PART4:ブレス・オブ・カリー

「トイレもあるし、ベッドもある。文句無しだね」

「ご存知無いようですから、教えてあげますけどね、これは"ベッド"じゃなくて、"ベンチ"っていうのよ!」

エイプリルは、そうマイキーに言い放ち、ブランコの方へ行って全力で蹴っ飛ばした。蹴られたブランコは大きくスイングして、また彼女のほうに返ってくる。エイプリルは慌ててかわそうとしたが、腹に直撃を食らって地面に倒れた。

「ああ、もう最悪!なんで野宿しなきゃいけないわけ?わたしお金持ちのお嬢様なのよ!」

「その"お金持ちのお嬢様"が一円も持ってこないからだろ」

マイキーは、目に涙を浮かべて寝っ転がっているエイプリルに、吐き捨てるように言い放った。

「なんで富豪が3人もいてたったの一円ももってないんだよ!」

彼らは決してお金を持ってこなかったわけではなかった。しかし、彼らの"お金"は、ここ日本では紙くずも同然。そう、誰一人として日本円を持っていなかったのだ。

恐るべき刺客、ハーフバンパイア忍者の貴士弐意生から逃げ延びることができたものの、お金のことに気づいた頃には時すでに遅く、日は沈み、彼らは公園で野宿することになったのだ。

ずっといらいらと歩き回っていたジャックが、ブランコの前を通りかかり、地面に倒れたエイプリルをちらっとみると、ふん、と鼻で笑った。

「殺すわよ」

エイプリルは倒れたままジャックを睨みつける。ジャックは、状態をかがめてエイプリルに顔を近づけた。

「おれとやろうってか?」

そういうと、左腕を持ち上げて、月明かりを反射して白く光るチェンソーをくるくる回してみせた。

「死ぬのはどっちかな?」

「クソが」

エイプリルは、目の前の顔めがけてつばを吐きかけた。ジャックは驚いて身を起こすと、怒り狂ってチェンソーを突きつけた。

「ほんとに殺すぞ、クソ女!」

「はいはい、そこまで!」

ミザリーの声が響き渡った。

「みんな集まって!」

「けっ!」

ジャックは、エイプリルを一瞥して、歩きだした。エイプリルも土を払いながら起き上がり、ジャックの背中を今にも蹴り飛ばしそうな剣幕で睨みつけながらあとに続く。

砂場で遊んでいた泥だらけのバニラとロスターも立ち上がった。ロスターは腰を上げた拍子にふたりで作っていた砂のお城を蹴っ飛ばして崩してしまい、慌ててバニラに謝ったが、バニラは、「後でまた作ろうね」と、ニコニコしながら答え、ちっとも怒る様子を見せなかった。

やがて、全員がベンチの周りに集まったのを見て、ミザリーは話し始めた。

「いいこと、このままじゃ、わたしたち学校に帰れなくなるわ。明後日までに帰れないと、嘘の計画を提出してることがバレて、大騒ぎになる。それこそ、警察沙汰に!」

「まだ警察沙汰になってないことのほうが不思議だけどね」

「マイキー、黙って!」

マイキーは肩をすくめてみせる。

「とにかく、あのイカれた忍者をなんとかしないと。それから…」

ミザリーは、エイプリルに視線を移した。

「お金ね」

「なんで、わたしを見て言うわけ?体でも売って稼げっていうの?」

「名案だな、手始めにおれと練習でもしとくか?うっ…!」

ジャックはニヤニヤしながら言ったが、エイプリルに股間を蹴り飛ばされ、地面にうずくまった。

「…ゲス野郎」

「じゃあ、そういうことだから、お金のことはエイプリルとジャックに任せたわ。親が金持ちなんだから、稼ぐ才能あるんでしょ」

「ま、任せとけよ」

地面にうずくまったジャックが呻くように答えた。彼がすんなりと受け入れたことにマイキーは違和感を抱いたが、これは思いがけずジャックの当初の希望通りになったからである。そもそもジャックがドラキュランドにファーピーを送り込んだのは、マイキーたちを旅行から排除するためである。また、貴士弐意生はジャックが味方であることなど知らないため、バニラとともにいれば、彼にも容赦なく危険が襲いかかってくる可能性があった。マイキーたちと別行動を取ることは、非常に好都合だったのだ。


そして、翌朝。グループは2つに別れ、それぞれ行動を開始した。

"金策"チームは、自信満々のジャックが、彼とは対照的に不安そうなエイプリルを引っ張って行く形で公園を後にした。

残った4人、"討伐"チームは、ミザリーが先導していく。

「聞いて。あの忍者がいる限り、わたしたちについてくるはず。だから、あいつの弱点を探って、倒すなり諦めさせるなりしないとダメ」

それから彼女は、マイキーとその少し後ろにいるバニラの方を見た。

「あなたたちは"おとり"よ。マイキーの言う話がほんとなら、あいつの狙いはバニラ。きっと今日もバニラを追って現れるはず」

マイキーは頷いてみせた。それを見たミザリーは今度はロスターに視線を向けた。

「あんたもお金持ちらしいけど、ジャックたちの方じゃなくて、こっちのチームに入れたのは、あんたに能力を活かしてもらうため」

「…能力?」

ロスターは首を傾げた。

「そう、自分ではわかってないでしょうけどね。これを渡しておくわ」

そういってミザリーが取り出したのは、ボロボロに傷付いて塗装の禿げたグレーの初代DSだった。

「ゴミ箱に捨てられていたのを昨日見つけたの」

彼女は2台あるDSのうち1台をロスターに手渡した。彼は困惑した様子でそれを受け取った。

「さて、作戦を説明するわ。みんな言うとおりにしてね」


一方、ジャックたちはすでに"目的地"に到達していた。エイプリルはそれを見て、すでに青ざめ、気絶寸前という様子で電信柱に寄りかかっていた。

「はあ… ちょっとでもあんたに期待したわたしがバカだったわ…」

「薄汚い凡人共にはこの建物がなんなのかすらわかっていないだろうが、生まれてこのかた金に囲まれて生きてきたジャック・ジャッカルランドさまはお見通しだ!」

ジャックは、左腕のチェンソーを振り下ろし、びしっとその建物につきつける。

「金と言ったら、ここ!銀行だ!!」

「一応聞いておくけど、銀行で何をするつもり?」

「決まってるだろ、お金を頂戴するのさ!」

それを聞いたエイプリルは絶望を顔に浮かべ、黙って道路の真ん中までいくと手足を広げて大の字に寝転んだ。

「エイプリル、なにをしている?」

「見て分からないの?ここで車が来るまでこうしてるのよ。あんたやあのイカれたクズ連中の言いなりになって、このまま醤油臭い辺境の島国でホームレスになるくらいならとっとと死んだほうがマシだわ」

「おい、やめろ、バカ!」

ジャックが怒鳴りつけるが、エイプリルは目をつぶったまま聴こえないふりをして、返事も返さない。

「ふざけるな!さっさと立て!そこをどけ!」

「いやよ」

「冗談じゃないぞ!ほんとにミンチになっちまうぞ!!」

エイプリルはまたも無視を貫いたが、ジャックは血相を変えて、いまや声が裏返るほどの大声で怒鳴りつけている。

ジャックには見えていたのだ。明らかに制限速度をオーバーしたタンクローリーが、エイプリルめがけ暴走しているのを!ドライバーは片手にジャンプを持ち、余所見しながら運転しているため、エイプリルに気が付かない!

「クソ…!」

ジャックは道に飛び出し、エイプリルとタンクローリーの間に割って入った!迫るタンクローリー!ジャックは姿勢をギリギリまで低くし、絶叫しながら、バンパーの左端めがけチェンソーを叩きつけた!金属と金属がぶつかり合い、悲鳴のような甲高い音が鳴り響く!ジャックはそのまま、高速回転する鋼鉄の刃を更にめり込ませていく!やがて、バンパーを貫通した刃がタイヤの軸までを串刺しにし、タンクローリーは急に回転をやめたそのタイヤを中心に、大きくスリップし回転!道を塞ぐような形で横倒しになり、穴の空いたタンクからは茶色のドロドロとした液体がこぼれだし、道路を濡らし初めていた。

エイプリルは… 無事だ。

ジャックとタンクローリーが激突した瞬間から状況に気づいたエイプリルは、目の前で起きた一瞬の出来事にただ混乱し、大きく目を見開き、震えながら呆然と固まっていた。

やがて、地面に倒れたジャックに気がつくと、地面を這って(すっかり腰が抜けて立つことができなかった)、彼のところまで行き、助け起こそうと震える手を伸ばした。

「ジャック…?」

彼は答えない。

「そんな… ジャック!起きて!死んじゃダメよ!ジャック!」

エイプリルは地面に座り込み、うつ伏せに倒れたジャックを揺すった。

「うう…」

ジャックが小さく呻き声を上げ、寝返りを打つようにして仰向けになった。その左腕のチェンソーはタンクローリーに持っていかれて接合部からもげ、いまは火花を散らす配線や機械部品がむき出しになっていた。

「ジャック!!」

エイプリルはジャックに抱きついて、安堵の涙で彼のTシャツの肩を濡らした。

「よかった…!わたし… ごめんなさい!いろんなことがあってイライラしていて…」

ジャックはエイプリルの震える声を聞いて、鼻で笑った。

「ふたりとも無事だったんだから泣くことねえじゃねえか」

「おい!!」

男が怒鳴り声を上げ、道の真ん中で抱き合っているふたりに、ツカツカと近づいてくる。

「どうしてくれるんだ!?チクショウ、おれのトラックだぞ!!」

そう、彼は横転大破したタンクローリーのドライバーである。

「一体、なんのつもりだ!?101回目のプロポーズごっこなら他所でやってくれ!!」

男は気が動転した様子で、ふたりの周りをウロウロ歩き回りながら石を蹴っ飛ばしたり、短い髪をしきりに撫で付けたりしている。

ジャックは、エイプリルを抱いたまま一緒に立ち上がると、彼女を離れ、男に掴みかかった。

「おい、そっちこそ余所見してたくせにでかい口きくんじゃねえぞ!」

男は一瞬怯んだが、すぐにジャックを振り払った。

「いいか、おれはこれから店長に謝りにいく。おまえらもついてこい!」

「ついてこいって、車は壊れちゃったけど?」

エイプリルが言った。

「大丈夫だ。店はすぐそこだ」

「店?」

ふたりは男のあとに続いて歩き始めた。


その頃、ミザリーたちの作戦もついに動き始めていた。

川崎市民のライフラインとも言えるスーパーマーケット『ライフ』。店の前までバニラを連れてきたマイキーは、その入り口を指差しながら、話し始めた。

「いいかい、バニラ。きみにおつかいを頼みたいんだ」

「おつかい?」

「そう、ひとりでね。わかった?」

「わかった!」

そう答えるなりバニラは、小走りに店の中に消えていった。

「まだ何を買ってきてほしいか言ってないんだけどな… ま、いっか」

数分後、店内からは悲鳴や怒号、何かが倒れるような音が聞こえてきた。ひとりの若者が絶叫しながら店から飛び出してきて、そのあとから血みどろのバニラがニコニコ笑いながらゆっくりと歩いて戻ってきた。バニラはマイキーに"おつかいの品"を手渡した。マイキーは顔をしかめて受け取った"それ"を手の中で転がした。

「なにこれ?ウィンナー?」

「ゆび!」

マイキーは、満面の笑みのバニラから、その答えを聞くなり慌ててそれを取り落とした。

「こんなもの持ってくるなよ!」

「まだあるよ!」

そういうと、バニラはぱんぱんに膨らんだライフのビニール袋の中から"それら"を取り出して地面に並べ始めた。

「これはおじいさんのおてて、こっちはおばあさんの。これは綺麗な店員さんのおてて。こっちは背の高いお兄さんのあんよ、これは…」

「もう十分だよ!何人殺したんだ!?」

マイキーは青ざめて、今にも倒れそうな気分だった。

「どうやらお困りのようだな。そやつを引き取ってやっても構わぬのだぞ?」

深みのある低音の裏に狂気の色を潜めた少しくぐもった声が響き渡る。

「おまえは!」

「ドーモ、バニラ=サン。貴士弐意生です。あなたをお迎えに参りました。イヤーッ!」

貴士弐意生は挨拶と同時に手裏剣投擲!手裏剣はマイキーの耳をかすめ、背後のライフの窓ガラスを破壊した!警報が鳴り響くが、すでに生きている人間は残っておらず、この騒動に気付くものはいない。

「バニラ、こっちだ!」

マイキーはバニラの手を引いて、道を横断し、反対側へ逃げる。貴士弐意生は、彼らの様子を目で追うと、険しい表情を浮かべ、白線の前で一度立ち止まり、右を見て、左を見て、それから再び右を見たのち手を上げて横断し始めた。マイキーの思惑通りである。貴士弐意生のひとつめの弱点、それは"ルールを破れない"ということだ。礼を重んずる日本人としての本質が足枷となっていたのだ。

マイキーたちは、貴士弐意生が道を渡り終えた瞬間、踵を返して再び今渡ったばかりの道を駆け足で横断!貴士弐意生は「小癪な!」などとつぶやきながら、またも"右、左、右、手を上げる"のムーブメントに入り始めた。その間、マイキーたちは、走って距離を離す!貴士弐意生はその様子を目で追いながらも、まっすぐに道をわたっていた。道を斜めに横断することはルール違反だ!マイキーたちは、また貴士弐意生が渡り終えたタイミングで、道路を横断!貴士弐意生は再び"右、左、右、手を上げて"再び道路を渡り始めた。しかし、今度は渡り切る前にマイキーたちは動き出した。だが、貴士弐意生はマイキーたちとは反対向きになるにもかかわらず、まっすぐに進み続けている。横断中に急に引き返すのもルールに反しているからだ!マイキーたちは、そのすきにライフの横の細い通りを抜けて、姿を隠した。道を渡り終えた貴士弐意生は振り返ったが、そこにマイキーたちの姿はない。彼は舌打ちをして、再び捜索を開始した。

貴士弐意生を振り切ったマイキーたちは、ライフの裏で待機していたミザリーに合流した。そこにロスターはいない。すでに"動いて"いるのだ。

「ミザリー!」

バニラがミザリーに駆け寄った。

「おみやげ!」

「なにこれ?ウィンナー?」

ミザリーは受け取った"それ"を手の中で転がした。

「ゆび!」

ミザリーは、「きゃ!」と悲鳴を上げて飛び離れ、慌てて口を押さえた。

「しっ!静かに!」

マイキーが口の前で指を立てて見せた。それから、振り返ると、路地の向こうを覗き込み、様子を伺う。

「オーケー… あいつはいなくなったよ」

ミザリーは頷き、ふう、と一息ついて、肩に下げたポーチから初代DSを取り出した。

「ロスター、大丈夫かな」

ミザリーはDSを開いて傷だらけの画面を覗いた。

「あいつ、字、汚いわね… ほら、見てよマイキー。信じられる?」

そう言って、マイキーたちに画面を見せた。上画面に、かろうじて文字と認識できるぐちゃぐちゃの線で"追跡開始"と書かれていた。ロスターの字だ。

ピクトチャットが起動されているのだ。ピクトチャットはDS本体に内蔵された機能で、タッチペンで書いた絵や文字をワイヤレス通信でつながっている相手のDSに送ることができる。これが今回の作戦の要である。ロスターの"存在感を消す"という能力を利用し、貴士弐意生のすぐそばで尾行させる。マイキーたちは、DSで彼と連絡を取り合いながら、通信が切れないギリギリの距離を保ちつつ、あとからついていく。DSの有効通信範囲は約10メートル。それ以上離れれば、通信は途絶えてしまう。空港で迷子になったロスターのことだから、通信が切れ、マイキーたちのサポートを失えばたちまちパニックに陥ってしまうだろう。

「見て」

マイキーが画面端に表示されたアンテナのマークを指差す。徐々にアンテナの本数が減っていっている。ロスターが離れていっているのだ。

「行こう」

3人は頷いて、駆け出した。

広い道や、真っ直ぐな道なら遠くからでもロスターの姿を見て追いかけることができたが、細い路地や、横道に入られると目では追えない。そういう時はDSに送られた"看板→"や、"信号←"といったメッセージを頼りにするしかなかったが、なんとか順調に追跡は進んでいた。

「大変!」

ミザリーが突然立ち止まった。後ろを歩いていたマイキーはぶつかりそうになり、慌てて立ち止まるが、今度はその後ろのバニラがマイキーにぶつかって、マイキーはよろめいて前のめりに倒れ、巻き込まれたミザリーが一緒に倒れてしまった。

「いったあ… ちょっとマイキー!どこ乗ってんのよ、どきなさい!!」

ミザリーに覆いかぶさるように倒れていたマイキーは、突き飛ばされた挙句、顔面を蹴っ飛ばされてしまった。

「うう…」

マイキーは口元を押さえてうめき声をあげている。

「ちょ、ちょっと、大丈夫?」

心配になったミザリーは慌ててマイキーに駆け寄る。マイキーは、そっと手を顔から離した。鼻血が出ていた。

「大丈夫だけど…、いったいどうしたってわけ?」

「あ!!」

突然ミザリーは声を上げ、マイキーそっちのけで走り出した。少し離れたところにDSが落ちていた。マイキーとぶつかった拍子に投げ出されてしまったのだ。

ミザリーはしゃがみこんでDSを手に取り、しばらくそのままいじっていたが諦め、立ち上がると、マイキーのところへ戻ってきた。

「フリーズしちゃったじゃん!」

「ええ!?」

「これ見てよ」

ミザリーはDSの画面を見せる。上画面にはロスターからの最後のメッセージが残されていた。

"!"

「どういうこと?」

マイナーは首を傾げる。

「きっと何かあったのよ」

ミザリーはそう答えながらマイキーを助け起こし、ロスターが消えていった方向を目で追った。

「あっちよ!」

ミザリーは走り出した。マイキーたちも頷いて、後を追う。

角を曲がろうとした時、目の前を銀色の光が高速で横切っていった。手裏剣である!

マイキーは慌てて走り出したが、ミザリーがその腕を引っ張って止める。

「待って!」

「なんだよ!」

ふたりは声を潜めて話し始めた。

「きっとロスターはもう見つかっちゃったわ」

「じゃあ、助けに行かなきゃ!」

「落ち着いて、マイキー!まだわたしたちは見つかってないわ!いま出てったらみんな捕まっておしまいよ」

「だったら、どうしろっていうんだよ!?」

「それを今から考えるのよ!」

「そんな呑気なことしてられる時間は… バニラ!!」

マイキーが、呼びかけるも時すでに遅く、ふたりが話すのに集中している間に、バニラはもう角を曲がって通りに出ていってしまっていたのだ!

「見つけたぞ!」

貴士弐意生の笑い声が響き渡る!次の瞬間、恐るべき影が凄まじい勢いでバニラに突っ込んできた!

しかし、バニラがその間にトライデンタルを展開し、地面と平行に構える!あやうく自ら串刺しになりかけた貴士弐意生は、すんでのところで地面を蹴って、斜め後ろに跳躍!空中からの手裏剣攻撃だ!バニラはトライデンタルをバトンめいて高速回転させ、すべて叩き落とす!

そのとき、意外なことが起こった。

着地した貴士弐意生は、舌打ちをするとなんと、踵を返して走り出した。標的を目の前にして逃走したのだ!貴士弐意生は角を曲がって見えなくなる。

一瞬、状況を飲み込めずに固まっていたマイキーたちだが、すぐさま後を追いかけた。

貴士弐意生が曲がった角までいくと、店の中に消えていく彼の後ろ姿が見えた。ミザリーは、彼が入った店の看板を読み上げる。

「CoCo壱番屋…」

「お腹減っちゃったのかな」

バニラが言った。

「あ、あいつは…?」

ロスターが息を切らしながら駆け寄ってきた。ミザリーはマイキーたちの方を振り返り言った。

「張り込みよ」

それから一行は、"調達"しておいた銀チョコといちごミルクで腹を満たしながら、貴士弐意生が店から出てくるのを待っていた。

全員が食事を終えたころ、一人見張りを続けていたミザリーが声を上げた。

「来たわ」

貴士弐意生が、店から出てきたのである。彼は店から出るなり、目をつぶりうつむいて動かなくなった。

「なにをしてるのかしら」

ミザリーが呟いた次の瞬間、貴士弐意生は、ガッと振り返り、ミザリーの目を見た。慌ててミザリーは顔を引っ込めたが、遅かった。貴士弐意生はゆっくりとマイキーたちの方へと歩いてくる。

「どうしよう」

マイキーたちは顔を見合わせる。

「ばにらがやっつける!」

バニラはそう口にするなり、マイキーたちが止める間もなく、道に飛び出していった。トライデンタルを構えたバニラを見るなり、貴士弐意生はぴたっと立ち止まり、大きく息を吸い込みながら上体をそらした!ファイアブレスの予備動作だ!

バニラは武器を下ろし、回避動作に入る!貴士弐意生の口から火炎放射めいて炎が吹き出されると同時に、バニラは転がりながら回避、マイキーたちの元へ戻った。

「熱いのだめ!」

マイキーは頷いて、バニラの手を引っ張った。

「ミザリー、逃げよう!」

「でも、まだ弱点が…」

「いいや、もうわかったよ」

ミザリーは頷き、走り出した。4人は道路横断ジグザグ走法で逃げるが、貴士弐意生は、右、左、右、手を上げて横断の一連のムーブメントに火炎放射が加わったため、距離が近いうちこそ危険だったものの、ワンステップ増えた分の余裕で、どんどん距離が離れ、やがて完全に見えなくなった。

「もうわかったって?」

ゆっくりと呼吸して息を整えながら、ミザリーが聞いた。

「やつの攻略法がわかったんだよ。公園に戻ろう。あとで話してあげるよ」


その日、公園に再び6人が集まる頃にはすっかり日が暮れていた。

マイキーたち"討伐"チームの4人は夕方頃には公園に帰ってきていたが、それから"金策"チームのふたりが帰ってくるまでに随分と時間が掛かった。その間に、マイキーたちは貴士弐意生の"攻略法"について話し合っていた。

マイキーたちが、もう寝てしまおうか、などと言い始めた頃に、ジャックとエイプリルが疲れきった様子で、ふらふらと公園に帰ってきた。

「いくら稼げた?」

ミザリーが聞いた。

「あんた最低」

エイプリルはそれだけ言うと、ミザリーと目を合わせることすらせずに、ベンチにどさりと座りこみ、そのまま横になって目をつぶってしまった。

「ジャック!自慢の腕はどうしたんだい?」

マイキーは彼の左腕の肘から先が無くなっているのを見て、驚き半分からかい半分の調子で言った。

「黙れ、片腕でも簡単におまえをぶっ殺せるんだからな!」

それだけ言うと、ジャックは公衆トイレに向かいはじめた。

残されたマイキーとミザリーは、顔を見合わせ、肩をすくめると、それ以上なにも言わずにそれぞれ"簡易ベッド"に行って眠りに落ちた。


翌朝、マイキーが目を覚ますと、すでにジャックとエイプリルはいなくなっていた。

まだミザリーとロスターは眠っていた(ロスターはベンチから落っこちて、地面に丸まっていた)。

「おはよう」

マイキーは欠伸をしながら、滑り台の上に座ってぼけーっとしているバニラに声をかけた。

「おはよ!」

バニラは振り返ると、満面の笑みで挨拶を返した。何か楽しいのかはわからないが、バニラはいつも楽しそうだなあとマイキーは思った。

「ジャックたちは?」

「ばいと!」

「こんな朝っぱらから?ふうん…」

それからマイキーは入り口のそばにある、背の低いマイキーでさえ、膝ほどの高さしかない小さな水飲み場で顔を洗い、ボサボサの髪を適当に撫で付けた。

マイキーが立ち上がり、振り返るとひどい寝癖のついた寝ぼけまなこのミザリーがよろよろと水飲み場の方に向かってきていた。

「おはよう、マイキー」

「おはよう。きみ、ひどい顔だよ」

「レディに失礼な。あんただって似たようなもんよ」

ミザリーは、マイキーを睨みつけて言い、水飲み場の前にかがんで顔を洗い始めた。

マイキーはその横に立って、話し続けた。

「ジャックたちはバイトだってさ」

「ロスターを起こしてきて」

ミザリーは顔を上げた。

「わたしたちも行くわよ」


けたたましいクラクションが響き渡る!

2台のタンクローリーが、大通りを爆走する!

速度、交通規則等に関しては危険極まりないものの、ある意味では安定したルール違反を保ち続ける1台目に対し、あとに続く2代目は、ふらふらとよろめいては、ガードレールや標識に衝突、破壊し、酔っぱらいあるいは無免許めいた不安定さで走行している。傍目に見ても、1台目のタンクローリーを見失うまいと、ギリギリの状態でしがみついているというのが見て取れる。

1台目のタンクローリーを運転しているのは、"あの"ドライバーだ。となれば、2台目の運転席で、歯を食いしばり、片腕でハンドルを握っているのは、そう、ジャッ

ク・ジャッカルランドである!

エイプリル・キャッスルはというと、助手席に座り、泣きながら左手でドア上の取っ手を掴み、右手はシフトレバーを握っている。左腕が使えないジャックのかわりに、ギアを操作しているのだ。

これが"バイト"の正体である。


ときは遡ること先日、ジャックたちは、ドライバーの男にその店に連れて行かれた。

男が店長に声をかけ、事情を話した。

「そんな馬鹿な話があるか!!」

店長の怒鳴り声に、男は頭を下げる。エイプリルも反射的に頭を下げたが、横目でジャックを盗み見ると、そのまま突っ立っていたので、慌てて頭を下げさせた。

「明日は2台で来るんだ!わかったな、ジェイ!」

店長は、3人のことを見もせずに、言い放った。ドライバーは、震えながら青ざめた顔を上げた。

「そ、そんな、無理ですよ!勘弁してください!」

「ザッケンナコラー!!為せば成る!3人いるんだから、どうってことないはずだ!」

「さ、3人…?3人!?」

ドライバーは、驚愕に目を見開き、ジャックたちに目を向けた。

ジャックとエイプリルは状況が飲み込めず、ぽかんと口を開けて、男の顔を見つめ返した。

そして、3人は店をあとにした。ドライバーは店を出るなり、隣のファミリーマートの駐車場に停まっていた車までいくと、ふたりを促し、乗ったのを確認して、自分も運転席に乗った。

「コンビニに停まってる車ってのは鍵がかかってないのが多いんだ」

「ええ!?これあなたの車じゃないの?」

エイプリルは驚愕の声を上げた。

「それって、つまり、盗むってことでしょ?」

「人聞き悪いこと言うんじゃないよ、お嬢さん。盗むんじゃなくて交換さ」

そういうと、親指を立てて、遠くで倒れたままになったタンクローリーを指した。

「こいつの持ち主にはおれのをやる」

エイプリルはもはや、返す言葉もなかった。

車を走らせながら、男は話した。

男の名はジェイコブといい、運び屋であり、毎日タンクローリーで、あの店に"積荷"を運んでいるということ。今日の分が運べなかったため、明日は2台で行かなければならないということ。そして、2台目のトラックは、ジャックとエイプリルのふたりで運転しなければいけないということ。

「これからおれのガレージに行って、車をとってくる。そのあとは、おまえらに半日で大型免許を取らせてやる」

「無茶言うぜ、半日で取れるわけねえだろ」

ジャックがボヤいた。

「取れようが取れまいが、明日は運転してもらう」

ジェイコブは言い放ち、アクセルを踏み込んだ。


「起きろ!」

ジャックとエイプリルは、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。ジェイコブの声で目を覚ます。

エイプリルはジャックに寄りかかって寝ていたのに気が付き、慌てて飛び離れた。

ふたりが車から降りると、そこは学校のグラウンドだった。そこそこの広さのある敷地のど真ん中に、今朝壊してしまったのと同じようなタンクローリーが停められていた。黒いボディに、ファイアパターン。アメリカンスタイルのロングノーズトラックに、キャブの2倍はある巨大なタンクが牽引されている。

「イカすだろ?」

「ねえ」

エイプリルが声をかけた。

「名前といい、あのトラックといい、あなた日本人じゃないわよね」

「おれはインド人だ。さ、無駄話してる時間はないぜ、車に乗りな。どっちが運転するんだ?」

エイプリルとジャックは無言で顔を見合わせる。エイプリルは首を横に降ってみせると、ジャックは一歩前に出た。

「おれさまにまかせとけ!このジャック・ジャッカルランドさまに不可能はない!」

「いいだろう」

ジェイコブは頷くと、ふたりをトラックまで連れて行った。ジャックが運転席に座った。

「こいつは左手が使えないから、あんたが隣に乗ってやんな」

ジェイコブは、そういって助手席のドアを開けた。エイプリルはしぶしぶ乗り込んだ。彼女が乗ったのを確認すると、ジェイコブは運転席側に回り込んで、ジャックにキーを渡した。

「安心しろ、こいつはオートマだ。赤ん坊でも運転できる。よし、エンジンをかけてみろ」

ジャックは言われた通りにエンジンをかけた。

「よし、つぎはそっちだ」

ジェイコブは今度はエイプリルに向かって言った。

「サイドブレーキはかけてないから気にしなくていい。ギアをDに上げるんだ。…よし、それでいい」

ジェイコブはまたジャックに向きなおり、彼の足元を指さしながら、話し始めた。

「こっちがブレーキ。で、そっちの小さいのがアクセル。アクセルを踏めば動き出すからな。いいな、アクセルを踏むんだぞ、わかったか?」

「わかった!」

ジャックは答えるなり、アクセルを一気に限界まで踏み込んだ!トラックは急発進!ジェイコブは、開けっ放しになったドアにしがみつき、狭いステップの上でなんとか耐えていた。

「バカヤロー!!足をどけろ!!」

ジェイコブが怒鳴りつける!ジャックは足元を見ながらブレーキペダルに足を移そうとした。

「ジャック、前!」

エイプリルが叫ぶ!ジャックが目を離したすきに、道路とグラウンドを隔てるフェンスがトラックの目前に迫っていた!

ジャックも悲鳴を上げ、目をつぶる!

「前を見ろ!!ハンドルをきれ!!」

「右か?左か?どっちだ!?」

「どっちでもいい!!さっさとやれ!!」

ジャックは一瞬迷った後、勢い良くハンドルを左にきる!トラックは、大きく円を描くように横滑りし、あやうく横転しかけたところで、なんとか持ち直し、停止した。ジェイコブはドアから飛び離れると叫んだ。

「正気かよ!?」

始めこそ散々だったが、それ以降は徐々にコツを掴み、やがて、グラウンドを自由に走り回れるほどには上達した。マイキーたちは、すでに公園に戻っている頃だ。しかし、ジャックたちはまだ帰れない。車を運転するコツを身体で覚えたら、今度は頭で理解しなければならない。ジェイコブ特製の、学科試験が幕を開けた。

「よし、第一問。制限速度は以下で走ってはならない、マルかバツか?」

「マル」

ジャックが答えた。

「正解。つぎ、信号は無視しても良い、マルかバツか?」

「マル」

「正解。つぎ、突然飛び出してきた人は轢いても良い、マルかバツか?」

「マル」

「正解。ラスト。鍵のかかってない車は盗んでも良い、マルかバツか?」

「バツ」

エイプリルが答えた。

「それはなぜ?」

「盗んではダメよ。交換しないと」

エイプリルはニヤリと笑った。

「正解。合格だ!」

ようやく、ふたりは解放されたが、これは仮釈放である。今日やったことはあくまでも"準備"であり、本番はまだだ。

そして、その本番がやってきたのだ。この"バイト"を乗り切らなければ、お金は愚か、命すら危うい!


まだ昼前のCoCo壱番屋店内にはマイキーとバニラのふたりしかいない。

ふたりは開店1時間から、店の前で待機し、開店と同時に入店してから、永遠とカレーを食べ続けている。

マイキーは3皿平らげたが、すでに限界。しかし、バニラは尋常ではないスピードで次々と注文を追加していく!まさに、"カレーは飲み物"であると言わんばかりに、流し込むようにして一瞬のうちに食べてしまうのだ。

マイキーは、その食べっぷりを見て、自分は彼女のために追加注文を取るのに集中することにした。

一方、ミザリーとロスターは、店の周囲を見回っていた。店内のマイキーとは、ピクトチャットを繋ぎ、いつでも連絡が取れるようにしてあった。

貴士弐意生が想定外の時間に現れた場合に備えてである。

彼らの目的はただひとつ、12時までにすべてのメニューを売り切れにすることである!

これこそが、マイキーの策略。無敵のハーフバンパイア忍者、貴士弐意生の攻略法なのだ。

貴士弐意生の最大の武器は、あの恐るべき火炎放射攻撃である。しかし、それさえなければ、主な武器は遠距離からの手裏剣投擲、それはすでにバニラのトライデンタルによって、攻略済みである。

昨日、2度目に対峙したときに、手裏剣投擲を封じられた貴士弐意生は意外にも逃走を図った。火炎放射を使えば、トライデンタルによるガードは簡単に崩せたというのにである。

しかし、3度目の対決では、初手から火炎放射、その後も、ジグザグ横断走法に対して乱発するほどの勢いである。

2度目のときは、火炎放射攻撃が使えない理由があったのである。つまり、2度目と3度目の間に起こった出来事に火炎放射の秘密があるのだ。その出来事とは、CoCo壱番屋に入ったことだ。

そこから考え出した仮説は、貴士弐意生が火炎放射攻撃を使うためには、ココイチのカレーを食べる必要がある、ということだ。

ルールに厳しい貴士弐意生は、おそらく昨日と同じく12時になるまでは店に現れないはず。それまでに、カレーを売り切れにすれば、火炎放射を封じることができる。火炎放射さえなければ、バニラの実力で充分に対処できるというわけだ。

マイキーが、追加の注文をとるために、店員に声をかけたそのとき、DSの画面に、ロスターの下手くそな字が表示された。

"来た"

マイキーたちの居場所を嗅ぎつけたのか、貴士弐意生が現れたのである。DSの電波表示は徐々に弱まっていき、ついに途絶えた。貴士弐意生にバニラの居場所を悟られないために、店から離れていったのだ。

やがて、マイキーが声をかけた店員が来た。

「申し訳ございません。本日の分は品切れでございます」

「よし!」

マイキーは思わず声を出してしまった。店員は不思議そうな顔をして、テーブルを離れていった。

「バニラ、行こう」

ふたりは立ち上がり店を出るためにトイレに向かった。トイレの壁を破壊し、外へ出る計画だ。相変わらずお金は持っていないため、食い逃げする他ないのだ。

マイキーが男子トイレの中に入ろうとすると、バニラが立ち止まった。

「ばにら、こっち」

そう言って、女子トイレの方を指差している。

「いいんだよ、外に出るだけなんだから」

バニラが、よくわかってないような顔で、マイキーの後に続こうとしたそのとき、店員が、二人に声をかけた。

「お客様!追加の材料が届きました!少々お待ちいただければ、用意できますが…」

「なんだって!?」

マイキーは窓の外を見て、店の前に停められたトラックに気がつき、走り出した。

「ジャック!?」

マイキーは驚愕した。トラックの運転席に座っていたのはジャック・ジャッカルランドだったのだ!

「マイキー?こんなところでなにを……」

ジャックは車の窓を開けた。

「それはこっちのセリフだよ!」

「おれたちはバイトで、カレーを運んでたんだよ」

「カレーって、タンクローリーで運ぶの!?」

そう、これぞ恐るべきカレー真実。本場、インドで作られたカレーは、カレータンカーで海を渡り、港でタンクローリーに積み込まれる。その新鮮なカレーをタンクローリーで店まで輸送しているのだ。ジェイコブの仕事はこの輸送だった。

「ジャック!ダメだ!そのカレーがあると、貴士弐意生は倒せない!」

「なんだと?」

「とにかく貴士弐意生にそのカレーを渡しちゃダメだ!」

「いやだね!」

ジャックは言い放った。マイキーはもう一台タンクローリーが停まっているのに気がついた。すでに店の裏に周り、長いホースが接続されようとしていた。マイキーはトラックに駆け寄る。

「あなたもカレーを?」

「ああ、そうだが?」

ジェイコブが窓を開け、顔を出す。

「忍者があなたのカレーを狙っています。今すぐ逃げてください!」

「アイエエエエ!?ニンジャ?ニンジャナンデ!?」

ジェイコブはニンジャリアリティショックを引き起こす!日本人にDNAレベルで刻みこまれた忍者への恐怖が、発作を引き起こしたのだ!

「とにかく逃げてください!」

「わかりました!」

ジェイコブはすっかり動揺し、敬語で答えた。そして、エンジンをかけると、店員が、ホースを持ってすぐそばに立っているのも気にかけず、急発進してそのまま凄まじい速度で走り去っていった。

マイキーは、ジャックの元に戻る。

「ジャック!あんたのリーダーは逃げたぞ!もう、いうことを聞く必要もない!」

「いいや、ハナからおれは誰のいうことも聞く気はないね!」

そう言って、窓から右腕を出して、マイキーに指を突きつけた。

「いいことを教えてやる!あの忍者を呼び出したのは、おれだ!」

「なんだって!?」

マイキーが驚愕の声を上げた瞬間!バチン!と鋭い音が響いた!

助手席のエイプリルがジャックをビンタしたのだ!

ジャックは、何が起こったのか理解できずに、一瞬怯んだ。エイプリルはそのすきをついて、ジャックをドアの方に押し飛ばすと、その首に手を伸ばし、両手で絞め上げた!

「全部あんたのせいだったのね!ふざけるのもいい加減にしなさい!」

ジャックは、顔を真っ赤にして、目玉がこぼれ落ちんばかりに目を見開いて首を左右に振っている。

「いいから、マイキーの言うことを聞きなさい!それが嫌ならここで死んでもらうわ!」

ジャックはそれを聞いて、必死に首を縦に振った。それを見たエイプリルは首から手をはなし、最後に一発顔を引っ叩くと、ジャックを解放した。ジャックは苦しげに咳き込みながら、マイキーに目を移した。

「よし…、わかったぜ…、マイキー…、じゃあ…、おれはどうすれば…、いいんだ…?」

「そのトラック、ぼく達も乗れる?」

「狭いけど、後ろに席があるわ!」

エイプリルが答えた。

マイキーは頷くとと、ドアを開け、乗りこんだ。バニラもあとに続く。

「このまま、走って!川崎から空港までは飛ばせば30分で行ける!」

「くそ、なんでおまえの言うことなんか……」

ジャックは言いかけたが、エイプリルに睨みつけられて、黙った。

「わかったよ、ちゃんとシートベルトはしろよ、ジェイコブのテストもそれだけはマルだった」

エイプリルがギアをDに入れる!ジャックはアクセルを踏み込んだ!タンクローリーが動き始める!

巨大な、タンクローリーは決して広くはない川崎の道路のど真ん中を疾走する!

対向車が驚いて急ブレーキをかけるが、ジャックは容赦なく突っ込む!巨大なトラックの質量を受け、相手の車はあっけなく吹き飛ばされた!

「Foo!」

エイプリルが歓声を上げた。

「見て、人よ!ジャック、やっちゃいなさい!」

トラックの目の前を横断しようとするふたつの人影があった。彼らは焦っているのか、トラックに気づかない!

「待って!止まって!」

マイキーが叫んだ。

「ミザリーたちだ!!」

「なんだと!?」

ジャックはブレーキを勢い良く踏み込む!急ブレーキ!!トラックは、ふたりにぶつかる寸前で止まった。

「ミザリー!」

エイプリルが窓を開け、呼びかけた。

「エイプリル!?それにみんなも…」

「説明してる時間はないわ!早く乗って!」

ミザリーとロスターが乗りこんだ。もともと狭い後部座席に4人乗るのはかなり無理があったが、バニラがミザリーの膝に乗ることでなんとか乗り込むことができた。

トラックが動き出す!しかし、間もなく、背後で、バン!という、何かがぶつかる音が聞こえてくる!その音は、徐々に近づいてきていた!

エイプリルが窓を開け、顔を出した。

「大変!あいつが来たわ!屋根の上よ!」

その声を聞いたバニラが、突然トライデンタルを取り出した!

「ちょ、ちょっとバニラ!ここでそれ、伸ばしたらダメよ」

ミザリーが慌てる。だが、バニラは「大丈夫」とだけ言って、トライデンタルを展開した!一瞬のうちに縦に伸びたトライデンタルはトラックの屋根を貫通!天井から「うっ…」という声が聞こえ、それっきり物音はしなくなった。

「ナイス」

ミザリーがバニラの頭を撫でてやった。バニラは嬉しそうにニコニコしていた。

「クソ!」

突然車が停止した。ジャックは、メーターをガンガンと叩いている。

「降りるぞ」

そういって、ジャックはドアを開けた。

「どうしたんだよ!」

マイキーが止めようとする。

「見ろ!ガソリン切れだ!あの野郎ケチりやがって、行きの分しか入れてなかったんだ」

「わかった、降りよう!」

一行は車を降りる。

「見て、駅よ!」

ミザリーが指さしたさきには、確かに駅があった。電車に乗れば、空港までいけるはずだ。マイキーたちは、ミザリーのあとに続いて駅に向かって歩き始めた。

「あれ?」

バニラが立ち止まった。

「どうしたんだよ」

マイキーが振り返った。バニラは、トラックの上を見ている。

「いないの」

バニラが言った。そこにいるはずの貴士弐意生がいないのだ。

「とにかく、早く行こう」

マイキーは、バニラの手を引っ張って走り出した。

駅のホームに侵入するのは実に簡単だった。飛行機に乗り込むのに比べれば、この程度は、なんの問題にもならない。

やがて、駅に車両が入ってくる。

『E-5000系』。刀のような、鈍い銀色に輝く鋭い流線型の車体から、サムライトレインと呼ばれている最新の新幹線だ。

マイキーたちは、人混みに紛れて車両に乗りこんだ。

やがて、ベルが鳴り発車した。


疾走するサムライトレイン。その車両の天井に人影が張り付いていた。青い血に染まったボロキレめいた黒い装束、貴士弐意生、生きていたのだ。

まさに九死に一生を得た彼は、電車から振り落とされぬように、しっかりと捕まり、全神経を耳に集中させる。忍者として鍛え抜かれた彼の聴覚は、呼吸の音を聞き分け、それだけで個人を識別することが可能だ。

やがて、彼は"見つけた"。貴士弐意生は、立ち上がった。そう、高速走行する新幹線の上に、2本の足だけで立ったのだ。そして、高速すり足(一瞬でも足が地面から離れれば、たちまち後方に吹き飛ばされてしまう)で前進し、天井のヘリに指をかけ、両足で窓を蹴破った!


CLAAAASH!!

バニラの背後の窓が砕け散り、影が、車内に飛び込んできた!乗客が悲鳴を上げながら、前後の車両に逃げ去っていく!

「貴士弐意生!生きていたのか!?」

マイキーは、驚愕に目を見開く!

「こいつはもらっていく」

貴士弐意生は、そう応えると、呆然と立ち尽くしていたバニラの襟首を掴んで、窓の外に飛び出した!

「バニラ!」

マイキーは窓辺に駆け寄る!

ふたりは、天井だ!


凄まじい風が吹き上げるなか、バニラはなんとか貴士弐意生の拘束から逃れる!

「プリンセス、あまり人を困らせるでないぞ」

貴士弐意生が、すり足で近づいてくる。バニラは、風上。風に逆らって、電車の進行方向に進まねば、貴士弐意生からは逃れられない!バニラは四つん這いになって、必死に逃走を図る!

しかし、突如、地面が途切れる。車両の端に来てしまったのだ。なんとかして、1つ前の車両に移らねば、袋のネズミ!

「ふふふ…、そこでおとなしく待っておるがいい!」

貴士弐意生は勝ち誇ったように、じわじわと距離を詰めていく!

「やだ!」

バニラは叫んで、片手を少し持ち上げた!トライデンタルを展開したのだ!その刃は1つ前の車両に突き刺さる!バニラはその上を綱渡りめいてわたっていく!

「まったく、わがままなプリンセスだ…」

貴士弐意生は、まるでそこに切れ目などないかのようななめらかな動きで、車両をまたいだ。バニラはその間に車両の端まで逃げていた。しかし、それ以上先へ進めない。先頭車両だ!

「門限はとうに過ぎておるぞ、プリンセス!さあ、キングのもとへ帰ろうぞ!」

貴士弐意生は、両手を広げ、バニラに掴みかかった!しかし、バニラはひょいと頭を下げる!からぶりーっ!貴士弐意生は、よろめいた!バニラはその足の間をするりとぬけて、背後に移った!

「ばいばい!」

「や、やめろーー!!!」

バニラは、貴士弐意生の背中を、トン、と軽く押した。それで充分だった。貴士弐意生は、最後のあがきで、落ちる瞬間に、車両を蹴って飛び離れ、着地した。

新幹線の目の前に!!

貴士弐意生が、恐怖に目を見開く!!

ナムアミダブツ!サムライトレインの刀めいた車体が貴士弐意生を貫いた!

「サヨナラ!!」

貴士弐意生はしめやかに爆発四散!!


「まもなく、空港前…… 空港前……」

車内アナウンスが告げる。

「マイキー!!」

ホームに飛び降りたバニラが、マイキーに抱きついた。

「バニラ!無事でよかった!」

「また飛行機に潜入するの?」

エイプリルが心配そうにミザリーに聞いた。

「慣れたもんでしょ」

「まあね」


こうして、波乱の研修旅行は幕を閉じた。

ミザリーの用意したニセのレポートのおかげで、彼らに何があったのか知るものはいない。

6人だけの思い出だ。


『PART4:ブレス・オブ・カリー』

fin

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