【コラム】第2回『失われたPART4』

突然ですが、人はなぜ小説を読むのでしょうか?

そこに書かれているのは言ってしまえば、ただの嘘であるというのに。

スリルを味わいたい、感動したい、好きなキャラクターが動いているところを見たい。様々な理由があると思いますが、平たく言えば現実からの逃避。

人々がフィクションの世界に求めているのは、つらい現実を忘れさせてくれる美しい嘘です。


さて、『PART4:ブレス・オブ・カリー』いかがだったでしょうか?

リバイバル版で取り上げたものは、公式記録にて"正史"とされている単行本版のものです。

掲載時期、訳者等によって、数々のバージョン違いが存在することでも有名な本作ですが、このPART4はその中でも特に曰く付きの回であります。というのは、公式記録にも残っていない抹消されたバージョンが存在するからです。


その"抹消されたバージョン"というのは、ふたつ存在し、ひとつは回収騒ぎがあったといわれ、現存するものはないとまで言われるエイトビット初期連載版、もうひとつはあまりの批判に一時エイトビット紙を休刊にまで追い込んだ後期連載版、通称"ダークユニバース"です。


熱狂的なファンの中には初期連載版ときいて、「ただの都市伝説だろう」と突っ込みたくなったかもしれません。たしかについ最近まではわたしもそう思っていました。

しかし、落ち着いて聞いてください。

"エイトビット初期連載版"は実在します。

つい先週、PART4掲載直後のことですが、かなり重篤なF.V.マニアの方から直接連絡をいただきました。その内容は、なんと、「とあるファンの方から伝説のエイトビット初期連載版を譲り受けた」というもの。わたしはぶったまげましてね、ぜひ見せてほしいと頼むと、快諾して下さりました。その節はほんとうにありがとうございました。


さて、肝心の内容ですが、たしかに噂で聞いたとおり、ひと目で別人とわかる文体であり、その内容からもベッキー・ジャブローの手によるものではないと断言できるものでした。

まず、導入からして本編とは別ベクトルのぶっ飛びを見せており、いきなりPART3から10年の月日が経過します。その10年間に何があったのか、なぜ10年経過した時点から始まるのか、等の説明は一切なし。ロックです。

そこへ、これまた唐突に登場する貴士弐意生。それに対するマイキーたちのリアクションは「??????」(原文ママ)というもの。わたしも全く同じ感想であり、ある意味ではとても感情移入できるシーンと言えますね…。

さあ、目の前には強敵貴士弐意生、この窮地をマイキーたちはどう切り抜けるのかと思いきや、バニラが、"骨フリスビー"でお馴染みのジャックの腕の骨を削って作った即席武器を一振りし、あっけなく貴士弐意生はやられてしまいます。

この武器、見覚えありませんか?過去にファンタスチック・バンパイアを読んだ経験がある方ならお分かりになったでしょう。そう、"ジャックソード"です。本編にもこれと同じ、"ジャックの骨を利用した即席武器"が登場し、ファンの間では"ジャックソード"という愛称で親しまれています。

なんとあのジャックソードは本編で登場する随分と前にすでに登場していたのです。

さらに読み進めていくと、今度はサムライトレインが登場します。「サーーーーームライ!!!」(原文ママ)という声とともに登場したサムライトレインに乗って、一行は無事に帰還することができました。このサムライトレインも本編に登場します。ネーミング、帰還に利用される点などが共通しており、まぎれもなくこちらで先に登場しています。

ここからラストまでの展開は、あまりの壮絶さに解説が不能なので、何が起こったのかだけを記述しておきます。

無事帰還した一行は、そこで犬を見つけ、その犬に、"バニラ犬"と名づけます。そして、作者(文字通り"作者"という名前のキャラクター)が登場し、


「ここまで読んでくれてありがとう!!また次回ね!」(原文ママ)


と言い、それに対してマイキーたちが


「誰!?」(原文ママ)


と返して終わります。



これは回収されますね…。

前の方で、"ベッキー・ジャブローの手によるものではない"と述べましたが、これは当時とある事情で連載ができなかったベッキー・ジャブローに代わって、エイトビットのスタッフが書いた『ゴーストライター版』であると言われています。


わたしはこの話は本当であると考えています。ゴーストライターに、回収騒ぎ、そして"とある事情"。これについては後述しますが、ある意味有名な後期連載版"ダークユニバース"にまつわる一連の話と合わせてみると、綺麗に辻褄が合うのです。


さて、ではその"後期連載版"とはどのようなものだったのか、説明いたしましょう。

後期連載版、通称"ダークユニバース"とはエイトビットに『PART4:ザ・グレイブマーカー』のタイトルで掲載されたストーリーです。

冒頭は本編とほぼ同様ですが、以降の内容はまさしく"ダークユニバース(闇の世界)"。本編では、お金の問題を解決するためにエイプリルたちがバイトをする流れになっていますが、その前に"体を売って〜"のくだりが冗談めいて挟まれています。ですが、このダークユニバースでは、実際にお金を稼ぐために体を売るという流れになっており、エイプリルはお金をマイキーたちに手渡したあと、自殺してしまいます。

また、貴士弐意生を倒すという展開もなく、彼からひたすら逃げながら空港まで行った一行は本編と同様に飛行機に忍び込みますが、そこに貴士弐意生が現れ飛行機を破壊、飛行機はどこかの島に墜落し、以降は、そこから生き延びたミザリーの視点で描かれるのですが、これがまた生々しく、大破した飛行機の様子から機内を埋め尽くす死体の描写まで、まるで実際に見て書いたかのように描かれているのです。

そして、次々と仲間の死の様子が語られていくなか、マイキーの死体を発見するところで物語は終わります。

それこそ悪趣味の極みのような救いようのない内容です。墜落した飛行機をタイトルの『ザ・グレイブマーカー(墓標)』に例えているあたりもまさしく闇。

当時、ファンサイトや掲示板などが荒れに荒れ、後にバトル・オブ・サラシアイと呼ばれ語り継がれる事件が起きました。ファンがお互いを陥れ、住所特定をはじめとする個人情報の大量流出、挙句の果てにファンが別のファンを刺し殺してしまったというあの事件です。

初期連載版があの有様で、さんざん待たされた挙句やっと出た作者の手による続編がヤミ・オブ・ダークネスの極みだったため、ファンの怒りも相当なものだったでしょう。ただ、それだけでは死者が出るほどの事態にはならなかったと思います。

なぜそこまで荒れたのかというと、批判的な意見と同じくらい、このダークユニバースを賞賛する声も大きかったからです。

試しにオークションで『ザ・グレイブマーカー』が掲載された第24号のエイトビットを検索してみてください。他の回の数十倍の金額がつけられているはずです。この金額は、あの特に発行部数が少なく貴重なエイトビット版PART2の次に高額です。

カルト的な人気を集めてしまったダークユニバースは、その後もファンによるに二次創作が大量に作られ、中でも『ザ・グレイブマーカー』のその後を描いたウェブ小説『F・バンパイアダークネス』という作品は、F・バンパイアの二次創作であるということを隠すために、人物名、用語などに変更を加え、『ザ・ダークユニバース』としてオリジナルタイトル扱いで単行本が発売されたという記録も残っています。

もともと残酷描写に定評のあった作品ですから、そういった負の側面、影の部分に魅力を感じていた層というのは一定数いました。つまり、同じファンの中で対立が生まれてしまったため、争いが争いを呼び、血で血を洗う地獄絵図になったというわけです。

事態を重く見た出版社は、エイトビットを休刊しましたが、これが同時期に連載されていた他の作品のファンの怒りを買い、結果、新たな第三勢力を生み出し、火に油を注ぐ形となってしまいました。


なぜ、ゴーストライターが必要だったのか?

なぜベッキー・ジャブローはダークユニバースを生み出してしまったのか?

ときは遡ることPART3の掲載前、PART1、2が好調な滑り出しを見せ、正式な連載が決定。未来が安定し、バイトをやめることにした彼女は、父親を誘い、幼少期を過ごした日本へと旅行に行くことにしたのです。PART3は、日本行きの飛行機の中で書かれたと言われています。彼女はかつて暮らしていた思い出の場所を巡りながら、PART4を執筆。素晴らしい時間を過ごしました。すぐそばに影が忍び寄って来ていたとは知らずに…。

彼女たちは、唐突に帰国の日を早めなければならなくなりました。帰国命令が出たのです。そう、いまや終末戦争と呼ばれている第三次世界大戦の影響です。

わたしがこうしてF・バンパイアの研究に取り組んでいるのは、みなさんに旧地球時代の遺産を伝えるためでありますが、もうひとつ目的があります。それは終末戦争の中で作家として生きたベッキー・ジャブローの姿から、みなさまにある真実を伝えることです。焦らないでください。そう遠くない未来に、みなさまにそれをお伝えできるでしょう。

さて、帰国命令を受けた彼女たちですが、ここで、ひとつめの疑問に対する答えが出ます。

なぜ、ゴーストライターが必要だったのか?

それは、旅行中に執筆を進めていたPART4を予定通りに書き終えることができなくなったからです。

エイトビット側としても、ようやく軌道に乗り始めた期待の新連載をそうそうに休載させるわけには行きませんでした。ましてや、直前のPART3はいわば前編であり、読者の我慢も限界に来ていたのです。

こうして出来たのがあのゴーストライター版PART4だったという訳ですね。

読者たちがニセのPART4で騒然となる中、文字通り血にまみれた暗黒の"ダークユニバース"を生み出すきっかけとなる事件が起こりました。

他国の戦闘機によって、無関係の旅客機が攻撃を受けるという事件が起こったのです。

エンジンを破壊された旅客機は、無人島に墜落し、乗っていた乗客のほとんどが亡くなりました。

先ほどわたしは『ザ・グレイブマーカー』内での描写について、"まるで実際に見て書いたかのように"と述べましたが、彼女は実際に見ていたのです。

そう、撃墜された旅客機には、帰国命令を受けたベッキー・ジャブローとその父が乗っていたのです。

彼女は奇跡的に一命を取り留めましたが、彼女の父親は助かりませんでした。

その後、救助船で帰国した彼女が、エイトビット紙宛にある原稿を送りつけました。

それこそが、のちに"ダークユニバース"も呼ばれる『PART4:ザ・グレイブマーカー』。


『ザ・グレイブマーカー』に書かれていたのは美しい嘘ではなく、醜い現実だったのです。


しかし、『ファンタスチック・バンパイア』はこれで終わったわけではありません。またバトル・オブ・サラシアイも終焉を迎えますが、時が流れるに任せて自然消滅したわけではありません。

この戦いに終止符を売ったのは、エイトビットの再開と、そこに掲載された『PART4:ブレス・オブ・カリー』でした。

『ブレス・オブ・カリー』はまさしく読者が求めていた美しい嘘、理想のフィクションでした。

『ザ・グレイブマーカー』に不満を覚えていた層は期待していた正式な続編に歓喜し、"ダークユニバース"が文字通り闇に葬り去られたことで、それを好んでいた層はアンダーグラウンドに逃げ込み、そこで独自の文化を築き上げ、エイトビットの他作品のファンは、再開によって、待ち望んでいた物語の続きに、争いどころではなくなりました。


いかにしてベッキー・ジャブローは、"ダークユニバース"から帰還を果たしたのでしょうか?

その答えは『ブレス・オブ・カリー』の中にありました。

そう、ココイチです。

どんなときであっても、自然と腹は減りますし、人間は食事なしでは生きていけません。

しかし、外出する気力も失ったベッキー・ジャブローは、出前を頼むことで空腹を満たしていました。

それが、CoCo壱番屋だったのです。

毎日カレーを食べているうちに、徐々に体調は回復し、そんな時にバトル・オブ・サラシアイをはじめとする一連の騒動を知った彼女は、決意しました。

「この戦いに終止符を打てるのは、作者であるわたししかいない」と。

こうして、当初予定していた書きかけの『PART4』の執筆を始め、あっという間に書き上げた原稿をエイトビット紙に送りつけたのです。この原稿によって、『ファンタスチック・バンパイア』をやり直し、ファンの怒りを鎮めたいという

メッセージとともに。

それを受け取った出版社はすぐさまエイトビットを再開。

その後、長い月日とともに、この事件は忘れ去られ、ついには都市伝説とも言われるに至ったのです。


これが"失われたPART4"の真相です。

どちらのバージョンに関しても無かったことにされ、『ファンタスチック・バンパイア』という作品からは外されてしまった作品です。今後、リバイバル版やコラムで取り上げるということはないでしょう。

"後期連載版"に関しては、オークションで現物が手に入る他、固有名詞を除けばほぼそのままの内容の『ザ・ダークユニバース』が安価で入手可能です。正直あまりおすすめはしませんが…。

"初期連載版"はかなりレアなので、おそらく入手は不可能ですが、上で述べた以上の内容はないのでわざわざ手に入れることもないかと。

もし、ココイチがなければ『ファンタスチック・バンパイア』はここで終わっていたと考えると、まさに救世主であったといえます。


ココイチのカレー最高!!


また次回お会いしましょう。

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