったように笑っている。
「おお!凄まじきパワー!」
ヒットラーは、リッパーを冷たい眼差しで一瞥すると、マイキーたちに視線を向けた。
「死ぬ前におれの復活を見るとことが出来たことに感謝するといい!我が復活の宴に、貴様らを血祭りにあげてくれよう!」
一瞬のうちにヒットラーがジョージに迫る!人間の身体では不可能な凄まじいスピードだ!
ジョージは咄嗟にトライデンタルを構えたが、ヒットラーの一撃で呆気なく吹き飛ばされた。その手を離れたトライデンタルが回転しながら宙を舞う!
すかさずバニラが跳躍し、トライデンタルを空中でキャッチすると、ヒットラーの背後を取った。
ヒットラーは、口元に笑みを浮かべながら振り返り、長距離バックステップで距離を離す。
「フハハハハ!おもしろい!少しは骨のあるやつがいるじゃないか!」
再び地面を蹴り、バニラに接近するヒットラー!
マイキーは、あたりを見回し、状況を把握した。
ジョージは、ブランドとエイプリルに引っ張られ、墓石の陰に避難している。バニラはヒットラーの攻撃を受け止め、彼の高速近距離攻撃にトライデンタルで応戦していた。
リッパーは、上体を起こしその様子をニヤニヤしながら眺めている。
マイキーは、リッパーの方に歩み寄った。
「リッパー!どうやって死者蘇生の方法を?」
リッパーは、ヒットラーたちの戦いを1秒でも見逃すのが惜しいとばかりに、マイキーの方を一瞬だけ見るとまた戦いに目を向け、そのまま答えた。
「ジャックから聞いたのさ!どうやっておれを復活させたのかをね!」
「やつを復活させて何をするつもりだ?」
リッパーは、ヒットラーたちから目を離さないまま、右手だけを持ち上げ、マイキーに向けた。その腕には以前のサイコガンを一回り巨大にしたようなものがついていた。
「質問が多いやつは嫌いだぜ」
サイコガンが蛍光ピンクのレーザーを放つ!マイキーは咄嗟に地面に倒れ込み回避!
リッパーはマイキーの方を見て、ため息をついた。
「避けるなよ!」
今度はマイキーにしっかりと目を向けたまま、離さない。
マイキーは、再び立ち上がり、回避しようとしたが、動きが止まる。
サイコガンの銃口と、マイキーを結ぶ、その延長線上には、墓石に寄りかかったジョージと心配そうに彼を見守るエイプリルとブランドがいたのだ。
マイキーが避ければ、彼らは助からない。
しかし、無慈悲にもリッパーは彼の動揺を見逃してくれはしなかった。
直径3インチの巨大な銃口からレーザーが発射される!
次の瞬間!凄まじい爆音が鳴り響き、あたりをピンク色の輝きが包み込む!まるで地震のように大地が揺れ、やがて、麻痺した視覚と聴覚がその機能を取り戻した。
まず、マイキーは、自分が無事であることを知った。うつ伏せに地面に倒れ込み、口の中で砂と血の入り混じった不快な味を感じた。
視界の済に、ジョージたち3人を捉えた。その目の前にかざした腕がゆっくりと下ろされると、3人の恐怖と衝撃が入り混じった表情が現れた。
バニラはヒットラーの攻撃をトライデンタルで受けたそのままの格好で固まっていた。その腕に力が入っている様子はない。ヒットラーも固まっていたのだ。
だが、その場にいた誰よりも衝撃を受けていたのは、リッパー自身である。
目を見開き、信じられないという様子で、粉々に砕け散った自分の右腕を見下ろしていた。
その右腕があった場所には、いまは別の鉄の塊があった。
高速回転するギザギザの刃をもつ巨大なハサミのようなそれが、彼の横から突き出され、その右腕を破壊したのだ。
その悪魔的マシンの持ち主が、満足げな笑みを浮かべながら、マイキーの方に振り返った。
「命拾いしたな!」
リッパーが、男に気が付き、憎しみのこもった震える声でその名を口にした。
「ジャック・ジャッカルランド!!」
ジャックは、新たな左腕、巨大なハサミのような形状のチェンソー!ハデスクロー(マイキーが心の中で勝手に命名した)をなぎ払い、リッパーを突き飛ばした!
「な、なにを!!」
墓石に強かに背を打ち付けたリッパーは、血を吐きながらゴボゴボと声を上げた。
「おまえの命はおれのもの!勝手におれさまのおもちゃで遊ばれちゃ困るんだよ!」
「フン、おもしろい!」
ヒットラーが鼻で笑った。その声にジャックは振り返る。
「なんだおまえは?」
ヒットラーは、バニラの不意をついて突き飛ばすと、ゆっくりとジャックの方へと歩きだした。
「おれさまは、悪魔総統アドルフ・ヒットラー!」
「ヒットラーだと?ふざけるな!」
「すこし遊んでやる!」
ヒットラーがバンパイア身体能力速度でジャックに飛びかかった!ジャックは咄嗟に掲げたハデスクローで受ける!ヒットラーは素手、その手の皮膚が、肉が高速回転するハデスクローの刃に削り取られるのも厭わず、バンパイアパワーで押し付けていく!
ジャックにはハデスクローがあるといえど、所詮は普通の人間!一方的に、押されていく!
バニラが立ち上がり、隙をついてヒットラーに背後からトライデンタルを突きつけようとするが、ヒットラーは一瞬のうちには振り返り、腕でバニラの攻撃を受けると同時に、後ろ蹴りをジャックにお見舞いする!バニラの攻撃の威力を上乗せしたバンパイア二人分の超物理学的エネルギーがジャックを超高速で吹き飛ばした!!
バニラはヒットラーの反撃を予知し、飛び離れ、回避!
「フハハハハ!二体一か?いいだろう!かかってこい!」
挑発するヒットラー。しかし、バニラは、さらに飛び離れると、そのまま走って墓石の陰に隠れる。
「どうした?逃げるのか?」
「おまえの相手はおれだ!」
ヒットラーの背後からハデスクローが迫る!
ふたりが激しくぶつかり合っている隙をついて、マイキーはバニラが隠れた墓石の方へ駆け寄った。
「いったい、どうしたんだ?」
「あのひと、ゴハンじゃないから……」
バニラは不満げに答えた。
「そんなことかよ!」
「はい!」
バニラはトライデンタルを投げて寄越した。マイキーは慌ててそれを受け取る。
「はあ?ぼくに戦えって言うのか!?」
「行って!」
バニラは突然マイキーを突き飛ばした!トライデンタルを持ったマイキーは、そのままヒットラーの背後に飛ばされていく!
ヒットラーは振り返り、右手でハデスクローを押さえたまま、左手でトライデンタルを掴み、マイキーごと持ち上げた!マイキーは必死で槍にしがみつき、もがいた。
「骨のないやつめ!」
次の瞬間!ヒットラーがうめき声をあげた。ヒットラーは自分の足元に視線を向けた。その太腿になにか鋭いナイフのようなものを突き付けているのはバニラだ!
さらに、ヒットラーが怯み、一瞬力が抜けた隙に、ジタバタと暴れていたマイキーの足がその顔面、目の当たりに決まる!
ヒットラーは、咄嗟に顔を庇おうとして反射的に右手を離した。
ハデスクローが自由になったのだ!ジャックはハデスクローを引き戻し、そして、一気に付き出した!
SMAAAASH!!
金色のエクトプラズムのシャワーがシャンパンめいで降り注ぐ!!ヒットラーの首が弾け飛び、宙を待った。
その腕の力が抜け、トライデンタルが離されるとマイキーは地面に倒れ込むように着地した。
マイキーは、バニラが手に持っているものをよく見ようとした。すこし大きめなナイフのようなそれの黄ばんだ白色を見て、すぐにそれがなんなのかがわかった。
元ジャック・ジャッカルランドの腕だ。
彼の体から切り離されてからは、バニラのお気に入りのおもちゃになっていた"骨フリスビー"は、ナイフのように鋭く削られていた。
バニラは、地面に転がった憎しみの表情を貼り付かせた青白い生首に向かってつぶやいた。
「骨ならここにあるよ」
「ワオ」
マイキーは、驚きと困惑が入り混じった声をあげた。
「いい作戦だったね。驚いたよ。きみって…… その…… あんまりかしこいと思ってなかったから」
バニラは"いつものニコニコ顔"で、マイキーを振り返った。
「ばにら、かしこい?」
「うん」
「どのくらい?」
マイキーは、トライデンタルをバニラに差し出した。
「アインシュタイン並みだよ」
バニラはトライデンタルを無視してマイキーに抱きついた。
「やめろって!」
マイキーは、バニラを引き剥がすと、ジョージのことを思い出し、慌てて彼が倒れている墓石に駆け寄った。
「大丈夫!?」
「ああ、おれも歳だな」
そういうと、ジョージは呻き声をもらしながら、膝に手を付いて立ち上がった。
そして、自分が寄りかかっていた墓石を振り返り、ふん、と鼻で笑った。
「死に場所にはお誂え向きだが、あいにくまだその時じゃないようだな」
"George・McQueen"
それが、その墓石に刻まれた名前だった。
ジョージはマイキーを見てニヤリと笑った。マイキーも笑い返した。
「残る仕事は……」
その場にいた全員の目が、いつの間にか地面を這って逃げようとしていたリッパーに向けられた。リッパーが、恐怖に青ざめた表情で振り返り、悲鳴を上げた。
「インタビューといこうじゃないか」
『PART6:ドーン・オブ・ザ・ヴァンプ』
PART7につづく
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