PART5:バック・トゥ・ジ・アース
"不死身の男"ギルバート・ガイウス、ついに逮捕!
何度も交通事故にあって重症を負うも、そのたびに奇跡的な回復を見せる"不死身の男"こと、ギルバート・ガイウスがついに逮捕された。
罪状は当たり屋行為。以前から指摘があったもの、悲劇の主人公を演じ、まんまと回避してきた彼だったが、今度ばかりはそうはいかない。
数々の当たり屋行為で、多額の慰謝料を手に入れてきた彼の今度の標的はなんと警察の覆面パトカーだったのだ!
"自称"ツイてない男だった彼も、これにて正真正銘のツイてない男となったってわけ!
ギルバート・ガイウスは死刑を言い渡され、現在はショーシャンク刑務所にて服役中である。
「ねえ!」
ライル・ラップキャストは、その声にはっとして顔を上げた。
「あら、マイキー。どうしたの?」
マイキーが図書館に来るのは久しぶりだった。彼らは研修旅行に行っていて日本にいなかったのだから、当然だ。
「本を借りようと思ったんだけど、棚に無くってさ。貸し出し中かな?」
「待って、調べてあげる」
そういって、コンピューターで検索をかけたライルは首を傾げた。
「誰も借りてないよ。おかしいね、図書館にはあるはずなんだけど」
それから、ふたりは棚の前まで行って探したが、確かにそこには無いようだった。
「明日また来なよ。探しといてあげるから」
「ありがとう」
マイキーは礼を言って、棚の前をあとにすると、児童書コーナーに向かっていった。そこで、バニラが小さい寝息をたてながら丸まって眠っている。放課後の図書館では、近くの学校に通う小学生のために読み聞かせをしているが、この時間になると、読み聞かせは終わりになる。バニラは読み聞かせが終わると、しばらくしてそのまま寝てしまうのだ。
「ほら、帰るよ」
「王子様…?」
バニラはとろんとした目でつぶやいた。
「やめろよ、王子様って呼ばれるといろいろ思い出して鳥肌立つんだよ。さ、ほら立って!」
マイキーは、バニラの手を引っ張ってむりやり起こし、ふたりで図書館を出た。
「マイキーじゃないか!」
「お兄ちゃん!?」
図書館の前に突っ立っていたのは、ブランド・マックイーン。マイキーの3つ年上の兄だ。
「おまえ、図書館なんて行くんだな!字読めないかと思ってたよ」
ブランドはへらへら笑った。
「適当なこというなよ!」
「やあ、バニラちゃん。おれのこと覚えてる?」
ブランドはマイキーを無視してバニラに話しかけた。
「うん!」
バニラはニコニコしながら答える。
「そうかそうか、デートしてたの?」
「うん!」
「違うって!」
マイキーが慌てて遮ったが、ブランドは意に介さない。
「なんだよ!恥ずかしがることじゃないだろ?手なんか繋いじゃってさ!」
マイキーは慌ててバニラの手を離した。図書館でバニラを起こしたときからずっと握ったままだったのだ。
「お兄ちゃんこそ、何してるんだよ」
「あ?え?おれか?ああ… そうだな…」
ブランドは一瞬迷ったようだが、誰に聴かれるわけでもないのに声を潜めて話し始めた。
「おまえ、あの人と知り合いなのか?」
「え?あの人って?」
「司書の女の人だよ、薄い色の髪の……」
「ライルのこと?」
「ライルっていうのか!やっぱ知り合いなんだな!」
ブランドは急に声を大きくした。
「な、頼むよ、おれのこと紹介してくれよ!」
「もしかして、ライルのこと好きなの!?」
マイキーが驚いて聞き返した。ブランドは狼狽えた様子で、一瞬ぎくっと固まった。
「あ、いや、そういうんじゃなくてな…」
「人に隠すなって言っといて隠すのかよ!」
「はあ…」
ブランドはため息をついて、"参った"と、両手を上げて見せた。
「そうだよ」
「明日の放課後、ここで待ってて」
ブランドはマイキーの言葉を飲み込むのに少し手間取ってポカンと固まっていたが、やがて、意味がわかるとマイキーの肩を掴んで激しく揺さぶった。
「ありがとう、親愛なる我が弟よ!」
そして、マイキーから離れると、バニラに話しかけた。
「バニラちゃん、偉大なる我が弟を褒めてやってくれ!」
「わかった!」
バニラは頷くと、マイキーに抱きついた。
「マイキーかっこいい!」
マイキーは慌ててバニラを引き剥がした。
「やめろって!」
すっかり日は暮れ、道は街灯の弱々しい灯りに照らされて黄色く闇が切り取られた場所を頼りに歩くしかない。
そんな中、目に止まった1枚の紙切れに、ライルは足を止めた。
道路の真ん中に落ちている古びて黄ばんだ紙切れ。
「"ページ"……」
ライルは、歩道から出て、その紙を手に取った。
急に、あたりが明るく照らされ、ライルは目をつぶり、顔を逸らした。
鳴り響くクラクションに驚き、目を開けたときにはすでに遅かった。
トラックのブレーキ音が、耳をつんざく悲鳴を上げる。
ドンッ!
そして、ライルの意識は途絶えた。
「来てない!?」
図書館中の人が、ブランドが上げた大声に振り返った。
「ああ…すみません」
「今日は、朝から来てないんです。連絡もとれなくて…」
ライルの代わりの司書が、不安そうに言った。
「探してきます!」
「ええ!?ちょっと…」
司書が止めるのも聞かずに、ブランドは図書館から飛び出した。
「ちょっとお兄ちゃん、あてはあるの!?」
マイキーは、ブランドを追いかけながら聞いた。
「ない。おまえは?」
「ないよ!」
「はあ!?」
ブランドが立ち止まり、マイキーの肩を掴んで揺さぶった。
「なんでないんだよ!!知り合いなんだろ!?」
「知り合いって言ったって、ほんとに名前くらいしか知らないよ!」
ブランドは、乱暴に手を離した。ブランドはガタイがよく、力もあったので、小柄なマイキーは、突き飛ばされたように吹き飛んで地面に倒れた。
「おまえには失望したよ!もういい!おれひとりで探す!」
そのままブランドは中学校の方に向かって歩きだした。
「大丈夫?」
バニラが、マイキーのそばにしゃがみこんで聞いた。
「あのクソアニキ……」
マイキーは歯を食いしばり、絞り出すような声で憎しみを込めてつぶやいた。そのとき、強い風が吹き、1枚の紙が彼の顔に飛んできて張り付いた。マイキーは慌てて剥がしたそれを見て、ガバッと立ち上がった。
「"ページ"だ!あの本の!」
「ひいおばあちゃん!いるんだろ!」
家に帰ったマイキーは、自分の部屋に駆け込むなり、空中に向かって呼びかけた。
まるまると肥ったハエがどこからともなく飛んできて、マイキーの耳に止まった。
「なんだい、久しぶりだね!すっかり忘れられて、このままハエとして一生過ごすのかと思ってたよ!いや、でもハエとして生きるのも悪くないね!なかなか楽しくなってきたよ」
「これ見てよ」
マイキーは、ベッドの上にドサッと座り、膝の上に、拾ってきたページを乗せた。ハエ……マイキーのひいおばあちゃんであり、マイキーにあの本を与えた張本人であるドローレスは、マイキーの耳を離れ、ページの上に止まった。
「おやおや、これは……」
ドローレスは、そのままページの上を這い回り始めた。
「読めるの、ひいおばあちゃん?」
そのページの中心には魔法陣のような物が描かれており、その周りに、円を描くようにして文字が書かれていたのだが、マイキーが知っているどの文字とも異なる、曲線を組み合わせたような独特のものだった。
「わたしにもわからないねえ…… ジョージなら読めたかも知れないが」
「ジョージって、ひいおじいちゃんだよね。ひいおじいちゃんも"本"のことを?」
「あの本は、もともとジョージの物だったんだよ」
ドローレスはページから飛び離れて、マイキーの耳に戻ると、話し始めた。
「ジョージは本の研究に没頭して、ある日、わたしにも他の家族にも何も言わずに、数週間行方不明になったことがあってね…… わたしはカンカンに怒って、帰ってきたジョージに怒鳴り散らしたんだよ。それで、反省したのか、これは預かっていてくれって、本をわたしに託したのさ」
マイキーはページを裏返したり、蛍光灯の光に照らして透かしてみたりしながらドローレスの話を聞いていた。
「まったく、人が話してやってるのに…… そういうところがジョージにそっくりだよ」
「どっかで見たことあるんだよな……」
マイキーはページに鼻が当たるくらい顔に近づけて、文字を睨みつけ、それから、突然ガバッと立ち上がった。ドローレスが驚いて飛び離れる。
「そうだ!!バニラに聞いてみよう!!」
「バンパイアは関係ないと思うけどねえ!」
ドローレスがマイキーの頭の周りを飛び回りながら言った。
「なんでさ?バンパイアたちは召喚してもらいたくて、人間に本を渡したんだろ?」
「違うね!だったら、なんで召喚と関係ない呪いや魔法でページを割くんだい?目移りしちまって召喚されなくなっちまうだろうが。つまりね、本を作ったやつがバンパイア召喚を知ってて本に載せたってだけで、バンパイアがこの本を作ったってわけじゃないのさ!」
「バニラ!」
マイキーはドローレスを無視して、屋根裏のバニラに呼びかけた。
「なあに?」
バニラがはしごを降りてくる。手にはまだ血を滴らせている人間の腕が1本抱えられている。グロテスクな切り口から溢れた血が、床に点々と赤い染みを作った。
「誰のだよ!」
「ばにらのだよ」
「違うよ!誰から取ったんだって聞いてるんだ!」
「それはねー、秘密!」
バニラはニコニコしながら答える。
「とにかく、ぼくの部屋に持ってこないでくれよ」
「だめ?」
バニラは目を潤ませて、マイキーの目を見た。
「その手には乗らないぞ」
マイキーは目線をそらしたが、バニラはマイキーを見るのをやめない。
「わかったよ!好きにしろ!」
「やったあ!」
「クソ、あとで掃除しないと…… それより、これ、見てほしいんだけど」
そういって、マイキーはバニラにページを手渡す。
「読める?」
バニラは1通りページに目を通した。
「うん!」
「なんだって!?」
ドローレスが二人の周りをうるさく飛びまわりながら、ぶつぶつと話し始めた。
「本とバンパイアは関係ないはず…… しかし、これがバンパイアの文字だとしたら…… いや、まてよ、つまり、バンパイアに関係する魔法だということだな!」
「バンパイアに関係する魔法?」
マイキーが聞いた。
「これはきっとバンパイアの文字を使って書かれた魔法陣のようなもの……」
「異世界ゲートだ!」
バニラが驚いたような声を上げた。
「異世界ゲートって、バンパイアが地球に来るために使ってるやつだろ?でも、バニラの話じゃ、こんな紙ッペらじゃないよね」
「でも、異世界ゲートにも、おんなじのが書いてあるの」
「待って!」
マイキーはバニラから紙を取り上げると、裏返して見せた。そこには、魔法陣に使われているのと同じ文字で、文章が書かれている。
「バニラ、これは読める?」
「うん、読めるよ。えっとね……」
バニラは、ときどき途切れながら声に出して読み始めた。
『〜バックマン式簡易異世界ゲート〜
R.バックマンの"転生論"に基づく、"異世界移動による時間旅行"を応用した簡易異世界ゲートである。
バンパイアの異世界ゲートをベースにしたものであるが、その仕組みの鍵を握るのは、"つながり"である。("つながり"については前の章を読むように)
この"つながり"は、人を世界に結びつけているものであり、バンパイアの異世界ゲートは、相手の世界への"つながり"を召喚者を通じて利用することで、異世界への移動を可能にしている。
異世界への移動が難しいこと理由のひとつは、"相手の世界へのつながりがない"ということだが、もうひとつに、"自分の世界へのつながりが強すぎる"というものがある。
自分の世界へのつながりが弱まれば、異世界への移動も論理上可能である。
これを利用したのが、この簡易異世界ゲートである。
人は死ぬと、自分の世界とのつながりを失うことは我々の間では常識となっているが、人が死ぬ間際に一時的にこの"つながり"を弱めることができるのである。
以下に、このゲートの使用法を示す。
裏面の魔法陣には、微弱ながら、ドラキュランドとの"つながり"が込められている。
魔法陣に手を触れ、死に近づく行為を行うことで、地球とのつながりを弱め、ドラキュランドへと移動する。
注意事項として、高所からの飛び降りなど、肉体が完全に崩壊する方法をとってはいけない。その場合は、ドラキュランドに到着するころには、肉片となっているであろう。また縄を使った首吊りもいけないとされている。縄は"つながり"の象徴であり、地球との"つながり"が強くなってしまうのだ。
わたしは、馬車に轢かれることでこれを成し遂げたが、それと近い方法が良いと思われる。
その際に出来た怪我は、移動中にリセットされる(もげた部位を除く)。
帰還方法については、次のページに記す』
「簡易異世界ゲート?ドラキュランドに行けるってこと?」
「マイキー!!」
下からブランドの声が聞こえた。階段を上る足音がして、マイキーの部屋の扉が開く。ブランドは手に土埃のついたハンドバッグを持って部屋に入ってきた。
「これに見覚えは?」
「ある。ライルのだ。さっき、別れたところにあったの?」
「そうだ。なんでわかったんだ?」
「ぼくも証拠を拾ったんだよ」
マイキーは、バニラの持つ"ページ"に目を向けた。
「準備はいい?」
マイキーがブランドの目を見て聞いた。
「ああ!いや!ほんとにやるのか!?大丈夫なのか!?」
「ライルを助けたいんでしょ!」
「ああ、で、でも……」
「来た!3つ数えたら行くよ!」
「ちょ、ちょっと待っ……」
マイキーは怖気づいたブランドを無視してカウントを始める。
「3…… 2……」
「おい、おい、本気か?チクショウ……」
「1!!」
「う、うわああああああ!」
「わああああああああ!!」
ふたりは叫び声を上げながら、車道に飛び出す!!向かってくるトラック!しかし、トラックは、ギリギリで反対車線に飛び出して回避!
「バカヤロー!!死にてえのか!!」
運転手が窓から顔を出して怒鳴った!
「そうだよ!ちゃんと轢いてくれよ、役立たず!!」
マイキーが走り去るトラックに怒鳴り返した。
ライルが行方不明になった日の翌日、土曜日。ふたりは簡易異世界ゲートを使いドラキュランドに行くためにトラックに轢かれようとしていたのだ。しかし、ブランドが一瞬躊躇したためにタイミングがずれ、トラックに避ける隙を与えてしまった。
「はあ…… 死ぬかと思った」
ブランドはヨロヨロと歩道に戻る。
「死ななきゃダメだろ!」
マイキーが怒鳴りつける。
「無理だよ!おれ轢かれたことないし!」
「じゃあ、轢かれたことある人にコツを教えてもらう?」
「そんな奴いるかよ!いや、待てよ……」
ブランドは、指先を額に当て、強く押した。何かを思い出そうとするときのクセだ。これをやったあとは、いつも額に赤い跡が残って間抜けな顔になるのだが、本人が気付いていないので、マイキーはあえてそのことを教えようとは思わなかった。
「車に轢かれるプロがいるじゃないか!」
ブランドは額から手を離し、その手で自分の太腿をぴしゃりと叩いた。案の定額は真っ赤になっていた。
「轢かれるプロだって?」
マイキーは思わず聞き返した。
「ギルバート・ガイウスさ!"不死身の男"だよ!」
ショーシャンク刑務所、面会室。屈強な監督看守に連れてこられたのは、小柄だが筋肉質な男。黒と白の縞々の囚人服を着て、鎖付きの手錠を引っ張られ歩いてくる。
「誰だおまえらは?」
男、ギルバート・ガイウスは強化ガラスの向こう側で椅子に座るマイキー、バニラ、ブランドの3人を見るなり言った。
「自由研究の宿題で犯罪者のことでも調べてんのか?ここにはもっと面白い奴がたくさんいるぜ。おれなんか人ひとり殺しちゃいない」
「ばにら、いっぱいころ……」
マイキーは、いらぬことを言おうとしたバニラを、慌てて口を塞いで黙らせた。バニラはニコニコしながらモゴモゴ言っている。
「そんなこと言っちゃダメだって!刑務所だぞ!」
マイキーはバニラの耳元で周りに聞こえないように言った。そんなふたりを他所にブランドが様子をうかがうように、控えめな調子で話し始めた。
「ああ…、ギルバート・ガイウスさん?」
「いかにも」
ギルバートがふてぶてしく答える。
「あ、あはは…、お会いできて光栄です。あの、えっと、ファンなんです…よ……」
看守に睨みつけられ、ブランドの声は弱々しくフェードアウトしていく。
「マイキー!なんとかしてくれよ!あの看守怖すぎるって!」
ブランドはマイキーに助けを求めた。
「じゃあ、えっと、看守がいないところで話す?もっと怖い目に合うかもだけど」
「なんでもいいからやってくれよ!あいつ怖すぎるよ、あれは絶対殺してるね、間違いない」
「バニラ、割って」
「わかった!」
バニラは勢い良く立ち上がると、両手で窓を押した。まるで冬の水たまりに張った薄い氷のように、強化ガラスは粉々に砕け散った。
「は!?マジかよ!?」
ギルバートは慌てて窓から飛び離れ、驚愕に目を見開いた。
「ギルバート!逃げて!」
警報が鳴り響く!ギルバートはパルクールめいた素早い動きで割れた窓から外へ出た。部屋の奥から次々と看守が現れる!
「バニラ、おやつの時間だ!みんな食べていいよ!」
「やったあ!」
バニラはトライデンタルを構え、看守たちに突撃していった。
マイキー、ブランド、ギルバートの3人は、ショーシャンク刑務所を後にし、走り去った。
「おまえら、いったいなんなんだよ!?」
ギルバートは走りながら、混乱した様子で叫んだ。しかし、ブランドは彼を無視してマイキーに話しかける。
「バニラちゃん、おいてきちゃって良かったのか!?」
「大丈夫だよ、看守も囚人も全員あの世行きだから、凶悪犯が野に放たれる心配はない」
「いや、そうじゃなくて、一緒に来なくてよかったのか!?それに、凶悪犯ならいま横にいるからな!」
「バニラをドラキュランドに連れてく訳にはいかないんだよ!説明したでしょ?バニラのことをドラキュランド中のバンパイアが探してるんだから」
「オーケー、わかった。で、次はどうするんだ?」
マイキーは、ちらっと後ろを振り返り確認すると、立ち止まった。
「もう大丈夫!追ってこない!」
ブランドとギルバートも立ち止まった。
「おい!無視しやがったな!いったいなんの真似だ!?説明しろ!」
膝に手をついて息を整えるブランドにギルバートが怒鳴りつけた。ブランドは手を少し上げて"ちょっと待て"のジェスチャーをして見せた。ギルバートはブランドが話せるようになるのを腕組みして待つ。やがて、ブランドが話し始めた。
「教えて欲しいんだ。その、プロの轢かれ方をね」
「なんだと?」
「外に出してやったんだから、そのくらいいいでしょ?」
ギルバートは、ブランドとマイキーを交互に見た。
「その体で?一発で死ぬぞ」
「死んでもいいんだよ、治るから」
マイキーが言った。ギルバートは眉根を寄せて、少し考え込むような表情を見せたが、面倒になったのかふたりを見て頷いた。
「いいだろう。ただし、自己責任でな」
「ロスター」
ロスターは声に振り返り、驚いて飛び離れた。持っていた便箋が地面に落ちる。
「バニラ!?いったいどうしたんだよ!」
そこに立っていたのは、頭の上からバケツでペンキを被ったかのように真っ赤に血に染まったバニラだった。
「おやつ食べてたの」
「お、おやつ……?」
「これ」
バニラは急にしゃがみこんだかと思うと、ロスターが落とした便箋を拾い上げた。
「親愛なるミザリーへ……」
ロスターは慌ててそれをひったくる。
「ちょっと!読まないでよ!」
「好きなの?」
「え!?」
「ふうん」
バニラは便箋をバシッと奪い返す。
「ぼっしゅう!」
「なんで!?」
「いまからミザリーのとこ行くの!逃げたらこれ、みんなに見せる」
「ジャックよりひどいやつは、はじめて見たよ」
「だれのこと?」
「なんでもない……」
「いいか、ようは度胸とタイミングだ!」
マイキーとブランドの背後に立ったギルバートが言った。ブランドは背が高いので、小柄なギルバートはすっかりその陰にかくれていた。
マイキーたちの目の前は道路。科学関係の工場が立ち並ぶこの区画は高い塀が多く、見晴らしが悪い。轢かれるには絶好のシュチュエーションだ。
「だが、おまえたちにはそれがない。特におまえ!」
ギルバートがブランドの背中を軽く叩く。ブランドは、突き飛ばされたと思ったのか飛び上がって、慌てて振り返り怒鳴りつけた。
「殺す気かよ!!」
「そうだ!おれは殺す気でやる!おまえらは死ぬ気でやれ!いいな!」
ブランドは渋々道の方に向き直った。
「おまえたちには度胸もなければ、タイミングもわかっていない。だから、おれが後ろから突き飛ばしてやる。それなら度胸もタイミングもいらない。いいな!行くぞ!」
「行くぞ!?行くぞって!?」
ブランドがパニックになり騒ぎ出す。マイキーは塀の陰からさっと顔を出し、道を確認した。トラックが向かってきている!
「1、2の……」
ギルバートがカウントを始めた。
「3!!」
マイキーとブランドは突き飛ばされた。しかし、ブランドはぎりぎりで振り返り、飛び出すまいと、ギルバートの腕を掴んだ。ふたりを飛ばすことに集中していたギルバートは突然前に引っ張られ、そのまま倒れ込むように3人は道路に飛び出した!トラックの運転手が目を見開き、ブレーキが甲高い悲鳴を上げる!
バンッ!
「いてて……」
マイキーは目を開けた。呻き声を上げながら、手をついて立ち上がる。
すぐそばに、ブランドとギルバートも倒れていた。
「起きて、お兄ちゃん!」
マイキーは、ブランドを揺すり起こした。ブランドは、目を開き、ガバッと上体を起こした。手を握ったり開いたりしながら自分の身体を見回し、異常がないことを確認する。
「すげえ…… ほんとに怪我してない……」
「うっ……」
ギルバートが気を取り戻す。立ち上がると、混乱した様子でキョロキョロとあたりを見回し始めた。
「どうなってんだ?」
彼はマイキーたちの方に振り返り、両手を広げてみせた。
「いったい何が起こった?」
「げぇ!ギルバートも来ちゃったの!?」
ブランドは立ち上がりながら声を上げた。
「お兄ちゃんのせいだろ!」
マイキーはその足を蹴っ飛ばした。
「ちょっとあんたたち!」
三人は声に驚き振り返った。青白い顔の女が窓から顔を出していた。
「道端でぎゃあぎゃあ騒ぐんじゃないよ!」
マイキーとブランドは顔を見合わせた。
「バンパイアだ」
マイキーが小声で言った。
「ちょっと!聞いてんのかい!」
「なんだよ、おばさん!喧嘩売ってんのか!?」
ギルバートがツカツカと女バンパイアが顔を出している小窓の方に歩きだした。
「なんだい、あんた!やけに顔色がいいじゃないか!まるで人間だねえ!」
「何わけわかんねえこと言ってんだよ!人間に決まって……」
慌ててマイキーがギルバートのけつを蹴っ飛ばした。
「おい!ガキ!!なんの真似だ!!」
「なーんか、あやしいねえ?そこで待ってな!今そっちに行くからね!」
「まずいよ!どうすんだよ、マイキー!」
ブランドがバンパイア並みに青ざめた顔で言った。
「お嬢さん、その必要はありませんよ」
いつの間にか、3人の背後に立っていた山高帽を被った男が言った。
「やだねえ!お嬢さんだなんて!」
「こいつらはおれの連れでね!ちょいとばかし血を飲み過ぎてるんだ」
「あらそう、どうりで顔色がいいと思ったわ!」
「それじゃあ、急いでるんで、失礼するよ」
そういうと、男はマイキーたちの方を見た。
「ほら、行くぞ」
三人はお互いに目配せをし、頷くと男の後について歩き始めた。
トラックに轢かれてから慌ただしく、見る余裕が無かった景色が目に入ってくる。ピンクや紫といった目がチカチカするような色の建物が立ち並び、道端に目をやれば、どんな図鑑にも載っていない奇妙に捻くれた植物が生えている。
やがて、男は立ち止まり、あたりを見回すと3人に向き直った。
「おまえたち、人間だな」
「え…… いや、ぼくたちは……」
マイキーは慌てて誤魔化そうとする。
「安心しろ、おれは人間だ」
「人間……?どうしてここに……」
「聞きたいのはこっちも同じだ。"本"を使ったのか?」
「どうして本のこと知ってるの!?」
「やはりか。おれが持っているのと同じ類の魔導書だろう。1冊ある以上他にも存在すると考えるのが妥当だと思っていたが、まさかこんなところで出くわすとは」
「他にも本があったなんて…」
「おれはあの本のことをいろいろ調べているんだ。特に"予言"のことをな」
「予言?」
マイキーは聞き返した。
「ああ、あの本は最後に"大いなる禍"について予言しているんだ。と言ってもその頃にはおれは100歳生きておらんだろうが……」
「あの、おれたち人を探していて……」
焦れったそうに話を聞いていたブランドがしびれを切らし、口を挟んだ。
「まさか、おまえたち以外にも人間がいるのか!?」
「そうなんです!」
ブランドが食い気味に答えた。
「薄い色の髪をした女の人、ライルっていうんですけど」
「悪いが他の人間は見ていないな、ライル」
「え?いや、おれはブランドです!ライルは探してる女の人!」
男はハハハとよく通る笑い声を上げた。
「どうりで女っぽい名前だと思ったよ!よろしくな、ブランド!おれのことはマックって呼んでくれ」
そういうと、マックと名乗った男はブランドに手を差し出し、握手を交わした。
「どうも。こいつはおれの弟のマイキー、で、そっちは、驚かないでくださいよ、あの"不死身の男"!」
ブランドはニヤニヤしながら興奮気味にまくし立てが、マックは首をひねっただけだった。
「不死身の男?聞いたことないな」
ブランドのニヤニヤ笑いが消え、代わりに驚きと困惑が入り混じった表情になる。
「ほんとに?ギルバート・ガイウスを知らない?あんなにテレビに出てるのに?」
マックがなにか答えようと口を開いたその時、4人のそばをふたり組のバンパイアがなにやら興奮気味に話しながら通り過ぎていった。
「マジで人間なのか!?」
「マジだって!酒場に運び込まれて、これからパーティだってんだから、行かないわけにはいかないだろ!?」
ブランドはマックの顔を見た。
「いまの聞いた?」
「ああ、聞こえたとも」
「行こう!」
3人はバンパイアの後を追って走り出した。
「おい!どこ行くんだよ!」
慌ててギルバートがその後に続いた。
「いらっしゃい!」
カウンターの中に立った店主が4人に呼びかけた。
「あんたらも、人間目当てだろ!しっかし、そんなに顔色を良くして、ちょっと飲み過ぎなんじゃないかね」
「余計なお世話だ」
マックが答えた。
「へへ、そりゃすまなかったね!ささ、入った入った!」
店主は愛想よく笑うと、手で店の奥へ促した。
「ライルだ!」
店の奥を見たブランドがマイキーに耳打ちした。マイキーは黙って頷く。そこにはすでに10人ほどのバンパイアたちが集まっており、その奥で手術台のようなものの上に手足を縛られたライルが倒れていた。
マックは立ち止まったふたりの背中を押して、店の中に入るよう促した。
「おい、何がどうなってんだよ!誰か説明しろって!」
ギルバートはマックの背中に向かって喚き散らしていたが、彼はそれを無視して歩き続けた。マックは屈み込んでマイキーの耳元に話しかけた。彼はブランドよりもさらに背が高かったので、腰をおり、背中をかなり丸めなくてはならなかった。
「あの子がそうだな」
マイキーは頷く。
「何か作戦は?」
マイキーはまた黙ったまま頷くと、歩き出した。マックを腰を起こし、目を細めてマイキーの背中を見つめた。
バンパイアたちが、マイキーたちに気が付き振り返る。
「よお!見ない顔だな!あんたらもあれだろ?」
椅子に座ったバンパイアのひとりが店の奥のライルを親指で指しながら言った。
「うん、そうだよ」
「んん?」
バンパイアは座ったまま身をかがめ、マイキーにぐっと顔を近づける。
「あんた、めちゃくちゃ顔色がいいが、大丈夫か?」
「へへ、飲み過ぎてんじゃねえのかい!」
そばにいたバンパイアがあとに続く。
「ほら、少しは腹を休めたほうがいいんじゃないか!安心しろよ!あの人間はおまえらの分までおれたちが楽しんでやるからよ!」
まわりにいたバンパイアたちがゲラゲラ笑いだした。「そいつはいい!」「ああ、任せとけ!」などと口々にうるさく囃し立てる。
「マイキー!なにやってんだよ!」
ブランドが周りに聞こえないようにの声を潜めてマイキーに言った。マイキーは無視してバンパイアたちに向かって声を上げた。
「御心遣いに感謝するよ!じゃあ、おみやげだけでも置いて帰ろうかな!」
「ほう、おみやげだと?おもしろい、見せてみろ!」
「あれだよあれ!」
マイキーは、親指を立てて背後を指した。
「ああん?なんだよ、もったいぶるなって!」
バンパイアが急かす。
マイキーは、バンパイアたちの元を離れギルバートのそばに行くと、その手を引いて前に出した。
「あんた人間だよな?」
マイキーはギルバートに聞く。彼は困惑した様子で答えた。
「なにいってんだ、当たり前だろ!」
「なんだと!?」
バンパイアたちがざわつき始める。各々目配せをしあい、頷きあうと、歓喜の色にらんらんと輝く目を一斉にギルバートに向けった。
「な、なんだよ?」
ギルバートが一歩後ずさった次の瞬間!
「かかれー!!」
バンパイアたちが一気にギルバートに飛びついた!
マックが一瞬助けを出そうとしたが、マイキーが止める。
「なんのつもりだ!?」
マックがマイキーに言った。
「あいつは死刑囚だからいいんだよ、ちょっと予定が早まっただけさ」
マイキーは、戸惑うマックを他所にブランドに声をかける。
「早く!今のうちにライルを!」
「ああ、わかった!」
ブランドは慌ててライルに駆け寄ると、拘束を解いた。手足を縛っていたベルトは簡単に外すことができた。
「マイキー!?」
ライルが、マイキーに気がついて小さく声を上げる。
マイキーは、チラッとバンパイアたちに目を向けた。"不死身の男"ギルバートの必死の抵抗に四苦八苦し、マイキーたちには気がついていない。
「逃げよう!」
4人は近場の窓を割って外へ逃げ出した。マイキーは走りながら背後を確認する。追ってくる気配はない。4人はそのまま走って人気の無い路地裏に逃げ込んだ。
「はあ、もうおしまいかと思ったわ」
ライルがため息混じりに言った。ブランドが彼女におずおずと話しかけた。
「あの、おれの名前聞いときたいなあ、なんて思っちゃったりしちゃいませんか?」
「え?」
ライルが顔を上げ、困惑した様子でブランドを見つめ返した。
「よくぞ聞いてくれました!おれはブランドっていいます。マイキーの兄で…… えっと、趣味はお菓子づくり……」
「お兄ちゃん!!」
緊張した様子で一方的にまくし立て始めたブランドをマイキーが遮った。
「なんだよ、マイキー!邪魔すんなって!」
「もう、ここには用はないでしょ!帰ろう!それに、お菓子づくりなんて嘘ついて、台所に入ったことすらないくせに」
「うるさいな、イマドキこういうのがモテるんだよ!そもそもどうやって帰るんだ?」
「あっ」
マイキーは思わず口を開けて固まった。異世界ゲートを起動させることに集中するあまり、帰りのことは考えていなかったのだ。ページはあれ1枚だけであり、帰り方は別のページにあると記してあった。
「まさか、知らないのか!?ふざけるなよ!!」
ブランドはマイキーに掴みかかり激し揺さぶった。
「大丈夫だよ!マックなら知ってるって!」
ブランドはぱっと手を話した。目を回したマイキーがどさりと崩れ落ちる。
「そうだ!マック!どうすれば帰れるんだ?」
「知らないのか!?」
マックは額に手を当ててうつむき、ため息をついた。
「クソ!やっと人間を見つけて帰れると思ったのに……!」
「あんたも知らないのか!?」
ブランドが大声を上げた。マックは申し訳なさそうにコクリと頷く。
「来るのに夢中で帰りのことは考えてなかったのだ。それでおれは1ヶ月くらいここにいて、どうにか帰る方法はないかと考えていたのだ」
「そんなあ!それじゃあ、マイキーとおんなじじゃないか!」
ブランドはがっくりと肩を落とす。
「すまない。"つながり"があれば帰れるというのはわかるのだが、それが具体的にどういったものなのかわからないのだ」
「ちょっと待って!」
マイキーがハッとして声を上げた。人差し指を立て口の前に当てる。
「静かに!なにか聞こえる」
4人は口をつぐみ、耳を澄ます。微かだがたしかに奇妙な音が聞こえた。シャーとか、キラキラとかいった、誰もがアニメやゲームの中で聞いたことがあるあの音だ。
「魔法音だ」
マックが言った。
「魔法音?」
ブランドが聞き返した。
「ああ、バンパイアの異世界ゲートが起動しているときになる音だ」
「異世界ゲートだって!?どこから聞こえるんだ?」
4人はあたりを見回して、音の出処を探る。
「こっちだわ」
ライルが一軒の建物を指差した。
「行こう!」
マックが走り出し、一行も後に続く。
その家に入ると、ベッドに寝転がったバンパイアがいた。部屋の奥には大きな鏡めいたものが置いてある。異世界ゲートだ。
「ん?なんか用?」
バンパイアは4人をチラッと見ていった。
「いいのか、これ放っておいて」
マックが異世界ゲートを指していった。
「ああ、いいのいいの、めんどくさくってやってらんねえっての」
「そうか、ならば使わせてもらう」
「あ〜ん?どうぞどうぞー」
それだけ言うとバンパイアはまた目をつぶって眠り始めてしまった。
マックがマイキーたちの方を見て頷く。4人が、鏡の前に立つと、あたりを眩しい光が包み始め、やがて、視界が真っ白に包まれた。
「ミザリー出てこないね」
バニラがインターホンを16連射しながら言った。
「壊れるよ」
ロスターが不安そうにつぶやいた。
「大丈夫、だいじょ……」
バキッと音がしてインターホンが壁にめり込んで砕け散った。
「あ……」
バニラはその様子を見て一瞬固まったが、今度は扉を両手で交互にガンガンと叩き始めた。
「壊れるよ!」
「大丈夫、だいじょ……」
バタン!と音がして、扉は家の内側に向かって倒れた。
「あ、開いたよ」
「開いたんじゃなくて壊したんでしょ!」
バニラはロスターを無視してどんどん家の中に入っていく。
「ちょ、ちょっと、バニラ!」
ロスターは少し迷った挙句、バニラの後に続いて家に入った。
真っ白だった視界が徐々に色彩を取り戻していく。
「マイキー!?」
「ミザリー!?」
ふたりは同時に声を上げた。
4人は気がつくとミザリーの部屋にいたのだ。マイキーは、床に置かれたファミチキとミザリーが手にした紙キレを見て状況を悟った。
「また魔法を使ったのか!?」
「えっと…… またページを見つけて…… あんまりにも暇だったから……」
ミザリーは申し訳なさそうに愛想笑いを浮かべて答えた。
「マイキー、おまえの友達か?」
ブランドがミザリーを見て聞いた。
「良かったじゃないか、あの子が魔法を使ったおかげで帰ってこれたんだし、終わりよければすべてよし!」
その時、ミザリーの背後でドアが勢い良く開いた。
「ミザリーみっけ!」
「バニラ!?」
マイキーは部屋に入ってきたバニラを見て声を上げた。
「どうしてここに!?」
「マイキー邪魔!」
「ええ!?」
バニラはマイキーたちを部屋の奥に押しやろうとする。
「ロスターがミザリーに愛の告白するから邪魔なの!」
「ええ!?」
今度はミザリーが大声を上げた。
「あっ、言っちゃった」
バニラは慌てて口を抑えた。
「ロスター?そこにいるの?」
ミザリーが困惑しながらも、バニラが開いたまんまにしたドアの無効に向かって声をかけた。
「はあ…… わたし行ってくるわね」
そういうと、ミザリーは部屋を出た。
「ロスター!」
慌てて家を出ようとしていたロスターは、玄関のドアを半分開けたままの状態で固まった。
「待ってよ、逃げないで!ハッキリしなさい」
ミザリーがその背中に呼びかける。しかし、ロスターは扉をあけ、走り去ってしまった。
「はあ……」
ミザリーは、部屋からこっそり様子を窺っていたマイキーたちを振り返り、肩をすくめてみせた。
その日の夜。
ベッドの上に寝転んだマイキーは、その日のことを(ロスターのことを除いて。彼の話はあえて言おうとは思わなかった)ドローレスに話していた。
簡易異世界ゲートの"ページ"は、トラックに轢かれた場所に落ちていた。あのゲートは、移動に使ったあとはその場に残るものらしく、マックも本は元の場所に置いてきてしまっていたと言った。
ページを拾ったあと、マックも本を探してから家に帰ると言ってふたりと別れた。
「まったく帰り方を調べていかないなんて、その子がいなかったらどうなっていたか!」
マイキーが話し終えると、ドローレスが言った。
「それにしても、"マック"とは懐かしいねえ」
「懐かしい?」
マイキーが聞き返したその時、家のベルがなった。ブランドが出たのか、ドアを開ける音が聞こえた。
「マイキー!!来いよ!!」
しばらくして、ブランドがマイキーを呼んだ。
「どうしたんだろう?」
マイキーは玄関に向かった。ドローレスはマイキーの耳に止まったまま、一緒に様子を見に行った。
「マック!?」
玄関に立っていたのはマックだった。
「マイキー、聞いてくれよ!マックがここは自分の家だって言うんだよ!そんなことあるか?」
「あるさ……」
ドローレスがマイキーの耳元で言った。
「驚いたよ、ジョージだ……」
「ジョージ!?」
マイキーが聞き返した。
「なぜおれの名を?」
マックが驚いたように言った。
「マック、名前を教えて」
マイキーが聞いた。
「おれの名は、ジョージ・マックイーンだ」
「ジョージって、ひいおじいちゃん!?どうなってるんだ!?」
ブランドが大声を上げた。
「時間がズレてるんだ……!」
マイキーは簡易異世界ゲートの説明に書かれていたことを思い出していた。
『〜バックマン式簡易異世界ゲート〜
R.バックマンの"転生論"に基づく、"異世界移動による時間旅行"を応用した簡易異世界ゲートである。』
「あの簡易異世界ゲートは、もともと時間旅行をする技術を使って作られたものなんだよ!それで、なにかの手違いで昔のジョージひいおじいちゃんがぼくたちの時代に来ちゃったんだ!」
「なるほど、そういうことか!」
マック……ジョージ・マックイーンは納得したように頷いたが、ブランドは理解していないようだった。
「つまり、ぼくが持ってるのと、ひいおじいちゃんが使った本は同じ本…… ってことは…… 」
マイキーは、声を潜めてドローレスに話しかけた。
「ひいおばあちゃん、ひいおじいちゃんが生きてたら、いま何歳になってるの?」
「……今年でちょうど100歳だね」
「まずいよ!!」
マイキーは大声を上げた。
「ひいおじいちゃん、今年で100歳になるんだ!」
「なんだと!?ということはつまり……」
ジョージ・マックイーンは驚愕に目を見開いた。
「大いなる禍が起こる!」
『PART5:バック・トゥ・ジ・アース』
FIN
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